疑心暗鬼のオーデンは人気のない場所に隠れる
何らかの陳情や式典などがある時以外、使われる事のない謁見の間は、騒がしい城内においても静けさを保っていた。
そんな場所に、恐る恐る周りを窺いながら歩いてくる人影があった。
その人影の身体は大きく、慎重に進める歩みにも隠れているようには見えなかった。
しかしそれでも問題はないだろう、何故ならこの場には彼以外の者は存在しないのだから。
『大丈夫か?誰もいないな・・・ふふふ、流石にここにいるとは思わんだろう』
真っ直ぐに玉座まで伸びた絨毯から外れ、居並ぶ柱の陰へと隠れるように動いていた人陰、オーデンは窺った周りに他に誰もいないのを確認すると、堂々と姿を現した。
立て続けに二つの種族が裏切った事で、部下を信用することが出来なくなった彼は、他に誰もいない空間を求めて、この謁見の間まで逃れてきていた。
『ふー・・・やはりここは落ち着く。しかし、リザードマンが裏切っただと?サリスの奴め、あれほど目をかけてやったというのに・・・いや、これは陰謀だと考えた方が妥当か』
玉座にまで続く真っ赤な絨毯を踏みしめながら、その前までやってきたオーデンは、それに深々と腰掛けると安堵の息を吐き出した。
一息を吐いた彼は、ここに避難するに至った経緯について考えを巡らせる。
部下達の不満を差し向けるために、あえて扱いを悪くしていたゴブリン達に裏切られることはともかく、厚遇し片腕と呼べるまでに重用していたサリスに裏切られて事は彼にもショックだった。
彼がそれを陰謀の仕業だと考えたのも、自らの信頼を裏切られた衝撃を少しでも和らげようとしたためかもしれない。
『しかし、虫の息の人間共に味方をしてどうする?確かに勝利できれば売った恩はでかいだろうが・・・勝ち目などあるか?サリスはそれほど馬鹿ではあるまい、であれば・・・他の勢力の介入か』
リザードマン達が裏切った陰謀を推し量るオーデンは、その過程の最初に人間への協力という線を切って捨てる。
ここオルレアン王国に対しての侵攻は、すこぶる順調だ。
すでに状況は残党の掃討へと移っており、それも程なく完了する目論見であった。
その状況下において人間側に協力する者などいないだろう、戦況はもはや勝敗がついているといっていい状況で、後始末に時間をかけているだけなのだから。
この状況で向こうが逆転するとすれば、それこそ神が介入でもしなければ有り得ない。
しかしそれすら意味がなかった事は、すでに証明されている。
であれば尚更、リザードマン達は人間側についたわけではないだろう、オーデンは他の可能性を探り始める。
『ガレッシオ共和国方面軍からの差し金か?確か、向こうは進攻が遅れがちだった筈・・・こちらの足を引っ張ることで自らの失態を誤魔化す算段か?いや、ハインドマンの奴ということも・・・』
彼の足を引っ張って、得をする者は少なくない。
魔物達の大進攻は、もはや大詰めの段階まで迫っていた。
この戦争が終わってしまえば、出世のチャンスは限られてくるだろう。
そうなればその間際の時期においてどうにか手柄を立てようと、さまざまな画策を企てる者も出てくる。
オーデンは別の国を攻めている軍と、同じ国を攻める別部隊の者へと疑いの目を向ける。
彼らには自らの失態を誤魔化すためと、単純に出世を狙うというはっきりとした動機があった。
『考えれば幾らでも出てくるな・・・なんだ!?』
考え出せばきりのない疑いに、オーデンは前屈みになっていた身体を玉座に預けなおして、深々と溜息を吐く。
だらしなく足を伸ばしていた彼は、この謁見の間に近づいてくる物音に気がつくと、すぐさまその玉座の後ろへと飛び退いていた。
元々ヒューマン用に作られていた玉座は小さく、巨大な体躯を誇るオーデンには使用できなかった。
そのためこの場にある玉座は、元々あったものを参考に作られた巨大なものであり、その大きさは身体を縮こめれば、オーデンでも隠れられるほどのものだった。
『だ、誰だ?こんなところまで見回りに来る奴なんていたか?その律儀さを褒めるべきかどうか迷うな・・・』
玉座の裏側からこっそりと顔を覗かせて窺うオーデンは、こんな状況でここまで見回る部下の存在に、複雑な胸中を覗かせる。
彼はさらに近づいてくる足音に、顔を再び玉座の裏へと隠すと、耳をそばだててその様子を窺っていた。