侵入、エイルアン城
「・・・これ、取れそうじゃない?」
オーデンも立ち去り、誰もいなくなった司令室のどこかから暢気な声が響く。
それはどうやら司令室の奥、オーデンの席の後ろに飾られていた絵の後ろから聞こえてきたようだ。
「ちょっと!?向こうに誰かいるかもしれないでしょ!?」
「エミリア、大きい、声大きい」
ガタガタと揺れる絵に、それ以上に注意を引く大きな声が響く。
すでに外された絵は床へとその縁をつけている、エミリアの大声を窘めたクロードも、ここまでしても反応のない向こう側に、恐る恐る絵を避けて顔を覗かせていた。
「大丈夫、そうかな?よし、行くぞー皆!」
誰もいなくなった司令室に、クロード達一行がぞろぞろと入ってくる。
長いこと使われていなかったため、誇りまみれでそこら中に蜘蛛の巣が張っていた通路を通ってきた彼らからは、歩くたびに埃が舞っていた。
「けほっ、けほっ・・・埃っぽくて、思ったより面白くなかったにゃぁ」
「ティオちゃん大丈夫?ちょっと払っとこうね」
「にゃー!クララもやってあげるにゃ」
期待していたのとは違った通路に、咳き込みながら不満を漏らしたティオフィラは、悲しげにその耳と尻尾を垂らしていた。
咳き込んだ彼女の様子を心配そうに窺うクラリッサは、そちらに近づくと彼女の服についた埃を払ってあげている。
その手触りに嬉しそうに尻尾を躍らせたティオフィラは、クラリッサへと向き直るとお互いに埃を払い始めた。
「こほっ、げほっ!?ちょっと、やるなら遠くでやってよ!もぅ・・・!」
お互いに触り合う事でちょっと楽しくなってきたのか、歓声を上げながら埃を払い始めた二人に、近くにいたエミリアは咳き込み始める。
遊びの色も混じり始めた彼女達の動きは激しく、舞う埃の範囲も広い。
エミリアの声で部屋の隅へと移動した二人にも、まだ埃はこちらにも届いていて、仕方なくエミリアは部屋の机の上に残された書類を調べていたクロードの方へと向かう。
「なに?なんか気になるものでもあったの?」
「うーん・・・これとか、なんか気にならない?」
舞い散る埃から避難してきたエミリアは、机の上の書類を捲っては唸っているクロードに声を掛ける。
彼はその中から一枚の紙を取り出すと、エミリアに差し出していた。
「いや、見せられても読めないっての。そっか・・・あんたは読めるんだっけ?なんて書いてあるの?」
「なんかこう・・・説明は難しいな、たぶん何かの作戦が書いてあると思うんだけど・・・」
目の前に広げられた書類を手で避けたエミリアは、魔物達が使う文字など読めないという当たり前の事実を告げる。
しかしすぐにクロードにはそれを読み解く能力があると思い出して、その内容を尋ねていた。
エミリアの問い掛けにクロードはうまく内容を纏めようと中空に手を動かすが、難解な書類にうまく言葉が出てこずに概要だけを搾り出していた。
「えっ!?それってすごくない?ちゃんと読み解きなさいよ!!」
「いやぁ~・・・時間掛かるぞこれ」
気軽に聞いた内容が、思ったよりも重要だったことに驚いたエミリアは、クロードの肩を叩いて読み解くのを急がせた。
いくら能力によって文字が読み解けるといっても、それは普通に読むことが出来るだけで、内容をすんなり理解できるわけではない。
難解な文章に、エミリアに声を掛けられた時点ですでに飽き始めていたクロードは、続きを読むのを嫌がって言葉を濁していた。
「クロード様、そろそろ移動しましょう。ここもいつまで安全か・・・レオン君はどこに?」
一通り埃を払い終えたのか、クロード達の方へと近づいてきたクラリッサは、そろそろ移動した方がいいと提案する。
彼女の後ろでは舞い散る埃が鼻腔をくすぐったのか、くしゃみをしているティオフィラの姿があった。
「っ!そうだな!!あぁ、でもよく分からないんだよ。ここがどこか知らないし、潜入したときもレオンに先導を任せてたしなぁ・・・」
エミリアの圧力に、もう書類を読みたくないクロードはクラリッサの提案に飛びついていた。
彼は手に持っていた書類を机に叩きつけると、レオンのいる場所までのルートを思い描きながら出入り口へと向かっていく。
「ちょっと!?これ持ってきなさいよ!!役に立つかもしれないでしょ!!」
「えぇ~・・・鞄失くしちゃったからなぁ、半分はエミリアが持ってってくれよ」
「分かったわよ、ほら!!」
机の上から掻き集めた書類をクロードへと押し付けようとするエミリアに、彼は難色を示して受け取りを拒否していた。
しかしそれでは引き下がりそうもないエミリアの雰囲気に、彼は妥協案として半分ずつ受け持つことを提案する。
彼女はそれに不満げに唇を尖らせると、大体半分にした書類をクロードへと押し付け、自らの分をポケットや腰に括りつけた袋に収納していく。
「なんですか、それ?」
「う~ん、なんか作戦とか書いてる書類」
「えっ!?すごいものじゃないですか!?読めるんですか?」
エミリアとクロードのやり取りに、彼の手元にある書類が気になったクラリッサはそれを覗き込む。
目を凝らしてみても読めはしないそれに疑問の声を上げた彼女は、クロードが気軽に話す重要な内容に驚いて顔を上げた。
「まぁ、読めるけど読めないというか・・・今はそれより、急いだ方がいいでしょ」
「はぁ・・・」
どうしてももう難解な書類を読みたくないクロードは、適当に言葉を濁すとクラリッサを急かしていた。
彼の言葉に不思議そうに首を捻ったクラリッサも、それを不審に思うところまではいかない。
適当に書類をポケットに詰め込んだクロードは、部屋の出入り口へと急ぐ。
その後ろでは、ティオフィラがエミリアが書類を服に詰めるのを手伝って上げていた。