オーデン
勝利に沸き立つ仲間達の中で一人、レオンはオーデンの身体に埋もれたままの剣を引き抜こうと四苦八苦していた。
オーデンのボリュームのある肉は、床に倒れ伏せては何重にも立ち塞がるカーテンとなって、彼の腕を阻む。
レオンはそれでも必死に身体をその下へと割り込ませて、オーデンの身体から突き出ている剣の柄を掴もうと、腕を伸ばしていた。
「・・・手がいるかい?」
「ちっ、お前か・・・」
オーデンの身体の下へと半身を差し込んでいるレオンに、手伝おうと声を掛けてきた者がいた。
その声の主の姿は、そんな状態のレオンからは窺い知れない。
しかしその声に、すぐに誰の事か察した彼は舌打ちを返すと、不満げな声を上げていた。
「なんだよー、せっかく手伝いに来てやったのに!!その態度はないだろー!」
「うるせぇ!アンナより力がないてめぇが来ても、戦力になんないんだよ!!」
不満げな態度をみせるレオンに、クロードは大げさに文句を零すと、それを表すように彼の近くのオーデンの肉を蹴りつける。
それは予想以上にその肉を揺すり、まるで生きているかのように胎動させていた。
オーデンの下から半身を引きずり出したレオンは、その汚れた身体を払うと、近くに立っていたクロードへと対面する。
彼はこれからするのは力仕事だと主張し、女子供よりも力がないクロードでは役に立たないと、不満を叩きつけていた。
「あぁ!?言ったな、この野郎!!いいだろう、見せてやるよ俺の力を!!ぐぎぎぎぎぎ・・・!」
レオンの言葉を挑発だと受け取ったクロードは、オーデンの下へと腕を差し込むと、それを持ち上げようと必死に力を込め始める。
しかしその行いは、彼の事を蔑んだレオンの言葉通りまったく役に立つ様子がなく、オーデンの身体はピクリとも動こうとしなかった。
「力ってそっちかよ!?お前はいいから、下に潜って取ってこいって!」
「ちっ、分かったよ・・・どれどれ」
クロードがその特別な力を使って剣を回収すると思っていたレオンは、言葉通りの筋肉を使い出した彼に対して、驚きと呆れの声を上げる。
レオンはクロードの隣でオーデンの下に腕を差し入れると、その身体をあっさりと持ち上げてみせる。
はっきりとした力の差を見せつけられた彼に、下に潜って剣を取ってこいと命令されれば、クロードも渋々ながらも従うしかなく、空いた隙間へと身体を滑り込ませていた。
「お、あったあった!いてっ!?まだ、帯電してんのか?・・・よし、もう放していいぞ」
レオンが持ち上げるオーデンの身体の下へと潜り込んだクロードは、もぞもぞと蠢きながらその奥へと進み、目的のものを発見する。
それに手を伸ばし引き抜こうとした彼は、その刃に残る電流を受けて肌を焼いていた。
癒しの力を持つ彼でなければ、結構な深手となっていたその電流も、クロードの力を持ってすれば一瞬の痛みだけで済む。
それでも痛みがまったくなくなる訳ではなく、クロードは慎重に指を伸ばしては、閃く電流にそれを戻すという事を繰り返していた。
「っと、もう大丈夫そうか?・・・よし、もう放していいぞ」
「ぐぅぅぅ・・・遅っいんだよ、まったく」
何度か手を伸ばしては引っ込める事を繰り返したクロードは、ようやく奔らなくなった電流に剣の柄を掴むと、それを引き抜いた。
彼はもぞもぞとオーデンの下を蠢くと、その身体から抜け出してレオンへと合図を送る。
クロードがちんたらやってる間も、オーデンの巨大な体躯を必死に持ち上げ続けていたレオンは、ようやくの解放にぐったりと腰を下ろすと、クロードに対して文句を漏らしていた。
「色々あったんだよ・・・ほら」
「あぁ?なんだよそれ・・・あぁ、ありがとな」
クロードの適当な言い訳は、意外な事に真実を語っていたが、その少ない言葉数では伝わりようもない。
彼の訳の分からない言葉に呆れた感想を漏らしていたレオンは、差し出された剣を受け取ると短く礼を返していた。
レオンは受け取ったそれを軽く素振りして具合を確かめると、納得いったように頷きそれを鞘へとしまう。
元々使っていた剣用に作られていた鞘は、微妙に形状の違うそれにガタガタとつっかえたが、何とか収めることには成功していた。
「で、どうなんだ?」
「ん、何の事だ?」
レオンが剣を鞘に収めるのを眺めていたクロードは、どこか曖昧な物言いでその具合を尋ねていた。
しかしその言葉では何のことを言っているのか伝わらず、レオンは首を捻っては聞き返す。
自分が作り出したものの感想を聞くという行為に、どこか気恥ずかしさがあるのか、はっきりとした言葉を出す事を嫌うクロードは、伝わらない言葉にようやくそれをはっきりと口にする。
「だから、剣の具合だよ!どうなんだ、良かったんだろ?」
「・・・・・・まぁまぁだ」
何かを決意するように床に足を叩きつけたクロードは、はっきりと聞きたいことを尋ねていた。
オーデンを倒したという結果に、ある程度は自信のある出来も、クロードにはその手応えはない。
急かすように言葉を連ねるクロードに、なんともいえない表情で口元をむにむにさせたレオンは、顔を背けると短くそれだけを返していた。
「ふーん、まぁまぁねぇ・・・はーん、そうですかぁ。ほーーーん」
「ちっ!鬱陶しい、絡んでんじゃねぇよ!!」
レオンの照れ隠しのような振る舞いに機嫌を良くしたクロードは、彼の周りに纏わりつきながら意味ありげな声を高く囀っていた。
馴れ馴れしく身体をぶつけてくるクロードに、舌打ちを漏らしたレオンは彼を怒鳴りつけるが、クロードは余裕の態度を崩そうとはしなかった。
「まぁまぁ、俺達二人の力を合わせた勝利って事で。ほら、ここに手を叩けって」
「あぁ?言っとくが、俺はまだてめぇを認めたわけじゃねぇからな!調子のんじゃねぇぞ!!」
怒鳴りつけるレオンを宥める仕草を見せたクロードは、その手を高く掲げてハイタッチへと彼を誘う。
その手は二人の身長差からすれば高すぎる位置にあったが、レオンが苛立っていたのはそのせいではないだろう。
しかしその態度から掲げた手が高すぎたのかと考えたクロードは、露骨にその手を低くしてはそれを上下に動かして、レオンにこっちだとアピールしていた。
「おい!いい加減に・・・シラク!?」
クロードの振る舞いは、レオンの身長の低さを小馬鹿にしているようにも見え、それを気にしていた彼は苛立ちを募らせて、その手を跳ね除けようと腕を振るう。
しかしそれは途中に驚きに変わると、クロードを掴まえようと形を変えていた。
「えぇ~?なにもそこまで怒ること・・・ぐぁっ!!?」
レオンが見せたはっきりとした怒りに、のんびりと手を引っ込めようとしていたクロードは、その途中に突如襲い掛かってきた衝撃に濁った悲鳴を上げていた。
彼はその衝撃に背中を押し潰され、床へと叩きつけられる。
床へと叩きつけられたクロードは、その勢いに頭を床へとぶつけ意識を朦朧とさせてしまう。
『この、程度で・・・死ぬと思ったか、このくそ雑魚共がぁぁぁ!!!!』
クロードの背中の上から、怒りと憎しみに満ちた雄叫びが轟いていた。
その言葉の意味を聞き取れたのは彼だけだろうが、その声を聞き間違える者などここには誰もいない。
死んだと思われていたオーデンは、事実死体にしか見えないその身体で、再びこの城の床を踏みしめていた。