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ローリン・マイハニー!  作者: 田中 義男
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お別れ

 潮風に吹かれながら、たまよと手を繋いで船を待っていた。空はまだ明るく気温も相変わらず高かったが、太陽は西に傾き始めている。

 予定では、たまよの空腹がおさまったら残りの展示を見て、ここから船に乗り海を一望できる展望台のある島に向かうはずだった。しかし、打ち身の部分が疼きだしたため、水族館のカフェでクラゲを模したパンを食べ痛み止めを飲み、薬が効くまでしばらく安静にしていた。そのため、船着場に着くのが、予定より少し遅れてしまった。

「遅くなってしまって、すまなかった」

「いえいえ、大丈夫ですよ」

 謝罪すると、たまよは笑顔で首を横に振った。

「水族館は楽しかったか?」

「はい!ただ、ふれあいコーナーでお魚に群がられた時はどうしようかと思いましたが……」

「怪我がなくて良かったが、確かに、あれは焦ったな……」

 屋外の水槽で魚にエサやりができるイベントが催されていたため、興味を持ったたまよと参加をしてみた。そこまでは良かったが、水槽内の魚がエサではなくたまよの手に群がってしまい、振り払うのに難儀した。そして、慌てて駆け寄ってきたスタッフに平身低頭に謝られ、こちらも謝り倒すというなんとも騒がしい事になってしまった。

「ダンゴムシは肉食系の方々に、大人気なんですね……」

 水平線の向こう側を眺めるように遠い目をしたたまよが、嘆息混じりに呟いた。確かに、そうなのだろうけれども……

「正義さん、苦いお顔をしていらっしゃいますが、いかがなされましたか?」

 こちらの表情に気づき首をかしげるたまよに、なんでもないよ、と告げて頭を撫でた。たまよは、しばし釈然としていないような表情を浮かべていたが、こちらの思いに気づいたらしく、そうですね、と呟いて微笑んだ。そうしているうちに、船が穏やかな水面に波紋を描きながら近づいて来る。

 遠目に見れば至極ゆっくりとした速度だが、確実に。

 船が船着場に着くと、島から帰ってきた乗客たちがゾロゾロと下船する。乗客が全て下船して船内の点検が終わると、乗船を促す声が聞こえてきた。

「じゃあ、行こうか」

「はい」

 たまよの手を引き、乗船口に向かう。

 いつもより足が重く感じるのは、きっと鎮痛剤が効いているせいだ。


 ……などとセンチメンタルなことを考えた報いなのだろうか。

「正義さん……大丈夫ですか?」

 橙色の光に照らされたたまよの顔が心配そうに、うずくまる俺を覗き込んでいる。

「大丈夫だ……問題ない……」

 船を降り、船着場の近くに位置する御神体が祀られている洞窟に参拝をすることにした。洞内で手燭を借り、記憶していたよりも天井が低いな、と思いながら身をかがめて進み、橙色の光に照らされたたまよの横顔を見ているうちに……

「先ほど、天井が低いから頭をぶつけないように気をつけてください、と案内の方に言われたばかりじゃないですか……」

「そうだな……」

 他の場所よりもさらに天井が低くなっている部分に、軽く頭をぶつけしまった。

「明日の診察で、また頭に衝撃を受けてしまったことを、ちゃんと伝えてくださいね」

 ぶつけた部分を優しく撫でながら、たまよに叱られてしまった。

「……そうするよ」

 素直に答えると、たまよは微笑みながら頷いた。

「そうしてください」

 そして、微笑んだままこちらに手を差し伸べた。その手をとり、柔らかさと暖かさを確かめるように握りしめると、たまよも同じようにこちらの手を握り返す。そして、どちらともなく歩きだし洞窟の奥へと足を進めた。

 洞窟の行き止まりには、小さな石の祠が祀られている。たまよは祠を興味津々といった表情で覗き込み、感心したような表情でこちらに振り向いた。

「とても、あどぉらぶるなお家ですね」

 ……またしても予想外な形容詞が出てきたが、祠なので意味としては間違いということもないか。

「そうだな。この島の御神体ということだから、挨拶とお祈りをしておこうか」

「かしこまりました」

 手燭を持っているため柏手が不格好になってしまったが、二礼二拍手一礼を行うと、たまよも見よう見まねで同じ動作をする。参拝を終えると、たまよは満足げな表情を浮かべてこちらを向いた。

「お祈りしたので、これで正義さんのおっちょこちょいが治りますね」

「何をお願いしているんだよ……」

 確かにここ最近、油断してろくでもない目に遭うことも多かったけれども……

「ふふふふ。これから先の正義さんのことが、心配だったので」

 不服そうな顔をしていると、たまよは楽しそうに笑ってそう言った。ただ、橙色の明かりに照らされた表情には、若干の翳りも見て取れる。

「心配のしすぎだ」

 そう言いながら頭を軽く撫でると、そうですね、という言葉が返ってくる。こちらも、そうだ、と短く伝えてさらに頭を撫でて祠の前を後にした。これ以上の心配をかけたくないから、できる限りの笑顔で。

 

 洞窟を一通り回り終え外に出ると、当たり前の話だが太陽はさらに西に傾いていた。日が沈む前には展望台にたどり着きたいが、展望台は島の中央の小高い場所にあるため、これから急勾配の階段や坂を登らないといけない。今日は鞄の中身が少し重いため、若干の不安がある。

「正義さん、荷物をお持ちしましょうか?」

 こちらの不安を察したのか、たまよが不意に声をかけ首を傾げた。

「いや、大丈夫だよ」

「でも、正義さんより私の方が体力はありますよ?」

 ……確かに、そうだろうけれども。

「今日くらいは、格好つけさせて欲しい」

 そう伝えると、たまよは目を見開いてから気まずそうに苦笑にして、それもそうですね、と答えた。

 きっとたまよも、もう分かっているのだろう。

 

 息を切らしながら急勾配の階段を上り、なんとか目的の展望台にたどり着いた。所々で休憩を挟んだため、空はすっかりと茜色に染まっている。

「綺麗ですね」

 茜色に染まる空と海を眺めながら、たまよがため息混じりにそう呟いた。

「そうだな」

 こちらも短くそう答えて夕日を眺めた。

「そう言えば、私たちダンゴムシは船に乗って、海からこの国に来たそうですよ」

「そうだったのか……てっきり在来種だとばかり思っていた……」

 情緒的な風景を前にする会話でない気もするが、幸いなことに他の観光客もいないため問題はないか。

「私も正義さんが隠していたぐらびあを見て、はじめて知りました」

「だから、グラビアじゃ無いって言ったじゃないか」

「ふふふ、そういうことにいたしましょうか」

 たまよは悪戯っぽく笑い、また視線を景色に戻した。

 夕日は徐々に水平線に近づいている。

「そうそう、白菜の酢漬けを作っておいてくれて助かったよ」

「いえいえ、これからお仕事がお忙しくなるそうなので、野菜不足になってしまってしまわないか心配でしたから。あまり無理をしすぎては駄目ですよ?」

「肝に銘じておくよ」

 そう答えて、どちらともなく視線を海に戻す。

 夕日がさらに水平線に近づく。

「ダイオウグソクムシさん達からも聞いたのですが、長生きの秘訣は無理をしすぎないことと、何事にも動じないことらしいですからね」

「そんな話をしていたのか……」

「はい、正義さんにも長生きをして欲しいので」

「そうか」

「そうですよ」

 夕日は水辺線に近づき続ける。

 不意に、たまよが手すりから手を離し、腕にしがみつく。

「すまない。高いところが怖かったか?」

 頭を撫でながら聞くと、たまよは、いいえ、と呟いて小さく首を横に振ってから続けた。

「ただ、正義さんがここから飛び込んでしまったりしないか、まだ少し不安で」

「……確かに、一週間とちょっと前だったら、あり得たかもしれないな」

 そう答えると、たまよの表情に不安の色が浮かぶ。

 蠱毒を行うにあたって、目的としたことは二つ。

 一つ目は浦元を確実に始末することと、二つ目は自らの命を終わらせること。

 使役するだけの気力も残っていなかったため、毒だけ手に入れて手早く全てを終わらせしまおうと考えていた。

 それでも。

「たまよのおかげで、そんな気は全く無くなったから、安心してくれ」

「良かった……」

 たまよは安堵の表情を浮かべて、小さくため息をついた。

 雪絵の面影には戸惑ったが、自分を慕って甲斐甲斐しくしてくれるたまよと過ごすうちに、二つ目の目的はだんだんと薄れていった。

「そう仰ることならば、私へのお願いは全て無かったことにする、ということでよろしいですね?」

「ああ。負担をかけてしまってすまなかった」

 そう答えると、たまよは笑顔で、いえいえ、と呟いた。

 夕日が水平線に接する。

「じゃあ、私のお役目はこれでおしまい、ですね」

 たまよがしがみついていた手を腕から離す。

 そして、一礼すると淋しげな笑顔を浮かべて唇を開いた。

「いままで、ありがとうございました。正義さんと一緒に過ごせて楽しかったですよ」

「こちらこそ、今までありがとう」

 精一杯の笑顔を返し、たまよの肩を抱き寄せ、唇を塞いだ。

 唇を放し、驚いた表情を浮かべながら赤面するたまよの耳元に顔を寄せ、目を閉じた。



「さようなら」



 目を開くと、水色のワンピースを着たたまよの姿はすで無く、靴の先に鈍色の体に薄ら黄色の斑点のあるたまよが、寄り添うように佇んでいた。

 力加減に気をつけながら慎重にたまよをつまみ上げ、掌に乗せて後ろに振り返る。

 そこには、長い髪の毛を一つにまとめた人事課長と、プラスティック製の虫かごを持った繭子が神妙な面持ちで、揃いの日々草の柄をした浴衣姿で立っていた。

「すべて終わりましたよ」

 そう告げると、人事課長は珍しくバツの悪そうな笑顔を浮かべた。

「ありゃ、気づかれてたなりか」

「流石に、この時間帯の展望台に私たち以外だれもいないのも不自然なので、どこかの不審人物が妖しげな何かをしているかなと思いまして」

 皮肉な笑みを浮かべてそう言いながら近づくと、人事課長は唇をとがらせて不服そうな表情を浮かべた。

「むー、そういう言い草すると、落ち込んでても優しくしてあげないなりよー」

「別に、私には優しくしていただかなくても結構ですよ……それよりも」

 むくれる人事課長を放っておいて、繭子の方にたまよを差し出すと、繭子も無言で頷いてから手を伸ばした。

「繭子、たまよのことをお願いしても良いかな?」

「はい、ひがみん氏。たまよ女史のことは、小生にお任せくだされ」

 礼を述べてからたまよを手渡すと、繭子はそっと虫かごにたまよを入れた。その様子を見て、人事課長が軽くため息を吐く。

「たまよちゃんの面倒を見ることに不満は無いけど、君と一緒にいる方が彼女としても幸せなんじゃないか?」

「そうなのかもしれませんが、復職して早々に激務になることが決定している私よりは、繭子に任せた方がたまよの負担も少ないでしょうから」

 そう告げると人事課長は、そっか、と言ったきりその件に追求することは無かった。

「そうそう、繭子なら大丈夫だとは思うけど念のためこれを」

 そう言いながら鞄から、白地に若草色の文字でタイトルの書かれた本を取り出して差し出すと、繭子は深く頭を下げてから受け取った。

「ありがとう御座います」

「あと、これはたまよが食べたがっていた朴葉だから」

 さらに鞄から朴葉を取り出すと、繭子は再び丁寧に頭を下げた。

「承知つかまつりました。然らば、過剰にならない程度に与えますので」

「ああ、よろしく頼むよ」

 そう言って繭子の頭を撫で、何か言いたげな表情をしている人事課長に一礼してから、展望台を後にした。

 展望台を出ると、辺りはすっかりと日が沈み、背の低い灯籠が橙色の光で道を照らしていた。

 穏やかな光に足下を照らされながら、二人連れの観光客達で賑わう道を一人進む。

 掌と唇には、柔らかな感触がまだ少しだけ残っていた。

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