転生と能力
「あの・・・落ち着かれましたか?」
「あぁ・・・悪いな、取り乱しちまって」
自らの状況を知って落ち込む蔵人に、少女は気遣うように周りをふよふよと漂っていた。
彼女は座り込むようにして丸まった蔵人の顔を、下から窺うように覗き込んでいたが、その不安げな表情を目にした蔵人はいつまでも塞ぎ込んでいられないと、顔を上げてみせた。
「もう、大丈夫ですか?」
「あぁ、考えてみればがっつり刺されてたしな。死んじまったもんはしょうがないさ・・・ここは死後の世界なのか?」
「えぇ、まぁ・・・そんなようなものです」
現実を教えられて、死ぬ直前の記憶を思い出したのか、どこか遠い目をした蔵人は何かを諦めたかのように溜め息を漏らす。
彼は周りを窺うように首を振る、ふよふよと輪郭だけの身体が浮かんでいるこの空間は、なるほど死後の世界といわれても納得が出来た。
「ところで・・・クロードさんは未練とかございませんか?その、若くしてお亡くなりになったことですし・・・?」
「まぁ、二十歳にもなれなかったからそりぁ・・・やりたいことも色々あったけど、仕方ないさ。それで、これから俺はどうなるんだ?天国に行けるのか、それとも地獄?」
どこか悟ったような様子の蔵人に、少女は上目遣いで探るような言葉を投げかける。
彼女の言葉に蔵人は未練を口にするが、それもどこか諦めの色が覗いていた。
「諦めるのは、まだ早いですよクロードさん!!若いあなたには、まだまだ可能性が一杯あります!」
しかし少女は蔵人のそんな言葉を聞きつけると、飛び込むようにして彼の胸元へと近づいてくる、その目は期待で輝いていた。
「あぁ・・・ありがとう。それで、これから俺は―――」
「そんなあなたにっ!!とっておきのお知らせがあります!!それは・・・異世界への転生が決まりましたっ!!!いえーぃ!ドンドン、パフパフー!!」
蔵人の声を遮る大声を上げた少女は、溜める言葉に身体を離す。
最初の目にした距離感へと戻った少女は、両手を広げると蔵人の異世界への転生が決まったと告げていた。
拳を振り上げて全力で喜びを表現する少女は、自らの口でお祝いの効果音も演出してみせる。
見れば彼女のその振り回す両手からは、キラキラと光る不思議な粒子が放出されており、お祝いムードを盛り上げるのに一役買っていた。
「はぁっ!?なに、その・・・異世界、転生?えっ、本気で言ってる?」
「あれ?聞いたことないですか、異世界転生?流行ってるって聞いたんだけどなぁ・・・?」
「いや、物語としては聞いたことはあるけど・・・えっ、マジで?」
一人盛り上がっている少女に、ついていけていない蔵人は疑問と戸惑いの声を上げる。
彼のその様子に少女は振り回す両手を納めて、首を傾げて見せていた。
彼女には蔵人の反応が心底意外だったのだろう、その両手からは今だに不思議な粒子が噴出され続けている。
「もしかして・・・お嫌ですか?そうでしたら、無理にとは言いませんが・・・」
「いやいやいや!良いじゃん転生、行きたい行きたい!!」
「ですよねっ!!そうですよねっ!!やっぱり行きたいですよねっ!!よかったぁ・・・」
蔵人のいまいちな反応に不安げに眉を寄せていた少女は、彼の乗り気な返事を聞くとその手を掴んで振り回す。
彼女は確認するように何度も、追認の言葉を大声で叫ぶ。
その耳元で劈く高音は蔵人の耳を引っ掻いたが、彼女の目に浮かんだ涙を見れば顔を背ける気にはなれなかった。
「お、おう。大丈夫か?それで・・・その、本当に俺は異世界に行けるんだよな?」
「えぇ、えぇ!!クロードさんがやる気になってくれて私も嬉しいです。そんなあなたにっ!!とっておきの朗報があります!いぇーい!!!」
「お、おぉー・・・」
なんだか聞き覚えのある文句を高らかに謳う少女は、身体ごと突き上げるように拳を高く掲げる。
彼女の勢いとエネルギーに押されて、追従するように蔵人も声を上げては、小さく拍手をしていた。
「なんと!なんとですよっ!!チート能力大増量ぅー!!!いぇーい!!もってけドロボー!!!」
「お、おぉー・・・?えっ?マジで、そんなの許されるの?」
「いいんです!!許されちゃうのです!!!・・・クロードさんだけ、特別ですよ。やったね!!」
少女が告げた事実に、なんとなく相槌を打っていた蔵人は、その内容を理解すると驚いて聞き返す。
蔵人の疑問に、少女は拳を振り回しながら力強く問題ないと断言した。
彼女は蔵人の耳元に口を寄せると、優しく囁いて笑顔を見せる。
その表情は蔵人に騙されてもいいかと思わせるほど、美しく魅力的なものだった。
「えぇー、マジかぁ・・・うわ、なんかワクワクしてきた。ちょっと考えてもいい?」
突如、与えられた魅力的な選択肢に、流石の蔵人も期待に膨らむ胸を隠せはしない。
彼にはじっくりと考える時間が必要だった。
「どうぞどうぞ!じっくり考えて下さいー。私はちょっと、離れて待ってますね」
「・・・助かる」
その申し出に、少女が気を利かせて距離をとってくれた事は彼には有難かった。
彼女の喜びにきらめく瞳はその美しさも相まって、彼の集中をどうしても乱してしまうから。
「なにがいいかな~・・・やっぱりあれは欲しいよな、でも・・・」
「ふふっ・・・本当に良かった、これで・・・」
あれこれと頭を悩ませては、言葉を漏らしている蔵人に、少女が呟いた声は届かない。
その、悲しみに揺れる表情も。