大雪警報
韓国滞在最終日。
この日はいつもより早起きして行動を開始する。
朝食は例のカフェへ。
空港ではやっと韓国料理に舌鼓を打つ。
そして、カンボジアへ。
アラームのやかましい音のおかげで目が覚めた。午前八時。出国は夕方なので早起きする必要はないのだが、ホテルは十二時までにチェックアウトしなければ追加料金が発生してしまう。それに、今日は空港の中をゆっくり見物しようと思っていた。そのための早起きなのだ。
昨夜、荷物の整理をすませておいたので、部屋を出る時間はそんなにかからない。顔を洗い、寝癖をとって、歯を磨くだけだ。今日でこのホテルと別れることを考えると、何だか寂しい気持ちになる。韓国を訪れることが今後あれば、そのときもヒュンダイレジデンスを利用しよう。そう考えながら、受付で退屈そうに待機していた女性従業員に、部屋の鍵を返却した。今日は日本語が話せる彼はいないようだ。
ホテルを出て、昨日と同じカフェで朝食をとった。飲み物を注文するときは例の呪文をつぶやいた。カフェラテ・オブ・ホット・デ。
韓国のパンを食べるのも、カフェラテを飲むのも今日が最後かもしれない。そう思ってパンをゆっくり味わって食べた。韓国のパンといっても、味は日本でつくられたものとかわらない。レシピが同じなら味も同じだ。
朝食もすんだので、空港を目指して行動を開始する。雪は降っていなかったが、相変わらず氷点下だったため、暖かいカフェから外に出るのには勇気が必要だった。それでも、いつまでもここに居座るわけにもいかず、震えながらバス停に急いだ。マフラーと手袋を持って来ればよかった。
バス停にはすでに何人かの群れができていた。中年の男性と女性、それに中学生くらいの少年と少女。この四人は家族なのか。空港行のバス停でとどまっているということは、これから空港に行って、それから海外に飛び立つのだろうか。そして、こんなに寒いのにバスを待っているということは、事前にバスの到着予定時刻を調べていて、知っているということだ。きっともうすぐバスは来る。予想通り、五分後にバスがこちらに向かって走ってくるのがみえた。あと五分カフェを出るのが遅ければ、このバスに乗ることはできず、いつ来るかもわからない次のバスを寒さで震えながら待っていただろう。
運転手にお金を支払ってから、入り口に近い窓側の席に座った。暖かくて眠くなってきた。眠りかけていたが、運転手がこちらを指さしながら、一緒に乗り込んだ韓国人一家と話している。父親は首を横に振っていた。運転手は、僕が一家の同伴者なのか尋ねたのかもしれない。料金を支払っているのだから、同伴者かどうかなんてどうでもいいじゃないか。
しばらく眠っていた。どのくらい眠ったのかわからない。しかし、空港はまだ先のようなので、そんなに眠っていないはずだ。車窓から外の景色を眺めてみた。外は白に染まっていた。ありとあらゆるものの色が本来持っていた色を失い、白に変化している。福岡では経験したことがない、ものすごい吹雪が吹いていて、一時間も外にいれば凍えて死にそうだ。名もわからない河川のすぐそばにある公園では、遊具が降り積もった雪のせいで、大地に積もった雪と同化して、もともとそこには何もなかったようにみえる。それにしても、もしスケジュールが一日ずれていたら、せっかくの韓国滞在がつまらないものになっていた。この吹雪のなかを歩くなんて不可能だ。
十二時くらいに仁川空港に到着した。朝食はすでに消化され、胃の中が空っぽになっているのを感じた。空腹を我慢しながら、まずはチェックイン開始時刻がまとめられた電光掲示板を確認した。まだ夕方に出発する飛行機のチェックインは始まっていないようで、掲示板には便名さえも表示されていない。しばらくは空港の中でゆっくりと過ごせる。早起きしたからね。とりあえず昼食にしよう。
仁川空港は多数のレストランや免税店が営業していて、そのうえちょっとした演奏会が開催できそうな小舞台と客席がある。とにかく広い。ただし、シンガポールのチャンギ空港の足元には及ばない。後日どのレストランを利用したのかインターネットで調べてみた。しかし、あまりにもレストランが多すぎてどのレストランを利用したのか結局判明しなかった。
憶えているのは韓国料理を専門にしているレストランということくらいで、どのような名称だったのか、また空港のどのあたりに位置していたのかはまったく憶えていない。
さすが国際空港にあるレストランといった感じで、メニューはハングルだけでなく英語表記もされていた。しかも、料理の写真まで表示しているのだ。そのなかでも、真っ赤なスープを小鍋で煮込んでいる料理を注文した。何の料理だったかな。キムチか、チゲ鍋だったと思う。
運ばれてきた鍋の中には、どす黒さが混じった赤いスープがグツグツと音をたてていた。見ているだけで舌がピリピリしてくるようだ。勇気を出して一口。あれ、思っていたよりも辛くないぞ。大学の近くにある中華料理屋の麻婆豆腐のほうが辛いじゃないか。イメージと本物は違うとよくいわれている。日本人が勝手に、韓国料理はとんでもなく辛いものだと思い込んでいるだけじゃないか。たぶん。常識というものは常に疑ったほうがいいかもしれない。
昼食をすませると眠くなった。消化を促すのは副交感神経だということは周知の事実。副交感神経が活性化すれば、脳は体を休めようとして、心拍数も落ちるし、眠くなる。自然の摂理なのだ。だから、昼食後は学校や職場でシエスタの時間をつくったほうが、作業効率が上がるはずだ。しかし、今は旅行中なのでシエスタのために消費できる時間はない。今は少しでもこの空港内を見物したい。別にこれといって名所のようなものはないのだが。
外に出て風に当たろうと思い、出口を目指して歩いていると、小舞台の周りに人が集まっているのが確認できた。女性が綱渡りに挑戦しているのだ。綱は地上から五メートルはあり、失敗して落下すれば骨折は免れない。もうすでに三分の二を進んでおり、あと少しで綱を渡り切ろうとしている。
この人が失敗しても、自分に被害や不利益が生じることはない。しかし、渡りきるその瞬間まで交感神経が活性化して、心臓がドキドキと鼓動するのを感じた。
あと一歩で渡り切ろうとしている。ついに渡った。その瞬間、綱渡りを見守っていた観客が盛大な拍手を送る。
挑戦に成功した女性が挨拶をはじめた。何をいっているのか、理解はできなかった。「応援ありがとう」というお礼の言葉を述べていることは想像できた。状況によって求められる言葉は言語や文化が違っても、共通のはずだ。
綱渡りが終わると、従業員が舞台に設置してある綱を片付け始めた。次のプログラムが用意されていて、少し時間が押しているのだろうか。少し焦った顔をしながら作業している。
片付けが終わると、どこからか民族衣装を身にまとった若い女性たちの集団が現れて、それぞれが舞台の定位置についた。小さな太鼓や笛などを構えている。
韓国伝統の演奏なのだろう。しかし、この音色は日本でもきいたことがある。同じアジアに属する国で、同じ人種である韓国と日本は、使用する楽器も生み出す音色も自然と似たものになるということか。音楽のセンスはないので、彼女たちの演奏に価値があるのか判断ができなかった。でも、きっと価値があるんだろう。たぶん。
演奏は退屈なので途中で抜け出した。アニソンが披露されるというのなら嬉しいのだが、よくわからない演奏を聞かされるなんて苦痛だ。
暇だったので、とりあえず外に出てみた。雪はやんでいたが、寒いことに変わりはない。それに、スーツケースを引きずっていると、これから市内に向かうと勘違いされて、バスの中に放り込まれてしまいかねない。チェックインまで空港内のどこかで過ごすほかないようだ。
椅子に座って読書することにした。夢枕獏の『神々の山嶺』だ。この小説は上下巻で構成されていて、今回は上巻を借りてきた。昨夜、三分の一は読んでしまったので、カンボジアに到着するまでには読み終わるかもしれない。この本以外に退屈しのぎになりそうなものはなかった。そのため、ゆっくり、丁寧に時間をかけて読んだ。
いつの間にか寝ていた。苦手な早起きをしたから、疲れていたのかもしれない。本はしおりを挟んで、閉じてある。まだ読み終えていないようで、カンボジアでの退屈しのぎの際に活躍してくれそうだ。
そろそろチェックインの時間だ。やっと出国だ。辛い韓国料理を食べることができたし、この国に未練はない。出国審査をすませてから搭乗口に急ぐ。別に急ぐ必要はないのだが、スーツケースを預けて身軽になったら、走りたくなったのだ。さすがに恥ずかしくて走りはしなかったが、早歩きで搭乗口を目指した。
すでに搭乗口には列ができていた。その列の中にアジア系はおらず、白人ばかりがいた。皆、青や緑の瞳をしていて、アジアにはない美しさがあった。しかし、アジアにしかない美しさもあるはずだ。
搭乗が始まった。いよいよカンボジアに向けて飛び立つ。実は、カンボジア訪問は高校生のときから夢見ていたのだ。
韓国では事前の調査が不十分だったので、観光すべきところを見逃して、ローカルなエリアしか歩いていない。せっかく韓国に約三日間も滞在したのに、時間を無駄にしたとか、旅は失敗だと思われるかもしれない。しかし、失敗ではない。最後に『ジョジョの奇妙な冒険 第七部 スティール・ボール・ラン』から一節を引用しよう。
「失敗というのは…いいかよく聞けッ!真の『失敗』とはッ!開拓の心を忘れ!困難に挑戦することに無縁のところにいる者たちの事をいうのだッ!」
韓国での旅はこれで終わり。次はカンボジアへ。
作品をつくるというのはとんでもないエネルギーが必要なんですね。
ひたすら、長年作品を作り続けてきた漫画家や作家の皆様に対する尊敬の気持ちが、この物語を書いていくうちにだんだんと芽生えてきました。
「ワンピースつまらん」といっていた自分は恥ずかしい。つまらなくても漫画を描き続けるのは大変なことなのです。でも、つまらないものはつまらないですよね。
次はカンボジア編に移るわけですが、いつになることやら。