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その救世主は、腰蓑をはいていた

 少女の悲痛な絶叫が轟く中で、掛けた自らの声はあまりに頼りない。

 周りで続いている戦闘と、目の前の切羽詰っている状況に、クロードは自らの声が誰にも聞こえていないのではと不安を感じていた。


「なんだ、お前は・・・怪しい奴っ!!」

「あーっと、そうね、うん!分かる分かる、確かにこの格好はないよね!でもそこは一旦置いとかない?ほら、その人・・・今にも死んじゃいそうだし」


 こちらの声に反応を示した長い耳を持つ少女、たぶんエルフだと思われる少女の姿に、安堵の息を漏らしたのは一瞬だけ。

 こちらへと弓を向ける彼女の姿に、クロードは自らの格好を見下ろすと、すぐに釈明をする羽目になる。


「待って、エミリア!」

「クラリッサ!?」


 こちらへと弓を向ける少女の視線は厳しい、それはクロードの彼女の神経を逆撫でするような言動が原因かもしれない。

 引き絞る手を強めて、もはや矢を放とうとしていた少女を止めたのは、さらに小柄な少女だった。

 クラリッサと呼ばれた少女は、その赤茶色の髪を煤で汚している。

 ぱっと見は幼い子供にしか見えないが、態度からすると違うのかもしれない、彼女の種族は見た目からは分からなかった。


「あなたの気持ちは分かるエミリア、でもここは私に任せて。あなた・・・ごめんなさい、なんて呼べばいいかしら?」

「あぁ、俺はクロード・シラク。そちらの好きに呼んでくれ」


 エミリアと呼ばれた少女はクラリッサに不満そうな顔を向けるが、彼女に腕を撫でられると素直に後ろへと引き下がる。

 クロードは安堵に胸を下ろしていた。

 今だにこちらへと鋭い視線を向けているエミリアよりも、穏やかな笑顔を浮かべる目の前の少女の方が交渉はしやすそうだ。


「私はクラリッサ・オルランディーニ、こちらも好きに呼んでくれて構わないわ。それで、シラクさん・・・あなた、手助けが出来るって言っていたけど、一体何を?まさか・・・」

「あぁ、俺ならそこの・・・おじさんかな、たぶん?を、治せると思う」

「そんな―――」

「嘘だっ!!!」


 クロードの言葉に、驚愕に目を見開いたクラリッサの言葉は、後ろから叫んだエミリアの声によってかき消される。

 彼女は前にいたクラリッサを横に押しやると、ずんずんとクロードへと詰め寄ってくる、その目はやりきれない怒りでつり上がっていた。


「そんな力、物語の中でしか存在しない!!偽りの希望で、アンナの心を弄ぶなっ!!!」

「やった、めっちゃいい能力じゃんこれ・・・いや、嘘じゃない。俺なら治せる、死んでいなければな。もう、あまり時間はない様に見えるけど・・・どうする?」


 エミリアが叫んだ内容に、クロードは小さく拳を握る。

 どうやらこの世界では、治癒能力はとても希少らしい。

 自らの選択の成功に呟いた言葉は、どうやら掴みかかってきたエミリアには聞かれずに済んだようだ。


「そんな言葉でっ!!」

「エミリア!!このままじゃ、おじ様は助からない!彼に任せてみるしかっ!!」

「クラリッサ!?でもっ!!」


 クロードの言葉を信用できないエミリアは、彼の胸倉を掴んで振り回す。

 藁で編んだだけの衣服が、その力にぶちぶちと音を立てていた。

 彼女のその態度も無理はない、クロード自身こんな怪しい風体の男が言ったことなど、信用しない。

 エミリアの身体を後ろから掴んで制止するクラリッサも、彼の事を信用しているわけではないだろう。

 彼女は単にそれ以外の手段がないことを理解した上で、僅かな希望に賭けているだけだ。


「治せる、の・・・?本当、に・・・お父様、を?お願い!!お父様を、お父様を助けてっ!!!」

「あ、あぁ、任せろ・・・いいよな?よし、急ごう」


 クロード達の会話を聞いていたアンナがゆっくりと立ち上がる、その目は涙で赤く腫れていた。

 彼女はふらふらと彷徨うようにこちらへと近づくと、彼らの言葉を確かめるように口の中で噛み締める。

 その内容を理解するまでにどれほどの時間が掛かっただろうか、飛び掛ってきたアンナの力は強い。

 彼女の勢いに思わず了承を返したクロードは、視線で周りからも了承を得る。

 エミリアだけが顔を背けて不満を示していたが、彼を止める者はいなかった。


「っと、思ったよりも酷いな・・・」

「っ!!大丈夫、なんですよね?お願いします!どうか、どうかお父様をっ!!」


 アンナに連れられて辿り着いた男の状態は、思ったよりも悪かった。

 聞こえてくるか擦れた音に、どうやらまだ息はあるようだったが、それすら徐々に弱くなっているようにみえる。

 その状態を目にしてクロードが思わず呟いた言葉に、アンナはその涙で濡れる瞳を震わせる。

 クロードへと縋りついてきた彼女の力は弱い、それは彼の作業を邪魔しないためか、それとも絶望がその力すら奪ってしまったからか。


「ま、任せろ!・・・くそっ、試してないんだよな。頼むぜ、おい!!」 


 そんな彼女の姿に、クロードは力強い言葉を返すしか出来なかった。

 一度も試していない他人への力の行使に、不安を吐いた声は小さい。

 もはや呻き声すら途切れ始めた男の胸へと手を当てたクロードは、その黄金の輝きを放ち始める。


「どうだ・・・!いけるか?」

「・・・ひゅー、ひゅ・・・ぁぁぁぁ、ぐぅぅぅぅ、がぁぁぁああ!!」


 クロードの全身を覆っていた光は、やがてその両手に集まり、そして男の身体を包み始める。

 胸から漏れるような声を上げるだけだった男は、癒された表皮に神経が回復して痛みを叫び始める、その声に喉も回復の兆しを見せていた。


「そんな・・・まさか、本当に・・・!?」

「嘘っ!?そんなの有り得ない!!」

「・・・おじさん、助かる?」

「お、おっちゃん!大丈夫かにゃ!?」


 蠢くことすら出来なかった男が、その手足を暴れさせ始める様子に、周りの少女達も我が目を疑うように呟きを漏らす。

 驚愕に首を振る者に、不安げに周りを窺う者、最後の一人は痛みに叫ぶ男の様子に、毛を逆立たせては心配に駆け寄ってくる。


「どうやら、大丈夫そうだな・・・?はぁ~、よかったぁ・・・」


 痛みに暴れだす男は、どうやらもはや死に瀕してはいなさそうだ。

 その様子に誰よりも安堵したのは、彼を治療していたクロードだろう。

 周りの少女達に大見得を切った手前、失敗を許されない行為は、ぶっつけ本番なら不安にもなる。

 彼は大きく安堵の息を吐いた。その腕を猫耳の少女が激しく揺すっていたが、それを外すほどにはまだ気を抜いてはいなかった。


「はぁ・・・はぁ、な、なんだ?なにがあった?アンナ、アンナなのか?ティオフィラも・・・お前達が、無事でよかった」


 意識の戻った男は、呑み込めない状況に混乱して疑問の声を漏らす。

 彼は目の前の少女に焦点を合わせると、その名前を繰り返す。

 そのすぐ傍にいる少女にも視線を向けた彼は、彼女らの無事に心底安心したような声を漏らしていた。


「お、とう、さま・・・?お父様ぁぁぁぁぁぁ!!!良かった、本当に良かったぁ・・・」

「おっちゃん、おっちゃぁぁぁぁぁん!!」


 その声に焦点を震わせたアンナは、彼の無事を理解する短い間に涙を溢れさせる。

 そのきらめきは、もう彼女を胸を濡らさない。

 男の胸へと飛び込んだアンナは、彼の胸で存分に泣き声を上げていた。

 アンナの感情に触発された猫耳の少女も、涙を湛えてその身体に覆いかぶさった。

 その泣き声は次第に数が増えていく。その中でクロードだけが居心地が悪そうに、治療に専念していた。

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