意外な合流 2
『なんだぁ、おい!自分が相手になるってか?馬鹿が!!何だか知らねぇが、魔法を使える奴を捕まえてんだ!てめぇを優先するわけねぇだろうが!!』
「ああっ!!ああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
エミリアの挑発を相手にせずに、ティオフィラを締め付ける力を強くした獣人は、もう片方の手の拳をゆっくりと振りかぶる。
彼の体格に見合った巨大な拳は、その破壊力も十分だろう。
締め付ける痛みに絶叫上げるだけのティオフィラにそれを対処する術はなく、挑発を諦めて駆け出したエミリアでは間に合わない。
サイの頭を持つ獣人は、その拳による一撃をティオフィラ目掛けて放っていた。
「ぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、ぐぇ!?」
どこかから聞こえてきた間の抜けた悲鳴は、どうやら遥か上空から響いてきたようだ。
その声の主は物凄いスピードで落下すると、サイの頭を持つ獣人の後頭部へと衝突していた。
『なっ!?な、なんだ・・・くそ、頭が・・・』
丈夫な頭蓋骨と屈強な首筋に、万全な状態ならばさほどダメージにならなかったかもしれない衝突も、弱体魔法を掛けられていれば意識を朦朧とさせる威力にもなる。
朦朧とした意識に、ティオフィラへと放った拳は彼方へと流れていく、その手で頭を押さえた彼は、得体の知れない衝撃に混乱した様子を見せていた。
「クロード!?一体どこから・・・?」
「クロード様!?どうしてここに!?」
「に、にいやん・・・?」
それは少女達も同様だ。
クロードがなぜ遥か上空から落ちてきたのか見当もつかない彼女達は、皆一様に驚きの声を上げていた。
その疑問に答える者はいない、当人であるクロードは上空からの落下に、当然の事ながら命を失い地面へとめり込んでいたからだ。
「と、とにかくティオを助けないと!!」
「そ、そうね!!」
考えても仕方のない事をとりあえず脇において置く事に決めたエミリアとクラリッサは、ティオフィラを拘束する獣人へと駆けていく。
ティオフィラを助けるためにナイフを抜いていたクラリッサは、それを投げつけるのを止めてそれを構える。
彼女は獣人の目に狙いをつけていたが、意識を朦朧とさせている彼の状態に、痛みの反射でティオフィラを握りつぶしてしまう事を、彼女を恐れていた。
「くっ、この!放すにゃ!!ストレングス・ダウン!!にゃー!!」
意識を朦朧とさせている獣人は、ティオフィラを締め付ける力も弱めている。
それでも簡単に抜け出すことは出来ないのか、その手の中で暴れていたティオフィラは再び手の平に紫色の光を纏わせると、自らを拘束する手へとそれを押し付ける。
弱体魔法によってさらに弱まった力に、彼女は懸命に身体を動かすと、どうにかその拘束から逃れていた。
「ティオ、クロードを!!」
獣人の拘束から逃れ、その手の上に乗っかっているティオフィラにエミリアは、クロードを回収しに行くように指示を出す。
獣人の頭にぶつかった衝撃によるものか、ありえない角度に背中を曲げてしまっているクロードは、地面に横たわり血液交じりの涎を垂らしていた。
「分かったにゃ!!」
エミリアの指示に元気よく返事を返したティオフィラは、お返しとばかりに獣人の頭を蹴りつけると、その反動でクロードの近くへと降り立った。
「にいやーん?起きるにゃー?」
「・・・お、おぉ?ティオ、痛ってぇぇぇぇ!!?」
クロードの傍で膝を抱えたティオフィラは、そのいっそ滑稽ですらある彼の姿に一瞬眉を顰めると、その頬をペシペシと叩き始めていた。
その柔らかな刺激ゆっくりと意識を取り戻したクロードは、胡乱な視線でティオフィラの顔を捉えたかと思うと、折れたままの背骨の痛みが襲ってきて悲鳴を上げる。
彼の悲鳴は大きく鋭い、その悲痛な叫びはサイの頭を持つ獣人の朦朧とした意識を目覚めさせていた。
『ぐぅ、煩いな・・・なんだ、俺はなにを?くっ!?』
耳を掻きまわすクロードの悲鳴に意識を取り戻した獣人は、自らが置かれた状況に混乱していた。
しかしそれも武器を構えてこちらに突撃してくるエミリアの姿を見れば、窮地である事は否応なく理解できる。
彼は朦朧とした意識にも手放していなかった斧を構えると、彼女を迎え撃とうとしていた。
「こん、のぉぉぉぉぉぉ!!!」
『ぐぁっ!!?』
復帰したての頭では素早い行動は取りようもない、すでに間合いにまで入られていたエミリアに、その獣人は対応できずにその腕を切り飛ばされてしまう。
一撃で頭を狙わなかったのはその体格の差が理由だろうか、戦闘能力を奪ったエミリアはさらに踏み込んで、今度は獣人の命を狙っている。
『簡単に殺せると思うなよ!!お前も道連れにしてやる!!』
両手を失い、そこから大量の血を噴出している獣人は程なくして死んでしまうだろう。
しかしその巨大な体躯は、今だに十分な脅威だった。
自らの死を悟った獣人は、せめてエミリアだけでも道連れにしようと気勢を上げる、彼はその顔の先端から突き出ている角を振りかぶると、彼女に向かって突き出していた。
『食ら、がっ!!?』
「エミリア!!」
振るった角はその途中で目標を見失って、軌道をぶれさせた。
獣人を眼へとナイフを放ったクラリッサは、その姿勢のままにエミリアに呼びかける。
目の前を通り過ぎた角に身体を逸らしていたエミリアは、その首を追いかけるように斧を構えていた。
「危ない、でしょうがぁぁぁ!!!」
逸らした身体を回転させて斧を振り上げたエミリアは、通り過ぎていく獣人の首を薙ぐ。
遠ざかっていくそれに、斧は彼の首を跳ね飛ばすほどには命中しない。
それでも半分以上を切り抉った刃に、致命傷なのは間違いない、全力で斧を振り払ったエミリアはその勢いに身体を持っていかれ、斧を地面へと突き刺していた。
「どうなった!?クラリッサ!!」
「大丈夫!仕留めた、仕留めた筈・・・!」
思いのほか地面に深く突き刺さった斧を引き抜くのに精一杯のエミリアは、仕留めた筈の獣人の姿を確認できずにクラリッサにそれを頼む。
全力で振り回した斧に、その手応えははっきりとしたものではなかっただろう、それはその姿をはっきりと見ているクラリッサにも同じだった。
『あ、あぁ・・・・お、おでの・・・ぐ、びが・・・ぁ・・・』
半分以上千切られてしまった首をどうにか支えようと腕を伸ばした獣人は、その腕も半ばで切断されており支える事ができなかった。
屈強な筋肉が持たせていたのか、中々に離れなかったその首も、断末魔の言葉を吐き出す数歩に崩れて落ちる。
吹き上がる血潮に首は折れ、彼は力尽きるように地面へと倒れ伏せていた。
「やったの!?やったー!!うわぁ!?」
「大丈夫、エミリア!?」
獣人が倒れ付していく姿を振り返って目にしていたエミリアは、斧を引き抜こうとしているのも忘れて歓声を上げようとして、引き抜かれた斧にひっくり返る。
地面に背中を打ちつけた彼女の姿に驚いたクラリッサは、慌てて彼女に駆け寄っていた。
「痛ててて・・・えっ?なにこれ、どういう状況?」
治癒の力を発動させて、ようやく折れ曲がった背骨を治したクロードは周りを見回して、その状況に首を傾げる。
彼の呟きは、戦いの行方が気になりそちらへと注意を割いていたティオフィラにも届かない。
彼の周りには、戦闘による足止めによってせっかく稼いだ距離を縮めてきた、魔物達が迫ろうとしていた。