思わぬ遭遇 1
閑散とした廊下を、足早に駆けていく人影がある。
その人影は何度も後ろを振り返りながら、身を隠せる物陰へと移動を繰り返していた。
『どういう事だ、一体どういう事なんだ!?ブレント、お前は何故裏切った!!』
廊下に他に人影がない事を確認したリザードマン、サリスは壁に拳を叩きつけると、溜まった不満を吐き出していた。
彼が部隊を任せていたブレントは、彼の甥でもある信頼できる男だった。
その男が乱心して裏切ったとは思えない、何か理由がある筈だが、彼にはそれが見当もつかなかった。
『何故だ、何故・・・せめて行動を起こすならば、何故事前に話さない!?私はそれほど信用できなかったのか!?』
彼がブレントをオーデンの謁見に立ち合わせたのは、将来を見越した行いであったが、高潔な甥にはそれは逆効果だったのかもしれない。
確かに甥はあの時に不満を漏らしていたように思える、しかしそれは反乱を企てるほどの事だろうか。
サリスは信頼する甥が反乱を起こしたことよりも、それが自分に知らされていなかった事の方に、より強いショックを受けていた。
『おい!!あそこにいるのは、あれじゃないか!!リザードマンだろ!!』
『ちっ!見つかったか!!』
苛立ちに支配された身体はそれを発散するのに四肢の動きも大きくする、物陰に隠れていた筈のサリスの身体は、その動きにそこからはみ出してしまっていた。
彼の姿を見つけた魔物は、すぐに大声を上げて仲間を集め始める。
その声に、サリスも慌てて逃げ始めていた。
「あ、これ私の装備だ。ここにあったんだ」
「・・・なら、それ返して」
「はーい。これ取り外すのは簡単だけど、つけるのは難しいね」
全力で逃げ始めても、地上を走るリザードマンの足は速くはない。
後方から彼を追いかけて来る魔物の中には、足の速い獣人もいるだろう。
このままでは遠からず追いつかれてしまうと彼が焦り始めたころ、中から聞き覚えのない声が響く部屋へと通りかかっていた。
『この言葉は、人間共のものか・・・?くっ、ここに入るしかないか!!』
その中から聞こえてきた言葉を人間達のものだと判断したサリスは、そこに隠れることを躊躇するが、追っ手はそれを許してくれるほど遠くはなかった。
迫り来る追っ手にそれ以外に逃げ道のない彼は、覚悟を決めるとその部屋へと踏み込んでいた。
「きゃ!?な、なに?」
「ぐぇ」
小柄な少女の背中に、その身体よりも大きそうな盾を取り付けてあげていた金髪の少女は、突然踏み込んできたリザードマンに驚き尻餅をついてしまう。
どうにか取り付けが終了したタイミングで尻餅をついたため、小柄な少女もそれに巻き込まれて倒れこむ。
彼女は首の辺りが締め付けられたのか、カエルが潰される時のような濁った悲鳴を上げていた。
「下が、ってろ」
突然飛び込んできたリザードマンに驚き、対応できそうもないアンナとイダに代わって短槍を手にしたデニスが前へと飛び出した。
彼はサリスへと対面すると油断なく槍を構える、その後ろではアクスとヴァイゼの二人も駆けつけていた。
『なんだぁ?サリスの旦那じゃないか?どうしたんだ、こんな所に?』
『おい、アクス!今は・・・』
デニスの後ろへと回った二人のゴブリンは、見知った顔のリザードマンにそれぞれ異なった反応を見せる。
知り合いの顔にアクスは親しげな態度を見せ、今の状況に城の幹部であるサリスと対面するのは不味いと考えたヴァイゼは、そんな彼を制止しようとした。
しかしサリスはそんな二人の事を気にも留めようとせず、目の前で槍を構えるデニスと、その後ろに庇われている二人の少女に交互に視線をやっていた。
『ゴブリン、裏切り・・・デニィィィスゥゥ!!お前か、お前がブレントを!!!』
目の前のデニスは、甥と年齢も近いということもあり仲が良かった。
サリスと彼の父親も立場が近いということもあって、それを歓迎していたが、それがこんなことに繋がるなどサリスは考えてもいなかった。
真っ先に人間達へとつき裏切ったゴブリンと、今また城の外で反乱を起こしているリザードマンは連動していると考えるのが自然だ。
その証拠は目の前に人間と行動を共にするゴブリンと、甥の親友だった男の存在だけで十分だった。
『おい!?どうしたんだよ、旦那!!』
『アクス!!ここは彼を人質にするしか!』
デニスへと飛び掛ったサリスに、二人のゴブリンは慌てて制止に掛かる。
デニスもサリスの事は警戒していたが、彼とて別に仲間を傷つけることは本意ではなく、その槍で貫くのを躊躇ってしまっていた。
「えっ!?なに、これどうしたらいいの!!」
「・・・突き刺す」
尻餅から回復したアンナとイダはそれぞれに獲物を構えて、絡み合うゴブリン達とリザードマンの傍へと近寄っていく。
人間の彼女達にとってこの場は敵地だ、そのため魔物達が襲ってくるのは不思議ではないが、そのリザードマンはなぜか彼女達には関心を示さず、デニスだけを襲っている。
その状況に混乱するアンナは戸惑い、イダはとりあえず敵を排除しようとナイフを構えた。