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子供達の戦い 1

 深い森の中、木々の間を走る小さな人影が幾つも。

 彼らの先頭には、さらに小さく赤茶色の髪を揺らす少女の姿があった。


「皆、静かに。この先に見張りの兵士が・・・私が仕留めるまで、ここでじっとしていてね」


 誰よりも早く、それでいて最も静かに走っていたクラリッサが、急にその歩みを止める。

 彼女は自らの唇へと指を当てると、後ろに続く少年少女達に向かって静かにするように促した。

 彼女の鋭い瞳は、木々の向こう側に僅かに見える魔物の姿を捉えていた。


「クララ!ティオも手伝うにゃ」

「ティオはここで皆を守ってあげて。エミリア、フォローを頼める?」


 彼女の覚悟を感じ取ったのか、近くで地面に伏せるように身体を低くしていたティオフィラが、器用に片手を掲げてアピールしてくる。

 クラリッサは彼女の頬を優しく撫でると、彼女が望んだのとは違う役割を任せる。

 ティオフィラはまだ不満そうにしていたが、クラリッサの手つきに渋々といった表情で頷いていた。


「わかったわ。あなたが先に?」

「えぇ、私が先に仕掛けます。あなたなら、合わせられるでしょう?」

「・・・任せて」


 クラリッサに手伝いを頼まれたエミリアは、ゆっくりと矢筒から二本の矢を取り出した。

 二人の打ち合わせは簡潔で、確かな能力を期待されたエミリアは静かに唾を飲む。

 彼女が頷いたのを見たクラリッサは、静かに敵に向かって歩き出す。


「な、何か魔法を掛けた方がいいかな?」

「待って、アンナ。ここにはいないとは思うけど、魔力を感知する魔物もいるわ。今は、彼女に任せましょう」

「う、そうだね。分かった・・・」


 ゆっくりとした速度で、静かに敵へと歩み寄っていくクラリッサの姿に、アンナは急に慌てたように提案を告げる。

 彼女のその提案は横にいたエミリアによって、あっさりと却下されてしまう。

 その最もな内容に、アンナは反論も出来ずに引き下がるしかなかった。

 残念そうに顔を俯かせる彼女は、集団の後方でイダと共にぐったりとしているクロードへと、ちらりと瞳を向けていた。


「アンナ、ちょっと通して。クラリッサが仕掛ける」

「あ、ごめんね」


 クロードにいくら意味ありげな視線を送っても、森で走る疲労に必死に呼吸を求めている彼には届かないだろう。

 一本の木を隔てて敵の目の前までやってきたクラリッサに、矢を番え始めたエミリアに邪魔だと言われれば、彼女は素直に引き下がるしかなかった。


『なんか、丘の方が騒がしくないか?』

『そうか?こっからじゃよく―――』


 木々の間から覗く茶色の肌は、ゴブリンのものだろうか。

 彼の前へと飛び出したクラリッサは、同時に抜き放ったナイフによって、二匹のゴブリンのうち一体の喉を切り裂いた。


『なんだお前は!?て、てき―――』

「駄目でしょ?静かにしてないと」


 急に飛び出してきた彼女の姿に、無事な方のゴブリンは敵襲を告げようと大口を開けた。

 大声で叫ぼうとした彼は、その口を彼の身体へと飛びついたクラリッサによって塞がれる。

 彼女はそのゴブリンへと優しく囁くと、その喉を静かに切り裂いていた。


「エミリア!」


 血を被るのを嫌って、すぐにゴブリンから飛びのいたクラリッサは、エミリアの名前を呼ぶのと同時に指を指して方向を示す。

 そこには、この場から立ち去ろうとしている魔物の姿があった。


「そこっ!」


 僅かに通らない射線に、エミリアは身体を傾かせて隙間を見つける。

 放った矢に掛け声は短い、彼女は素早く指の間に確保していたもう一本の矢を番えていた。


「もう一つ!!」


 一歩動いて横にずれた視界に、もう一体の標的へと狙いをつける。

 動いた身体に揺れる狙いに迷った時間は一呼吸ほど、彼女は見事にもう一体のゴブリンも仕留めてみせた。


「や、やった!」

「エミリア、すごいにゃ!」


 彼女の後ろから事の成り行きを見守っていたアンナとティオフィラは、口々に彼女の手腕を賞賛する。

 当のエミリアは、まだ奥にいるかもしれない敵の姿を探して新たな矢を番えていたが、近づいてくるクラリッサの足音に、そっと弓を下げていた。


「エミリア、助かったわ」


 エミリアへと歩み寄ってきたクラリッサは、あの後ももう一体ゴブリンを仕留めたのか、僅かに返り血でその顔を汚していた。

 彼女はエミリアの傍まで来ると、その肩を労うように軽く叩く


「そっちこそ・・・周りはもう大丈夫なの?」

「一通りは片付けておいたわ、でも・・・急いだ方がいいわね」


 肩に触れるクラリッサの指を撫でたエミリアは、自らの頬を指で示して彼女の頬に付いた血の跡を指摘してあげている。

 それを乱暴な仕草で拭ったクラリッサは、周りを見渡すと声の調子を落とした。

 見れば彼らの周辺には、がさがさと動く小枝や草むらで溢れていた。


「今のうちにここを突破します!クロード様、イダちゃん、大丈夫ですか?」

「ま、任せろ」

「・・・頑張る」


 軽く手を打ち鳴らして一行の注目を集めたクラリッサは、体力と足の速さに不安のある二人へと心配げな視線を向ける。

 彼らは口々に力強い返答を返すが、それは不安を払拭するようなものではなかった。


「あまり時間はありません、二人は出来るだけ遅れないようについて来てください。ティオちゃん、クロード様が遅れそうだったら手伝ってあげて」

「わかったにゃ!」


 周りの様子に、あまり猶予は残されていないと悟ったクラリッサは、不安の残る状況にも前へと進む決断を下す。

 彼女は一行の中でも最も身軽なティオフィラをクロードにつける事で、その不安を僅かでも払拭しようと試みる。

 彼女に頼られて嬉しかったのか、ティオフィラも元気よくその役目を引き受けていた。


「いや、ちょっと待ってくれ!そんなして貰わなくても平気だからっ!ほら、もうぴんぴん、うおっ!?」

「クロード様!?」

「にいやん!?」


 自分よりも遥かに年下の少女に面倒見られる事を恥じたのか、クロードは過剰に元気が有り余っている事をアピールしようと、ステップを踏む。

 彼は自らの台詞も言い終わる前に、足をもつれさせて転んでしまった。


「ちょっとあんた!!いい加減にしなさいよ!!!大体―――」

「エ、エミリア!」


 クロードの余計な動きで生じたトラブルに、元々彼の事を信用し切れていないエミリアは大声で文句を叫んでしまう。

 彼女のその声は隣にいたアンナによってすぐに中断されるが、もはや響いた声は取り消しようがなかった。


「皆、走って!!!」


 響き渡った大声に、魔物達の気配が近づいてくる。

 それを素早く察知したクラリッサは、もはや形振りを構わない逃亡を即座に選択していた。

 彼女のその声に、反応した速度はまちまちだ。

 それでもその場にいた全員が、気付けば一心不乱に駆け出していた。

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