逃亡の終わりは突然に 1
「ひぃ、ひぃ・・・も、もう駄目」
気づけば城の反対側へと回ってきていたクロード達は、早速体力の限界を訴え始めた彼によって足止めを食らっている。
彼女達がこれまで必死に逃げてきた距離に比べれば、微々たる距離しか走っていないクロードだが、その呼吸は可哀想なほどに乱れていた。
「ちょっと!?少しは頑張りなさいよ!!あんたはさっき走り始めたばっかでしょ!!」
「ひゅー、ひゅー・・・ごめ・・・でも、無理・・・」
急に両手を膝について立ち止まったクロードに、彼を置いていってしまったエミリアが怒声を上げながら戻ってくる。
彼女からすれば走り始めて間もない彼が、真っ先にばてるのが納得がいかないのだろう。
しかし圧倒的な体力の差は如何ともし難く、クロードは荒い呼吸の隙間に何とか謝罪の言葉を搾り出すのが精一杯だった。
「エミリア!クロード様、大丈夫ですか!?」
「にいやん、顔青いにゃぁ・・・大丈夫かにゃ?」
エミリアの態度を叱責するクラリッサの声にも、彼女は顔を背けて舌を出すだけ。
青い顔で必死に呼吸を整えているクロードの周りへとやってきたクラリッサとティオフィラは、その表情を窺っては心配そうな顔をしていた。
「とにかく、クロード様を置いていく訳には・・・エミリア、ティオ!クロード様をお願い!!」
ちょっとやそっとでは整いそうにないクロードの呼吸に、クラリッサはそれを待つのを諦めて別の手段を打つ。
体格の違いから自らを運ぶ側から除外したクラリッサは、エミリアとティオフィラの二人にクロードの運搬の指示を出していた。
「分かったにゃ!!」
「ふんっ!」
元気良く返事をしたティオフィラは、クロードの脇の下へと素早く潜り込み、不満の態度を見せたエミリアは、それでもその反対側へとまわって彼の身体を持ち上げていた。
その様子をクラリッサは焦りながら見詰めている、彼女の視線の先には迫りくる魔物達の姿が映っていた。
「急いで二人とも!!後は私が・・・!」
クロードを抱えてゆっくりと前へと進みだした二人と入れ替わるように、クラリッサは魔物達へと相対する。
彼女は杖を構えて集中し始めるが、その魔力の高まりは明らかに遅いようだった。
「クラリッサ!あなたもう、魔力が・・・!?」
魔力に敏感なエルフ故か、その異変にすぐさま気がついたエミリアは、クラリッサへと振り返る。
その声は彼女を制止しようとするものだったが、それ以外に手段がない状況に、どこか迷った声色を帯びていた。
「私は・・・大丈夫!あなた達は早く、逃げなさい!!」
「い、いやにゃ!!クララを置いていけないにゃ!!」
尽き果てている筈の魔力を無理やり搾り出しているクラリッサの顔には、粘りを帯びた脂汗が染み出している。
それが別のものに変わるまでにどれほどの間があるだろうか、彼女の顔色は白く、急速に生気が失われていく。
その様子にティオフィラも彼女が無理をしようとしていることに気がついたのか、その場に足を止めてクラリッサにしがみつこうとしていた。
「うおっ!?な、なに?」
ティオフィラがクラリッサの下へと向かったことで、放り出されたクロードはバランスを崩して頭を落とす。
体力の限界に意識を朦朧とさせているクロードは、今の状況をよく把握していないのか、支えのなくなった片方にただただ戸惑っていた。
「ティオ!戻ってきなさい、今はそれしか・・・!!」
バランスを失い倒れそうだったクロードをどうにか支えているエミリアは、ティオフィラへと振り返ると強い口調で呼びかける。
その声は勝手な振る舞いをする彼女への苛立ちも混じっていたが、それ以上にやりきれない悲しさが滲んでいた。
「でも・・・でも!!」
「いいの、ティオちゃん・・・私なら、一人で何とか出来るから。あなたはクロード様を・・・何が大事か、あなたにも分かるでしょう?」
それ以外に手段がない事を諭すエミリアの言葉にも、ティオフィラはクラリッサの服の裾を掴んでぐずっていた。
彼女の頬を撫でて、優しく語り掛けるクラリッサの頬にも濁った汗は伝う。
その青白い顔色は死の色も感じさせ、ティオフィラは思わず涙を溢れさせてしまった。
「うぅ、うぅぅぅ・・・分かった、分かったにゃ!!頑張ってにいやんを連れて行くにゃ!でも、クララもちゃんと帰ってくるって約束するのにゃ!!」
涙をぽろぽろと溢れさせながらも、何度もクロード達とクラリッサの間に視線を迷わせたティオフィラは、最後には彼女の願いを聞き届ける。
それでもティオフィラはクラリッサを見捨てることなど出来ない、彼女はそれを約束という形で残す事を要求した。
「うん、約束」
その透明な声は、なにを諦めたら出せるのだろうか。
指を突きつけて約束を要求してきたティオフィラに、クラリッサは笑顔で了承を返す。
その表情に何かを悟ったティオフィラは涙を全て零しそうになってしまうが、それが流れてしまう前に走り去っていった。
「・・・ごめんね。ハイドロ―――」
一人でクロードを支えて、少しずつ前へと進んでいたエミリアへと合流したティオフィラの姿を見送ったクラリッサは、一人謝罪の言葉を零す。
彼女は杖を両手に構えると、集中を高めて残った魔力を搾り出す。
その身体からは汗がさらに溢れ始め、彼女の小ぶりな鼻からは血が垂れ始めていた。