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クラリッサ達の逃亡劇

 森の中に響く物音は、慌しく過ぎていく。

 頻繁に後ろや横を気にしている少女達は、迫り来る魔物達の大群から必死に逃げようとしていた。


「にゃー!!ごめんにゃー!!ティオがおやつを落としたからにゃー!!!」


 先頭を走るティオフィラは、自らの不注意が今の事態を招いたと謝罪を叫びながら駆けている。

 彼女はエイルアンを楕円に囲む森の中を、その縁を沿って走っていた。

 魔物達からは逃げ出したい彼女達も、アンナを見捨てて行く訳にはいかない。

 その心理が城の裏手へと回る、そのルートを選ばせていた。


「ティオちゃんの所為じゃないのよ!奴らは何故か私達の存在に気づいていた、きっと遠からず見つかっていたわ!!」

「そうよ!!あんたが気にする事じゃないっての!!」


 傷心のティオフィラの全力疾走には、二人とも徐々に遅れを取ってしまっていた。

 ただでさえ不味い状況に、ここで彼女を逸れさせる訳にはいかない二人は、必死に彼女を説得しようと言葉を重ねる。

 彼女達の言葉に別が嘘がある訳ではない、静かに潜み城の様子を窺っていただけの彼女達を、何故か魔物達は察知し警戒を強める動きをしていた。

 クラリッサが言うように、彼女達の存在がばれるのは時間の問題だっただろう。


「にゃ~・・・本当に、そう思うにゃ?」

「思う思う!!絶対そうだったって!」


 二人の言葉に徐々に足を緩めたティオフィラは、後ろを振り返ると窺うような涙目を二人に向けてくる。

 その表情に慌てて励ましたエミリアは、彼女に追いつくとその背中を撫でてやる。

 ティオフィラはそれに機嫌を良くすると、エミリアの背中辺りにそのよく動く尻尾を這わせていた。


「でもやっぱり失敗したにゃ。ごめんなさい」

「いいのよ、ティオちゃん。お腹空いてたのよね。はいこれ、食べて」


 機嫌を直したティオフィラは、駆け足にエミリアと併走する。

 許された事態にも反省を口にした彼女は、素直に二人に向かって頭を下げた。

 スピードを落とした彼女に追いついたクラリッサは、その頭を優しく撫でると、どこかから取り出した干し肉を彼女に差し出していた。


『見つけた!見つけたぞ!!俺が一番槍だ!!!』


 クラリッサの指から直接口に干し肉を咥えたティオフィラが、それをモグモグと咀嚼し始めた頃、彼女達の横合いから声が響いた。

 それは大きな狼の背に乗った、狼の頭を持つ小柄な獣人が叫んだものであった。

 彼は狼の上で使うためであろうか長めの槍を手に持っており、もう片方の腕で彼女達を指差していた。


『これで、これで俺にも出世の道が―――』


 狼に乗って猛スピードで迫ってくる獣人は、槍を構えて彼女達に迫る。

 その目には、明るい未来が映っていた。


「うるさい!!」

「ぎゃん!!?」


 咄嗟に狙った弓で放った矢は、狼の上の小柄な人影よりも、大きい的である狼へと向かう。

 素早さを重視して放った割には正確な狙いで狼の頭を射抜いた矢は、その大柄な身体を地面へと伏せさせる。

 その上に乗っていた獣人は、当然為す術なく中空へと放り出されていた。


『こんな事で・・・諦められるかぁぁぁ!!!』


 空中へと投げ出されていた筈の獣人は、意外なほどに体勢を崩してはいなかった。

 彼は狼が倒れる前に自ら跳んでいたのかもしれない、彼はその長大な槍を構えて、一行の中で一番近いティオフィラへと狙いを定めていた。


「んにふひにゃー!!」


 硬い干し肉を咀嚼するには、唾液を染ましてゆっくりと噛んで解すしかない。

 せっかく柔らかくなってきたそれを、一気に飲み込むのは惜しいと感じたティオフィラは、それを噛み締めながら飛び掛ってきた獣人を殴り飛ばす。


『ぷげ、らぁあぁぁ!!?』


 ティオフィラの一撃をもろに顔面に食らいながらも、彼はその槍を手放さなかった。

 彼のその長大な槍は、飛び込んできた勢いのまま地面へと突き刺さる。 

 それは殴られた力に吹き飛ばされた彼の身体にしなり、その反動を持って彼を弾き飛ばしていた。

 よくしなる素材で作られていたためか、とんでもない勢いで弾き飛ばされた獣人は、近くの木にぶつかるとそのまま伸びてしまう。


『あそこだ!!突っ込んでいった奴がいるぞ!!!』

『はっはぁ!最初の奴がうまく囮なってくれたぜ!!美味しい所はいただきよぉ!!』


 突っ込んできた獣人をうまく処理した少女達も、向かってくるのは何も彼だけではない。

 次々とやってくる魔物達は、獣達に騎乗していたり単純に足の速い者達だろう、その数は十はくだらなかった。


「私が!」

「エミリア、それは取っておきなさい!ハイドロ・プレッシャー!!」


 迫り来る彼らに対して、弓を構えたエミリアが前に出る。

 しかし彼女の肩を掴んで後ろへと追いやったクラリッサが、さらにその前へと踏み出していた。

 彼女は向かってくる魔物達の端へとその杖を向けると、その先から強烈な水流を生み出した。


『なんだ、水が!?うっ、ぷあぁっ!!?』

『ははは!運がなかったなぁ!手柄が俺が、うぷぁっ!!?』


 突っ込んでくる集団の端へと水流を放ったクラリッサは、杖を横に振るうとそれで彼らを薙ぎ払う。

 獣へと騎乗していた者はそれで一様に振り落とされ、自らの足で地面を走っていた者も強かに足を打って、もはや彼女達を追かける事は出来そうもなかった。


「今の内に!急ぐわよ、二人とも!!」

「わ、わかったにゃ!!」


 クラリッサが扱える魔法の中でもかなり大規模なその魔法は、連発する事は難しい。

 そのため彼女は稼いだ時間を少しでも有効に使おうと、足を急がせる。

 彼女の声に強く頷いたティオフィラは、再び先頭を駆け出し始めていた。


『ま、まだだ!!』

「あんたは寝てろ!!」


 クラリッサが放った水流に態勢を崩されながらも、比較的軽傷で済んだ虎の頭を持つ獣人は、すぐに立ち上がると少女達に向かって突っ込んでくる。

 その足は速く、存在していたはずの距離をあっという間に詰められてしまうが、エミリアが放った矢がその頭を射抜いていた。


「エミリア、大丈夫!!」

「私は平気、ティオ!?」


 三人の中間を走っていたクラリッサが、立ち止まって矢を放っていたエミリアに振り返る。

 彼女の問い掛けに心配無用と返したエミリアは、その視線の先に魔物に飛び掛られているティオフィラを捉えていた。


「にゃぁ!?このっ・・・!!」

『ははは、力では俺に敵うまい!!』


 先ほどの獣人と似た魔物に組み敷かれたティオフィラは、体格の違いに押さえ込まれてしまう。

 彼女の身体に馬乗りになった彼は、その拳を開いて振り上げる、その指の先には鋭い爪が覗いていた。


「くっ、この・・・ストレングス・アップ、にゃ!!」

『なんだとっ!?この俺が、うおっ!?』


 強化魔法によって増した力に、組み敷かれながらも器用に動いたティオフィラは、逆にその獣人をひっくり返す。

 彼女はその右手に、紫色の光を纏わせていた。


「ウィークネス・アーマー!!」

『な、なんだ!?・・・なんともないぞ?』


 地面へと背中をつけた獣人に対して、ティオフィラは拳を一発入れるとすぐに飛び退いた。

 彼女のその拳の光に嫌な予感を感じた獣人は、なんともなっていない身体に疑問の声を上げる。


『はっはぁ、なるほどなるほど。確かにあの細腕じゃ、俺様の毛皮は・・・』

「もう、黙りなさい」


 ティオフィラが先行していた所まで追いついたクラリッサは、そのナイフを抜き放って獣人の喉を薙ぎ払う。

 弱体された毛皮はナイフの鋭さを防げない、彼は切り裂かれた喉にもはや発音する事ができない言葉を、パクパクと口を動かしては紡ぎ続けていた。


「ティオ、怪我はない?」

「大丈夫にゃ!!」


 一時的とはいえ敵に組み敷かれてしまったティオフィラに、クラリッサは心配げな視線を向ける。

 彼女の心配をティオフィラは、元気に腕を掲げて払拭してみせていた。


「急がないと!ティオちゃん、前お願い」

「分かったにゃ!!」


 クラリッサの指示に、ティオフィラは前へと駆け出していく。

 彼女の後ろへと走り出したクラリッサは、その手にしたナイフを所定の位置へと仕舞う。

 最後尾のエミリアは無言のまま静かに二人の後ろへとつく、彼女は追ってきた魔物へと矢を放っていた。

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