クロードと魔物達 2
『あー・・・悪いんだけど、そういうんじゃないから』
『なんだ、こいつ!?俺達の言葉を喋れるのか!?』
自らの能力が原因で、なにやら言い合いを始めた目の前のゴブリン二人に対し、どこか申し訳なく感じていたクロードは、仲裁をするために彼らに声を掛けていた。
しかしそれは、余計に彼らを混乱させる結果となってしまう。
クロードの能力は彼の言葉を魔物間における共通言語ではなく、ゴブリン特有の言葉へと変換していた。
ゴブリンの二人にとって、ゴブリン達だけに使われるその言葉を流暢に話す人間の姿は不気味で、もはや驚きよりも恐怖の対象となっていた。
『あれ、これってばれたら不味かったっけ・・・?まぁいっか』
『あんたは、あの時の・・・おい、あんた!レオンは一緒じゃないのか!!』
彼らのリアクションに、あまり敵に知られない方が良いと言われていた能力であった事を思い出したクロードは、軽く頭を抱えるがすぐに開き直って次の言葉を捜していた。
近くにゴブリンしかいない状況に彼はその言葉を使い続けている、その声にデニスはかつて彼と遭遇したことを思い出し、レオンの所在を求めて声を掛ける。
『レオン?レオンならこの城の、えーっと・・・まぁどこかに・・・あれ、何であいつの名前を知ってるんだ?』
デニスにレオンの所在を尋ねられたクロードは、それをうまく答えられずに言葉を濁した。
彼自身それがどこか分からなくてここまで辿り着いたのだ、他人にそれをうまく伝えられる訳もない。
濁した言葉は誰にも伝わらずに流れていく、それよりもクロードは普通に会話に出てきたレオンの名前が気になっていた、声を掛けてきたゴブリンは一体どこでその名前を知ったのだろうか。
『随分と余裕だなぁ!!お前のせいでブレントは、我が一族はどうなったと思ってる!!!』
『ぐっ!?この、あいつの身内だからと何時までも手加減すると思うな!!』
組み敷いているサリスから注意を逸らしてクロードへと視線を向けるデニスの姿に、彼は怒りを募らせて腕を伸ばす。
その伸ばした指先は、デニスの目を狙っていた。
リザードマンの指先には鋭い爪が伸びており、それは注意を逸らしていたデニスの目蓋を抉って割いた。
ギリギリで目を抉られるのを回避したとはいえ、洒落にならない手段に訴えてきたサリスに、デニスも非情な手段を取らざるを得ない、彼は床に放っていた短槍を手に取っていた。
『ブレントって、もしかして下にいた立派な体格のリザードマンのこと?そういえば、なんか似てるような・・・?』
サリスが口にした名前は知らないが、リザードマンの集団ならつい先ほど目にしている。
クロードはその中にいた、特に立派な体格をしたリザードマンが彼が口にした存在なのではないかと推量する。
そうしてみれば確かにゴブリンに組み敷かれているリザードマンと、そのリザードマンはどこか似ているような気がしていた。
『知っているのか、人間!?いや、ヒューマンか?とにかくブレントの事を、我が甥の事を教えてくれ!!何でもいい!!』
『なにっ!?この!』
クロードの言葉に急激な速度で身体を起こしたサリスは、デニスの槍を躱していた。
叩きつけた床に痺れた指先をねじ伏せて、追撃を放ったデニスの槍は、もはや飛びつくようにクロードへと近寄ったサリスに空振りに終わる。
サリスはクロードの足元へと縋りつくように近づいていく、その必死な形相に自然とアクスとヴァイゼの二人が、彼からクロードを守るような形となっていた。
『いやその人?か分からないけど、うちのキュイを竜神様だとか言って、なんか一緒に戦ってたけど・・・』
『竜神様!?貴様、竜神様だと言ったか!!?』
『うおっ!?ちょっと痛いですよ!?言いました、言いましたって!!』
目の前まで迫ってきたサリスの形相に若干引いているクロードも、問われた内容には素直に答えていた。
クロードが記憶を探りながら適当に喋った内容に、サリスは激烈な反応を示し彼へと飛び掛る。
なんとなくクロードの事を守っていたゴブリン達も、身を張ってまで守る気はなかったのかそれをあっさり見過ごし、肩を掴まれてしまった彼は必死にサリスの詰問を肯定する声を上げていた。
『本当に・・・?では、ブレントはそのために・・・おい、それは、いやその方は白いドラゴンか?』
『キュイが?いや~、白いのは合ってますけど・・・正直でかいだけの蜥蜴だと思うんですけどね。あの身体の大きさも、俺の能力の影響があるんじゃないかな・・・』
クロードが肯定した事実に、サリスはどこか瞳を迷わせていた。
彼は自らの甥がおかしくなったのではなかっただという事を知り、感極まって涙を溢れさせようとしていた。
すんでの所でそれを抑えたサリスは、最後の確認とばかりに念入りにクロードに事実を確認を投げかける。
サリスの確認に、クロードはふんわりと回答を返していた。
その内容な彼にとっては否定の意味を含んでいたが、無理やりにでも甥は正しかったと思い込みたいサリスにとっては、肯定以外の何者でもなかった。
『そうか、そういう事だったのか・・・すまないブレント!!伯父さんが今、そっちに行くぞ!!!』
一人何事か納得したサリスは、ふらふらと数歩後ろに下がると、柱にぶつかってその足を止める。
彼はそこで勘違いし疑ってしまった事を詫びる叫び声を、天に向かってぶち上げると、そのままで入り口へと駆けていってしまう。
その勢いは凄まじく誰も制止することなどできない、その場には呆気に取られた空気だけが漂っていた。
『お、おい!サリスの旦那、行っちまったけどいいのか?』
『知るか!あんなもの、どうしようもないだろ!!』
鬼気迫る勢いで飛び出して行ったサリスに、アクスとヴァイゼの二人は呆気に取られて何も出来なかった。
アクスは隣にいた相方に向かってこれで良かったのかと問いかけるが、ヴァイゼはやけくそ気味に声を荒げるだけ。
そんな二人に挟まれているクロードは、どこか気まずそうに身を縮めて彼らの視線に入らないようにしていた。
『邪魔をするなぁぁぁ!!俺は、俺は!ブレントの所に行くんだぁぁぁ!!!』
『な、なんだこいつは!?』
『おい!こいつあいつだ、裏切り者のサリスだ!!止めろ!捕まえるんだ!!』
入り口から押しかけ、そこに詰まってはたむろっていた魔物達へと突っ込んでいったサリスは、雄叫びを上げながら彼らを跳ね飛ばす。
予想だにしない方向から襲撃を受けた彼らは、最初こそ為す術なく動揺していたが、突っ込んできた奴が裏切り者のサリスだと気づくと、むしろ手柄を求めて襲い掛かっていた。
『うおおおぉぉぉぉぉ!!!邪魔を、するなぁぁぁぁぁぁ!!!!』
『嘘だろ!?この人数をっ!!?』
『ば、化け物か!!?』
圧倒的な人数差を嵩にきて襲いかかった魔物達は、サリスによってあっさりと弾き飛ばされてしまう。
オーデンの片腕にまで上り詰めた、彼の実力は伊達ではない。
素手であっても彼らを圧倒する自信のあった彼は、近くの魔物から槍を奪い取るとそれを華麗に振り回して、近寄る魔物達を薙ぎ倒していく。
気づけば彼の前には道が出来ており、悠々とそこを駆け抜けていった。
『待ってろよ、ブレント!!伯父さんがすぐに行くからな!!!邪魔邪魔ぁ!!!』
『えっ!?な、なんだぁ!!?』
廊下へと飛び出たサリスは、正確な居場所も知らないブレントに向かって駆け出していく。
詰まっていた通路に部屋の中の状況を知らなかった魔物達は、突然飛び出てきたサリスに、訳も分からないうちに弾き飛ばされてしまっていた。
圧倒的な実力を誇り、狂乱の中でリミッターが外れているサリスを止められる者などいない。
廊下には彼の高笑いにも似た雄叫びだけが、いつまでも響き渡っていた。