分断 1
さまざまな状況は目まぐるしく変わる中で、最初からずっと戦い続けているクラリッサとイダは、流石に消耗の色を隠せていなかった。
「イダ!ナイフは後、何本ある!?」
「・・・これが最後」
投擲しても使うため、多くの予備のナイフを用意している二人も、長い戦いの中でそれを使い切ってしまっていた。
クラリッサの問い掛けに、イダは片手に構えたナイフを見せる。
それもだいぶ血に汚れ、よく見れば刃も欠けてしまっている。
しかしもはやそれを使い続けるしかない彼女は、向かってきた魔物に対してそれを振るう。
「私もこれで、最後よ!!」
イダの苦しい状態を知ったクラリッサは、自らも最後のナイフを握り締めると疲れた笑みを漏らす。
彼女は近づいてきた魔物に対してそれを振るい、その頭部を見事に捉えていた。
「っ!?抜けない!!」
『ぃだだ!ごどでぇ!!』
頬から口の辺りを貫かれた魔物、オークはその歯によってクラリッサの刃を繋ぎとめる。
万全の状態の握力であれば、その程度の抵抗など無視して引き抜くことも、止めを刺すこともできた彼女も消耗した今ではその力はない。
顔を貫かれながらも、必死に仲間に対して今の内に仕留めろと指示を出すそのオークに従って、周りの魔物達、特に同じ種であるオークが一斉に動き出していた。
『奴は動けないぞ!今の内に!!』
『おぉ!!ぐぇ!?』
武器を奪われた事で一斉に襲い掛かってきた魔物達に対して、片手で握っていた杖を振り回して応戦するクラリッサはしかし、決定打にならない攻撃に対して脅威とはならなかった。
彼女の反撃に一瞬怯んだ魔物達も、それがそれほど怖くないと分かれば一気に距離を詰めてくる。
振り回すのにもある程度の距離が要る杖は、懐に入られた間合いにはもはや、満足に振るうことすら出来なくなってしまっていた。
『捕まえたぞ!止めを頼む!!』
「くっ、この!!」
軽く叩く程度の威力しかなくなった杖をその身に受けながらクラリッサに接近したオークは、彼女腕を捕まえるとその動きを封じてしまう。
彼は彼女の動きを封じる事に専念すると、味方に止めを刺すように叫ぶ。
ささやかな抵抗すら捕まえられて出来なくなったクラリッサは、何とかナイフを抜いて反撃しようと試みるが、今だにそれを噛んで粘っていたオークに、それすら奪われてしまう。
「クラリッサ!!」
クラリッサのピンチにイダが悲痛な声を上げるが、彼女もそれを助けに行けるほどの余裕はない。
盾を巧みに使うことで距離を取り、自らの安全を確保することは出来ていた彼女も、敵を押し退けてクラリッサの下に辿り着けるほどの余力は無い。
それでも彼女は、無謀な突撃を敢行してクラリッサを助けに向かう。
しかしそれも魔物の壁によって跳ね返されてしまう、クラリッサの首には魔物達の刃が迫ろうとしていた。
「ぁぁぁぁぁぁ・・・うがっ!!?」
『ぐっ、がぁ!!?』
クラリッサを捕まえていたオークの頭を、どこかから降ってきた人影が射抜いて倒す。
どこか見覚えのある光景によって拘束から解放されたクラリッサは、慌てて身を低くして迫り来る刃から逃れていた。
「なにが・・・?っ!?クロード様!!?」
訳の分からない事態によって危機的状況から救われたクラリッサは、その理由を探して周りに視線を向ける。
そこには自らが衝突した事によって床に伸びているオークの上で、ぐったりとしているクロードの姿があった。
『こいつは!?殺せ、こいつの所為で仲間が!!』
『すでに死んでるんじゃないか・・・いや、とにかく頭を潰しちまえばいい!!』
どこかから降ってきた男が、多くの仲間を葬った存在だと気づいた魔物達は、怒声を張り上げてクロードへと殺到してくる。
しかし彼らはもっとよく考えるべきだった、その男がどこから降ってきたのかということを。
『・・・なんだ?うおっ!?やばい、にげっ!?』
『うぎゃぁぁぁっ!!?』
予想だにしない衝撃で落下したクロードは、その最後に能力を暴走させていた。
彼が離れてからも急激に伸び続けた石の柱は天井へと衝突し、その衝撃は脆くなっていた根元を崩す。
時間差で崩れ落ちてきた石の柱は、魔物達の頭上へと降り注いでいた。
「クロード様!!・・・イダ、無事!?」
「・・・大丈夫」
意識を失っているように見えるクロードを、庇うようにその身に覆いかぶさったクラリッサは、彼へと襲い掛かった魔物達によって、逆に降ってきた瓦礫から守られていた。
どうやら無事にやり過ごした事を確認した彼女は、近くにいる筈のイダの安否を尋ねる。
イダは自らの盾の下に潜り込む事によってそれを凌いでいたようで、その陰からひょっこり顔を覗かせると、トコトコと二人の下へと近づいてきていた。
「良かった・・・とにかく、クロード様を安全な場所に」
「・・・ん」
周りの魔物達の多くは、柱の瓦礫を食らって戦闘不能になっているか、ダメージを負って動きが鈍っている。
クラリッサとイダは意識の戻らないクロードを抱えると、彼らの間をそそくさと移動していく。