凪の時間
敵に囲まれつつあり、厳しい状況へと追い込まれていた少女達は、なぜか急に減った敵の圧力にいぶかしんでいた。
「なに?どういう事、敵が急に・・・」
「・・・不思議」
敵に囲まれつつ彼女達には、周りの状況は良く分からなかった。
クロードと離れた彼女達には、サリスの雄叫びと魔物達の喚声は同じものにも聞こえる。
よく分からないが楽になった状況に、クラリッサとイダは揃って首を捻っていた。
「なんか、あいつがやってたみたいよ?でかいリザードマンが向こうに突っ込んでいったわ」
「そうよ!クロード様、すごいんだから!ゴブリンが三人がかりでも抑えきれないリザードマンを、ちょっと話しただけで説得して仲間にしたんだよ!!」
通路からやってくる魔物達の相手をしていた二人と違い、オーデンと対峙し彼を警戒することが主だったエミリアとアンナは、クロードの動向に注意を割く余裕があったようだ。
エミリアが端的に話した内容を補足する、アンナの圧力は強い。
その内容は距離が遠かったための誤認したのか、それとも彼女によってフィルタリングされたためなのか、実際にあったことよりも誇張されているようだった。
「はいはい、分かったから。アンナは向こうを警戒してて」
「むぅ・・・もっと話したかったのに」
止まりそうもないアンナの言葉に、クラリッサとイダの二人は圧倒されてしまっている。
このままでは話が進まないと判断したエミリアは、彼女の肩を叩くと強制的にその向きを変えていた。
不満に頬を膨らませたアンナも、流石に今がそれどころではないと分かっているのか、渋々エミリアに押されるままにオーデンへと向き直っていた。
「そう、クロード様が・・・ティオはどうなってるの?」
そのリザードマンの振る舞いによって混乱しているのか、魔物達は積極的に彼女達に向かって攻めて来なくなっていた。
それを見越したクラリッサは、エミリアとの会話を続けて情報を集めようとする。
会話する事なく彼女の意図を汲んだイダが僅かに前に出て、そのいつもは背中に括り付けている大盾を構えて辺りを警戒していた。
「ティオは途中で魔物に捕まってたわね。ま、あの子の事だから大丈夫でしょうけど」
「そう、少し心配ね・・・ねぇ、エミリア。そちらに余裕があるならこっちに・・・」
クロードへと合流しようとしていたティオフィラは、その途中に魔物達に捕まってしまっていた。
しかし身軽で意外と抜け目のない彼女なら大丈夫だろうエミリアは高を括り、その意見はクラリッサも同じのようだった。
彼女は余裕がありそうなエミリアに、こちらへと戦力を避けないかと打診する。
今は鳴りを潜めているとはいえ多くの魔物を相手にする通路側の戦況は厳しく、少しでも戦力が欲しいのが実情だった。
『はぁ~~~ったくよぉ、使えねぇ奴らだなぁ!おい!!俺様が自ら手を下すしかねぇのかぁ!!?』
通路から突入してくる魔物達の姿に、玉座へと腰掛けては高みの見物を決め込んでいたオーデンは、一向に決着がつかない戦いに痺れを切らしてその腰を上げる。
彼はその巨大な得物を肩に担ぐと、それを床に打ち付けて一喝する。
その衝撃は壊れた床から破片を落とし、その下から誰かの悲鳴が聞こえたような気がしていた。
『オ、オーデン様!?そんな事はありません!!』
『お前ら、いつまであんな奴にびびってんだ!!一気に潰すぞ!!!』
『『おおぉぉぉ!!!』』
オーデンの一喝に身体を跳ねさせた魔物達は、口々に気合の篭った声を上げる。
彼らの中に突っ込んで押し通ったリザードマン、サリスの存在によって萎縮していた彼らは、息を吹き返したように勢いを増していく。
『はっはっはっは!!そうじゃねぇとな!しかし俺様もそろそろ待つのは飽きてきたんでなぁ、一噛みさせてもらうぜ!!!』
気勢を上げた魔物達の姿に満足げな笑い声を上げたオーデンは、そのままのっしのっしと少女達に近づいていく。
圧倒的に優位な状態に余裕を見せることにも飽きてきた彼は、とうとう自ら手を下すことに決めたようだ。
彼のその巨大な体躯は、一歩近づくごとに圧力を増していくようだった。
「どうやら、その余裕はなさそうね」
「えぇ、そうね。エミリア、そっちはお願い!」
「任せて!そっちこそ頼んだわよ!!」
オーデンが静観を決め込んでいたため存在した余裕は、彼の思惑一つで全て消し飛んでしまった。
皮肉げに唇を歪めたエミリアが、僅かに笑みを作るとそれに倣ってクラリッサも苦笑を返す。
彼女達はお互いの背中を叩くように声を掛けると、それぞれの戦場へと駆けていく。
それはどちらも、絶望的な状況へと向かうものだった。