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クロードとトゥルニエ

「それでは、シラク様は人を癒す力だけではなく、物を直す力も持ち合わせていると?」

「いや、正確に言うと・・・いったん素材に作り直してから、同じ物に直しているというか・・・まぁ、大体はそんな感じです」


 元は小さな家屋だったのだろうか、壁が崩されほとんど原型を留めていない場所に、家具だけが放置されている。

 そんな場所で椅子に腰掛けた二人の男、クロードとトゥルニエは机を挟んで対面していた。


「そのようなことが・・・あぁ、これは失礼。私はエドモン、エドモン・トゥルニエと申します。このヴィラク村の指揮官を任されています、娘のアンナとは、もうお会いになられたとか?」

「あぁ、これはご丁寧に・・・俺はクロード・シラクです。クロードでいいですよ、シラクってほら、言い難いですし」


 自らの名前を名乗ったトゥルニエは、飲み物を運んできていた娘へと視線を送る。

 彼の視線に釣られてクロードがアンナへと目をやると、彼女は少し恥ずかしそうに微笑んで見せていた。

 彼女がそっと机に置いた器には、薄っすらと色の付いた温かい飲み物が満たされている。

 この鼻に通る匂いから、ハーブティーか薬草茶といわれる類のものだろう。


「そうだ!この服貰っちゃって、助かりました。さっきまでのは、流石にちょっとね」

「いえいえ、命を助けてもらった事に比べればそのような事など。・・・あの服装は、戒律の類ではないと」

「・・・?」


 思い出したように声を上げ、自らの身体を見下ろしたクロードはその服装を示してみせる。

 彼は自らが作り出した藁の服ではなく、周りの人達と似たような格好をしていた。

 それはトゥルニエが用意したものだったらしく、礼を言うクロードに対してトゥルニエは逆に畏まって頭を下げている。

 トゥルニエはクロードから隠した口元に一つの推測が外れた事を口にする、その呟きはクロードには良く聞き取れず、彼は不思議そうに首を傾げていた。


「ではクロード殿にお伺いします、その力は剣や鎧といった武具にも使えるのでしょうか?それと消耗の程は如何ほどなのか?クロード殿は先ほどから怪我人の治療に、壁の修復と走り回っておられますが・・・」

「お父様っ!?」


 娘が運んできた飲み物を口にしたトゥルニエは、湿らせた唇で探るように言葉を搾り出す。

 彼はクロードの力の秘密を探ろうとしていた。

 それは相手の手の内を明かそうとする行為であり、ほとんど初対面の相手に対して行っていい事ではなかった。

 その言葉にアンナは驚きの声を上げる、その響きはどちらかといえば非難の色を帯びていた。


「いえ、力を使って消耗とかはないです。ただ単純に働きっぱなしで、疲れてはいますけどね」


 彼の質問にあっさり答えたクロードは、突然声を荒げたアンナを不思議そうな表情で眺めている。

 その言葉を聞いたトゥルニエもなぜか固まってしまったが、クロードは彼に習って薬草茶に口をつけていた。


「あれほどの力を使って消耗はないとっ!!?本当なのですかっ、クロード殿!!」

「うわっ!?あちちっ」


 静止した状態から動き出した途端大声を上げたトゥルニエに、口をつけた薬草茶は苦い。

 彼が目の前の机へとその両手を打ち付けた衝撃音は大きく、驚いたクロードは薬草茶の入った器を取り落としてしまう。

 まだ半分以上中身の入ったそれは、舞った中空の熱々の液体を周囲に撒き散らす。

 火傷の痛みに声を上げたクロードは、どうにか椅子からは転げ落ちずに済んでいた。


「アンナ!お前は魔法を使えば消耗すると、疲れるといったな?」

「は、はい!簡単な強化魔法でも疲れを感じます、連続で使うと特に頭がくらくらして・・・」


 動揺するトゥルニエは、魔法の使い手である娘に質問する。

 急に父親からごく当たり前のことを聞かれたアンナは動揺に言葉を震わせるが、その瞳はクロードへの羨望で輝いていた。


「あっ、魔法とかある感じなんだ・・・そりゃそうか」


 自らの身に降りかかった薬草茶によって負った火傷を、癒しの力で治療したクロードはトゥルニエ達の会話から新たな事実を発見する。

 魔法という響きから期待を高鳴らせたクロードは、周りの景色とこれまで遭遇した光景を思い起こす。

 なるほど、確かにファンタジーな世界だ。魔法があってもおかしくない。


「これは・・・元は土かな?いったん戻して・・・これで元通り」

「おぉ・・・!!これは、実際に目にするとすごいものですな!」


 机へと落ちて幾つかの破片へと化した器に、クロードは手を翳すと元通りの器へと復元する。

 彼の力を始めて目の前で目撃したトゥルニエは、そのあまりの非常識さに目を丸くしていた。


「やっぱり消耗した感じはないですね。あ!アンナちゃん、だっけ?ごめんね、せっかく淹れてくれたのに零しちゃって」

「そんなっ!?謝らないで下さい!わ、私、新しいの淹れてきますね!!」

「あぁ・・・うん、お願い」


 収まった光に手の平を何度も握ってみても、疲れや違和感を感じることはない。

 そのことをトゥルニエに報告したクロードは、薬草茶を零してしまった事をアンナに謝罪する。

 彼女はクロードのその言葉に動揺して、駆け出していってしまう。

 一口だけ口をつけた薬草茶が、正直あまり好みではなかったクロードは、彼女の後姿を微妙な表情で見送っていた。


「それで、クロード殿。武具の修繕は可能なのでしょうか?」

「あぁ、そうでしたね。やった事はないですけど・・・たぶん、大丈夫だと思いますよ?どこかに破損した武具が?行った方がいいですか?」

「おぉ、本当ですか!!それでは・・・いや、怪我人はまた増えているでしょうし、治療所にこちらが運びましょう。クロード殿には治療の合間に、修繕をお願いしても?」


 やった事のない試みに、成否の不確かな状況にもクロードは安請け合いをする。

 彼の返答に喜び思わず身を乗り出したトゥルニエは、しかし彼の提案に一旦思案を巡らせる。

 クロードの特異な力はなにも物を修繕できるだけではない、寧ろその治療の力こそが真髄ともいえた。

 僅かな時間思案を巡らせたトゥルニエは、図々しいともいえるお願いをクロードへと投げかける、その提案は彼の今までの振る舞いを考えると、勝算がなくはないものだった。


「そうですね。新たに怪我人も出ているでしょうし、そちらに向かいます」

「ありがとうございます!クラリッサ、君はクロード殿に付き添いを」


 不安げな目を覗かせるトゥルニエに対して、クロードの返答は軽いものだった。

 その返答にすぐに感謝を述べて頭を下げたトゥルニエは、近くで見守っていたクラリッサを彼に付き添うように促した。


「はい、おじ様。ほら、ティオちゃんにイダちゃんも、一緒に行きましょう?」

「うみゃ~・・・ティオ、もう眠いにゃぁ」

「・・・ティオ、重い」


 半壊した建物の隅で、むずがるティオフィラの顎の下を撫でててはあやしていたクラリッサは、彼女の傍でじっとしていたイダと共にクロードについて行こうとする。

 彼女の手つきによって眠気が誘導されていたティオフィラは、クラリッサに手を引かれるとふにゃふにゃと脱力して、隣のイダに寄りかかった。

 イダはそんな彼女に静かに文句を漏らしたが、すでに寝息を漏らし始めたティオフィラは、イダの背中から離れる気はなさそうだ。


「もう、ティオちゃんったら・・・イダちゃん、お願いできる?」

「・・・わかった、頑張る」


 軽く揺すっても起きる気配のないティオフィラに、クラリッサは頬を押さえて困った表情を作る。

 彼女は申し訳なさそうにイダにティオフィラの運搬を任せるが、イダは慣れているのか二つ返事で了承すると、ティオフィラの身体を抱えやすいように調整していた。


「それではおじ様、私達はこれで。あぁ!クロード様!治療所はそちらではありません!」

「あれ、そうだっけ?」


 トゥルニエへと軽くお辞儀をして別れを告げたクラリッサは、見当違いの方向へ向かおうとしていたクロードに慌てて駆け寄っていく。

 その二人の後をティオフィラを抱えたイダがよちよちと、彼女の足を引きずりながら追いかけていった。

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