トゥルニエとクラリッサ
「クラリッサ、そっちはいいのか?」
「えぇ、エミリアちゃんに任せてきました。アンナちゃん、私が変わるわ。あなたも向こうに行きたいでしょう?」
「いいの・・・?それじゃ、お願いねクラリッサ!あ、お父様は丈夫だから、痛がっても無視してね!」
トゥルニエの方へと歩いてきたクラリッサは、アンナの隣へと腰を下ろす。
彼女は父親の肌に癒着した鎧を剥がしながら、頻りにクロードの方を気にするアンナの姿に、気を利かせて向こうに向かうように促した。
僅かに悩むそぶりを見せたアンナは、それでもすぐに決断して立ち上がる。
彼女は去り際に父親の丈夫さをアピールするが、クラリッサはそれに笑って手を振るだけで応えていた。
「我が娘ながら、中々手厳しいことを言う」
「・・・信頼の証ですよ」
走り去っていく娘の後姿を眺めていたトゥルニエは、しみじみと溜め息を漏らす。
アンナがいなくなった分のスペースを、軽く腰を上げて埋めたクラリッサは、彼の視線へと瞳を合わせると、その心情を慮った呟き漏らした。
「そうだろうとも、だが少しこう・・・手心というものをだな。まぁいい、それで・・・どう思う?」
「どう、とは?」
「彼の事だ、分かるだろう?そもそも彼はどこからやって来たんだ?辺境で隠遁していたシャーマンが、人類の危機にいよいよ立ち上がったのか?だとしても、あの力は・・・」
実の娘の父親の扱いについて頭を悩ませていたトゥルニエは、その話題を打ち切ると言葉を濁してクラリッサに問いかける。
その問いを受けた彼女は、一度とぼけて見せたがその意味が分からない訳もないだろう。
クロードの正体に自らの推測を並べるトゥルニエに、彼女はゆっくりと首を振る。
「分かりません。彼が何者なのかは、何一つ。でもそれが何だというんでしょう?彼のあの力は、まさしく救世主と呼ぶべきもの・・・おじ様もお分かりでは?それに・・・」
「それに、子供達もよく懐いている、か」
「はい。彼はまるで、平和だった時代をそのまま生きてきた少年のようです。親しみやすく、屈託がない・・・子供達が懐くのも分かります」
怪我人の治療のためにクロードとしばらく行動を共にしたクラリッサは、彼の正体について探るのを諦めていた。
彼女にはそんなものよりも彼の力と、その人柄の方が価値があるように思えたからだ。
今も少女達に絡まれながら怪我人を治療していく彼の姿に、トゥルニエも同じ感想を抱いていた。
「そうか、ではいざという時は彼に・・・その時はクラリッサ、お前も」
「分かっています、おじ様」
不意に差し込んだ希望の光を目にしながらも、トゥルニエの瞳には悲痛な覚悟が浮かんでいた。
それはそれに応えたクラリッサも同様だ、彼らはある種の覚悟を共有しているようだった。
「そうだったな・・・さて、どうするにしても今襲ってきている魔物共をどうにかしないとな!クラリッサ、何故奴らは攻撃の手を緩めていると思う?」
「それは、指揮官であるおじ様が倒れたから・・・いえ、それによる私達の逃走を恐れたから?」
「そうだろうな。奴らの目的はここの占領や、我らの撃破ではない。我々の・・・人類の絶滅だ。奴らにとって我々に逃げられる方が痛手だ、今頃は慌てて逃げ道を塞いでいるのだろうよ」
トゥルニエの言葉通りに、周辺から聞こえる戦いの音はその鳴りを潜めていた。
彼の言葉に辺りへと目をやったクラリッサは、一度顎に手をやって考え込むと、ある可能性について思い至る。
彼女が口にした考えは、トゥルニエのそれと同じだったようで、彼は彼方へと目を向けると苦々しく唇を歪めていた。
「結果的には、助かっていますけど・・・それで、どうなさるおつもりなのですかおじ様?」
「それは、これから考えるさ。とにかく一度彼に会って話さなくては・・・クロード・シ、シ、シアク?だったか」
「シラク様です、おじ様」
立ち上がったトゥルニエに、クラリッサも付き従う。
気付けば彼の身体に張り付いていた鎧の残骸は、ほとんど取り除かれていた。
「あぁ、そうだったか?ところで・・・彼はどこに?」
「・・・あら?」
クラリッサの指摘に、トゥルニエは軽く足を止める。彼の斜め後ろに付き従っていたクラリッサは、急に足を止めた彼に慌てて歩幅を詰めていた。
トゥルニエは話に上がっていた男、クロードの姿を探していた。
先ほどまで少女達に囲まれて怪我人の治療に当たっていた彼の姿は、今はどこにも見当たらなかった。