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子供達の戦い 7

 断続的に響いている唸り声のような雄叫びに、魔物達が迫っている事を知らせている。

 その距離は徐々に近づいているが、響くボリュームの大きさにその数が減ってきている事は窺えた。


「はぁっ・・・はぁ・・・はぁっ、す、すまんっ!限界だっ!」

「・・・もう、無理」


 集団の最後尾を必死な顔で走っていたクロードとイダは、ほぼ同じタイミングでその手を膝へとついていた。

 彼らの上がった息の激しさは、ちょっとの休憩程度では整わないだろう。

 彼らの周りの心配そうにうろうろしているティオフィラも、対処の方法が分からなくて前方へと視線を向ける。


「クララ!にいやんもイダも、もう駄目にゃ!!どうすればいいのにゃ!!」

「っ!エミリア、アンナ!クロード様を!!ティオフィラはイダをお願い」


 先頭を走っていたクラリッサも、ティオフィラの混乱した声に足を止める。

 彼女は振り返って二人の状態を目にすると、すぐに近くの二人へと指示を飛ばした。

 クラリッサの声にティオフィラはイダの前へとしゃがみ、彼女を急かすように背中を叩く。

 その背中へと圧し掛かったイダにティオフィラは小さく呻き声を上げる、それでも彼女はどうにか足に力を込めて踏ん張っていた。


「クラリッサ!?一人で前方の警戒をする気!」

「私なら何とかなる!二人は早くクロード様を!!」


 前方への警戒をクラリッサと二人で担っていたエミリアは、彼女の指示に不安を口にする。

 クラリッサもその不安は感じていたのだろう、彼女を説き伏せる声は感情的なものでしかなかった。


「・・・エミリア、急ごう」

「でもっ!・・・分かった、任せる」


 少ない人員に選べる選択肢は多くはない、アンナは静かに重要視すべき対象へと動き出していた。

 彼女の声に反射的に反論の声を上げたエミリアは、クロードへと駆け寄っていくアンナの姿に目を伏せる。

 彼女にも分かっていたのだ、誰を切り捨てても守らなければならない者の存在を。


「ティオ!大丈夫?」

「・・・頑張るにゃ!!」

「無理はしないでね。エミリア、そっちをお願い!!」


 地面へと蹲りつつあったクロードの肩を支えたアンナは、ティオフィラへと気遣う声を掛ける。

 小柄だがずんぐりとした体形に、軽くはない体重のイダを担ぐのに苦労していたティオフィラは、それでも精一杯元気よく返事を返していた。

 彼女の強がりに笑みを漏らしたアンナは、遅れたやってきたエミリアへ開いてる方の肩を担ぐように指示を出す。


「・・・悪い、面倒を掛けて」

「気になさらないで下さい、クロード様」

「・・・そんな青い顔して、謝らないでよ。あんたは黙って抱えられてればいいの」


 二人の少女に抱えられたクロードは、足りない酸素に冷や汗を垂らしながら彼女達に謝罪の言葉を呟いていた。

 体格の違いに地面へと引きずる足は、痛みを覚える前にどうにか歩き始める。

 そのゆっくりとした速度は、イダを抱えて必死に前へと進んでいるティオフィラを置いて行くほどではなかった。


「ティオフィラ、アンナ、エミリア、問題ないわね!!ここからは少し速度を落とします!目的地までは、あと少しの筈―――」


 クロード達を抱えたアンナ達へと振り返ったクラリッサは、維持できない速度に歩みを緩める事を考えた。

 彼女には目的地までもうすぐである事も分かっており、まずい状況に落ちている士気を上げようとその事実を告げようとする。

 彼女のその声は、木々の間から飛来した影によって途絶えさせられてしまう。


「クラリッサ、危ない!!?」


 クロード達を抱えた少女達に気を取られていたクラリッサは、その存在に気がつかない。

 危険を告げる声を上げたのは、彼女の近くにいた少年だ。

 彼はクラリッサへと飛びつくと、彼女の小さな身体を弾き飛ばす。

 その背中には空から急降下してきた、ハーピーの鍵爪が突き刺さっていた。


「オラヴィ!?こいつっ!!」


 クラリッサを弾き飛ばした少年、オラヴィは長い耳を持ったエルフであった。

 彼をやられた事で激昂したのは、近くにいた同族の少女だ。

 彼女は弓を構えると、オラヴィの背中に鍵爪を突き刺したままのハーピーに狙いを定める。


「ぢ、ぢがう・・・上だ、エイニ!」


 オラヴィが血を吐き出しながら上を狙えと指示したのは、エルフの少女エイニが矢を放つのと同時だった。

 頭を貫かれ一撃で絶命したハーピーは、鍵爪を突き刺したままオラヴィの背中へと横たわる。


「やったっ・・・オラヴィ!!」

「キキィィーーー!!キキィィーーー!!!」


 小さく歓声を上げたエイニがオラヴィへと駆け寄るのと、上空から金切り声のような鳴き声が響き渡った。

 それが何の声かは、考えるまでもなく分かる。

 周辺から聞こえてきていた魔物達の声が、一斉にこちらに向かって動き出していた。


「オラヴィ、オラヴィ!この、こいつっ!!オラヴィ!なに・・・なにを言っているの?」

「に、にげろ・・・みん、な」


 オラヴィの身体に縋り付くエイニは、彼の身体に突き刺さったままのハーピーを急いで引き抜いた。

 うつ伏せになっていた彼の身体をひっくり返した彼女は、何事か呟いていた彼の唇へと耳を近づける。

 しかしそれは、彼の最後の言葉を聞き届けるだけだった。


「・・・オラヴィ?オラヴィ!!そんな・・・いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 皆に逃げろと告げたオラヴィは、最後に血溜りを吐き出すと目から光を失ってしまう。

 力を失った彼は顔を横へと俯かせる、そんな彼の姿にエイニは信じられないと一度頭を振ると、顔を覆って悲鳴を上げ始めた。


「・・・そんな、私のせいで」


 前方に注意を払うクラリッサに、上空を警戒するのはエミリアの役割だった。

 クロードを抱えているエミリアにその役割はこなせない、この事態を招いたのはクラリッサの判断なのは間違いない。

 クロードを見捨てる選択肢がない以上、避けられなかった事態も彼女は責任を感じてしまっていた。

 それは目の前で泣き崩れる、エイニの姿も無関係ではなかっただろう。


「しっかりしろぉ!!クラリッサ、お前が崩れた終わりなんだよ!!後悔なら、後にとっとけ!!」

「・・・サロモン、でも」


 泣き崩れているエイニへと、地面を這いずりながら近づこうとしていたクラリッサの胸倉を掴んで引き上げる少年がいた。

 サロモンと呼ばれたヒューマンの少年は、彼女を怒鳴りつけるように言葉を叩きつける。

 クラリッサはそれでも迷った瞳に、涙を湛えて頭を振っていた。


「そうよ、クラリッサ。あなたが今すべき事はなに?ここから逃げる事でしょう?・・・エイニの事なら私たちに任せて」

「ヨランダ、私は・・・」


 サロモンから突き放され、よろめいていたクラリッサはヒューマンの少女によって受け止められる。

 ヨランダと呼ばれた彼女は、クラリッサを抱きしめると諭すように優しく語り掛けた。


「うだうだ、うるせぇなぁ!!さっさと行きやがれ!!」


 ヨランダの言葉にもクラリッサはまだ迷いを口にしていたが、その迷いは無理やり彼女を押し出したサロモンによって無意味なものにされてしまう。


「クラリッサ、早く!もう時間がない!!」


 ふらつく足に、背中へとぶつかった木によってどうにか身体を支えていたクラリッサは、崩れ落ちるよりも先に、彼女の所まで追いついたエミリアに肩を掴まれる。

 魔物達の接近の予感に、その長い耳を忙しく動かしているエミリアは、必死にクラリッサの肩を揺すっては目を覚ましてと懇願する。


「・・・分かった、急ぎましょう」


 彼女が自らの力で地面を踏みしめるまで、そうは時間は掛からなかった。

 クラリッサは自らの肩を揺するエミリアの腕を撫でると、サロモン達へと視線を向ける。

 彼らは早く行けと手を振っていたが、クラリッサはその姿に悲しそうに目を伏せてしまう。


「・・・アンナ、後は頼んだ」

「アンナ様、お元気で」


 それぞれに別れを告げた彼らに、アンナは頷きを返すだけで立ち去っていく。

 その様子に、彼らは満足げな笑みを漏らした。

 構える得物に、魔物達の姿はすぐ傍まで迫っていた。

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