意外な合流 1
聳える崖は高く、静かな筈の森には騒がしい物音が響き渡っている。
城の正面の森から逃げ続け、気づけば城の崖下の森にまでやってきていたクラリッサ達は、今もどうにか逃げ続けていた。
「にゃー!!いつまで逃げればいいにゃ!?もう疲れたのにゃ!!」
「ティオ!あんたは身軽なんだからいいでしょ!!私なんか斧持ってんのよ、斧!!」
集団の先頭を走っているティオフィラは、いつまで経っても終わる気配を見せない逃走劇に、悲鳴交じりの弱音を吐く。
集団の後方で敵を警戒していたエミリアは、彼女の発言に文句をぶつけていた。
ほとんど身一つで走っているティオフィラと違い、エミリアは弓とその矢や重たい斧などの重荷を背負っている。
彼女からすればティオフィラの発言は、文句の一つも言いたくなるものだった。
「二人とも喧嘩なんかしてないで、とにかく走りなさい!!」
言い合う二人の間に挟まれているクラリッサは、彼女達を宥めようと声を張り上げる。
その声色にちょっとばかり苛立ちの色が混じったとしても、それは仕方のないことだろう。
彼女もこの状況がジリ貧な事は分かっていた、無限に続く筈もない体力に、身軽な彼女達はよく頑張っていたが、その足取りや呼吸に疲れの色は隠せていない。
「にゃはは、エミリア怒られてるにゃー!!」
クラリッサの怒りの声に、ティオフィラは笑い声を上げる。
彼女は普段あまり怒られる事のないエミリアが、叱られた事に楽しげな笑みを見せるが、それはきっと空元気だろう。
その笑みが随分と朗らかだったとしても、きっと気のせいに違いない。
「あんたもだっての!!」
ティオフィラの能天気な振る舞いに、さらに苛立ちを募らせたエミリアは、その怒声のボリュームを大きくする。
彼女はそれでも自らの役割を忘れてはいなかったのだろう、近づいてくる足音に矢を番える仕草を見せ付ける。
彼女達の後ろまで近づいてきていた魔物は、その仕草に慌てて木の陰へと隠れていた。
「・・・もう、ないっての」
エミリアは空の矢筒に矢を戻す振りをしながら、ポツリと呟いた。
長い逃走劇の間に、彼女が持ってきた矢などとっくに撃ち尽くしていた、それでも魔物達がその仕草を恐れるのは、それまでの的中率が為せる業だろう。
『・・・あいつ、さっきも撃たなかったぞ!その前もだ!!』
『もう撃ち尽くしたんだぜ!!はっはぁ!!お前らぁ!もう矢を気にする事はねぇ!!一気に突っ込んじまえ!!』
しかし、流石にいつまでもそれが通用する筈もない。
何度も撃っていい場面がありながら、一向に矢を放ってこないエミリアの姿を不審に感じた魔物の一人が、その事実を声高に喧伝する。
すると彼らのリーダー格の魔物だろうか、サイの頭を持つ立派な体格の獣人が、彼女にはもう矢がないと宣言し、それを警戒していた魔物達に突撃するように命令を下していた。
「くっ、ばれたか!」
「エミリア、前へ!」
獣人の指示を受けて喚声を上げながら突撃を開始した魔物達の姿に、エミリアはもう一度矢を番える動作を見せる。
しかし魔物達はそれに怯んだ様子を見せず、彼女もついにばれてしまったと舌打ちを小さく零した。
脅しが有効ではなくなったエミリアは迫る魔物達に逃げ足を急がせる、そんな彼女にクラリッサは自らの前へ行くように指示を出していた。
「任せた!!」
すれ違いざまにクラリッサの肩を軽く叩いたエミリアは、そのまま前方へと駆け出していく。
その感触に僅かに眉を揺らしたクラリッサは、薄く目を開くと片手に持った杖を魔物達へと向けた。
「・・・ハイドロ・プレッシャー!!」
クラリッサの持つ杖の先端から放たれた水流は、彼女が動かす腕の動きに従って魔物達をなぎ払っていく。
森の中を逃げていた状況から、その水流は木々に阻まれる事もあったが、強烈な水流はそれにぶつかっては矛先を分けて、寧ろ避けようと身体を動かしていた魔物達を巻き込んでいた。
『ま、またかよぉ!?』
『このくらいっ!ぎゃあ!?』
これまでも何度もその水流によって押し流されてきたのか、彼女が魔法を発動させた瞬間からうんざりした表情を見せた魔物達は、その多くがそのまま押し流されている。
中には慌てて木の陰に隠れた魔物もいたが、周辺の木々にぶつかって不規則な軌道を見せる水流に、為す術なく弾き飛ばされてしまっていた。
『そう何度も、同じ手を食らうか!!』
その大きな身体を器用に折りたたんで、木の後ろへと張り付いていたサイの頭を持つ獣人は、周りの魔物ように跳ね返った水流に弾かれぬよう、それにしっかりと抱きついていた。
彼は終わった魔法に木の陰から躍り出ると、大きな魔法を行使した事でぐったりとし、隙だらけのクラリッサへと飛び掛っていく。
「やらせないにゃ!!」
飛び掛ってくる魔物の姿に、ようやく逃げ始めたクラリッサは間に合うわけもない、彼女を守るためにその後方からティオフィラが飛び出していった。
彼女の小柄な身体を見れば、その獣人へと挑みかかるのは無謀に思われた、事実目の前に現れたティオフィラの姿に、獣人は小馬鹿にしたような笑みを漏らしている。
『あぁ?なんだお前は!!そんなちっぽけな身体で、俺様を止めれるつもりかぁ!!』
「にゃー!!やってみないと分からないにゃ!!」
言葉は通じずとも馬鹿にされていることは分かったティオフィラは、反論に声を上げながら獣人へと突っ込み始める。
獣人はその馬鹿にした態度とは裏腹に油断なく獲物である斧を構えると、それを振り下ろした。
「甘いにゃ!!」
その大ぶりな一撃を簡単に避けてみせたティオフィラは、拳に紫色の光を纏わせると獣人の懐へと潜り込んでいく。
彼女はその腕を振りかぶると、魔法を唱えようと唇を動かした。
「ウィークネス・アーにゃ!!?」
『そりゃ、身軽だよなぁ!!』
ティオフィラが身軽さを身上としている事など、一目見れば分かる。
それを知りながらあえて大振りの一撃を放った獣人は、懐に入り込んだティオフィラに対して膝蹴りを放っていた。
『おらおら、どうしたぁ!!何かないのかぁ!!?』
もろに食らった膝蹴りは、ティオフィラの呼吸を止めて意識を寸断していた。
身体を貫き打ち上げるような衝撃によって中空へと舞った彼女の身体は、地面に叩きつけられる事なく獣人によって拘束される。
彼のその立派な体躯を考えれば、どのような方法でもそこから彼女を仕留められるだろう。
彼女を握る力を強めた獣人は、もう片方の手で拳を作ると、もっと楽しませろと大声を上げていた。
「ぐぅ・・・ぐっ、ウィーク・・・ネス・アーマー」
サイの頭を持つ獣人の皮膚は、当然のように硬く頑丈だろう。
ティオフィラは締め付けられる痛みに耐えながら、彼女が行おうとしていた弱体魔法を獣人へと掛ける。
自らの身体へと伝っていく紫の光に獣人は警戒を強めるが、取り立てて何も起きない状況に不思議そうに首を捻っただけだった。
「待ちなさい、私が相手になる!!」
ティオフィラの魔法は自らが仕留める為というより、彼女へと止めを託そうとした行為だろう。
獣人の前へと躍り出たエミリアは、彼に向かって自分の存在をアピールする。
彼女は精一杯力強くその手に持った斧を掲げてみせるが、ティオフィラを拘束した獣人は大して興味をなさそうに目を細めていた。




