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ローリン・マイハニー!  作者: 田中 義男
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潜れ!

最近なにかと縁のある、首都の中心地にある複数の路線が集まる駅に今日もやって来た。たまよの手を取りながら、連絡通路を進み、水族館のある駅へと続く路線に向かう。2人分の乗車券を購入し改札をくぐると、ホームには特急電車が停車していた。

 電車の様子を見て、たまよは目を輝かせる。

「凄く、すたいりっしゅです」

 そう呟くたまよは、麦藁帽子を被り、水色と白のストライプ模様のレトロな形の半袖のワンピースを着ている。知り合いに見られたら、ベタすぎる、などと言われそうだが、似合っているのだから問題ない。

「正義さん、まだお怪我が痛むのですか?」

 無言で見惚れていると、たまよは心配そうに眉をひそめて、首を傾げた。

「いや、問題ないよ。ただ、すたいりっしゅ、だなと思って」

 そう答えると、たまよは安心したように微笑んで、そうですよね、と頷いた。どうやら、電車についての感想だと思われてしまったようだが、嬉しそうにしていることだし問題はない……

「どことなくヤスデさんに似ているところが、すたいりっしゅです」

 ……と思ったのだけれども。

 たまよの発言に、近くにいた乗客が数人、驚いた顔をして振り返った。

「……ともかく、先を急ごうか」

 脱力気味に伝えると、たまよは不思議そうな顔をして、かしこまりました、と応えた。褒め言葉だとは分かっているが、すたいりっしゅ、と言われたことのある身としては、ヤスデと同じ括りになっていると思うと複雑な気分だ……褒めてはいるのだろうけれども……

 脱力しながらも電車に乗り込み、たまよを窓側の席に座らせて、こちらも席についた。

「水族館、楽しみですね」

 席について帽子を脱ぎ楽しそうに問いかけるたまよに、そうだな、と短く返した。できることならば、一緒に色々な所に出かけたいとは思う。

「……帽子の跡が頭に付いていますか?」

 無言で見つめていると、たまよは両手で頭を軽く叩きながら、そう訪ねてきた。

「いや、すまない。大丈夫だよ」

 頭を撫でながら答えて席に座ると、そうですか、という釈然としていない様子の言葉が返ってきた。

「そうそう、冷房で体が冷えすぎるといけないから、これを羽織っておこうか」

 話題を変えるために鞄から薄手のカーディガンを取り出し手渡すと、たまよは微笑んでから、ありがとうございます、と言って頭を下げた。そうしているうちに、車内に発車音が鳴り響き、電車は進みだした。

 電車が走り出してから、一時間弱が過ぎた。街中を走る路線のため、海に向かっているという実感はあまり湧かない。それでも、たまよは笑顔で車窓を眺めている。楽しいか、と尋ねると、たまよは笑顔でこちらに振り向き頷いた。

「はい!電車に乗るときは、外が真っ暗だったり、眠ってしまったり、夕方だったので、今日は明るい景色が沢山見られて楽しいです!」

「そうか、それは良かった。そろそろ目的地に着くから、もう少し外の景色を楽しんでいてくれ」

 そう伝えると、たまよは微笑みながら頷いて、再び窓の外の景色を眺めた。楽しい思い出を作ることができたなら幸いだ。

 それから10分ほど電車に揺られ、目的地を告げるアナウンスが響いた。

 たまよの手を取りホームに降りると、夏休み期間ということもあってか、他にも親子連れやカップルがちらほらと目に入った。しかし、たまよが怖がるほどの混雑具合では無いことは幸いだ。

 改札を通り構外に出ると、不意にたまよが足を止めて、駅に振り返った。そして、感慨深そうな表情を浮かべて駅舎を眺めている。一部は工事用のバリケードに囲まれてはいるが、竜宮城を模した目を引く造りの駅舎のため、興が引かれたのだろう。きっと、すたいりっしゅ、という言葉を呟くと思いながら見つめていると、たまよの唇が開いた。

「とても、すぷれんでぃっど、です」

 ……その形容詞は予想外だった。いや、絢爛豪華な駅舎なので、意味としては合っているか。

「気に入ったなら、記念に写真でも撮っておく?」

「え、でもシャッターを押してくれそうな方がいな……」

 たまよの回答を聞き終わる前に、スマートフォンのカメラのシャッターを切った。ふむ、振り返りざまだったのでブレてしまうかと心配だったが、自然な表情が綺麗に写っている。

「もう、何てことなさるんですか」

「はははは、すまない。日常の表情を撮っておきたくてね」

 頬を膨らませるたまよの頭を撫でて宥めると、たまよはもう一度小さく、もう、と呟いてから微笑んだ。

「じゃあ、そろそろ水族館に向かおうか」

「はい。そういたしましょう」

 微笑んだまま頷くたまよの頭をもう一度軽く撫でてから、手を引いて歩き出した。

 駅付近の細い道を抜け、大通りに出ると、道の奥に広々とした海岸が広がっている。眩しそうに目を瞬かせるたまよと共に、潮の香りのする大通りを西に進み、5分程度で目的の水族館にたどり着いた。期待に満ちた表情のたまよを横目にチケットを購入し、回転アーム式のゲートを潜る。階段を登り、チケット売り場のある建物の2階へ上ると、建物の窓から海の家がところ狭しと立ち並ぶ海水浴場が見えた。平日ではあるが、水着姿の海水浴客もちらほらと目につく。気がつくと、たまよがこちらを見つめている。

「どうした?何か気になる食べ物でも見つかった?」

 そう尋ねると、たまよは小さく首を横に振る。

「いえ、それは大丈夫なのですが、ウルトラミラクルエレガントな課長さんからいただいた服の中に、海で遊ぶならこれ、というメモの付いた物がいくつかあったので、着てくれば良かったのかなと思いまして」

 ……例によって例のごとく、嫌な予感しかしないが一応聞いておこうか。

「どんな服だったんだ?」

「はい、とても防御力が低そうな紐の多い服と、胸に私の名前が書いてある白い布が縫われた紺色の服でした」

 ……似合うか似合わないかは置いておいて、仮にも人事の管理監督者が社員の妻に贈る代物ではないだろうに。

「うん。それは着てこなくて正解だったと思うよ」

「ならば良かったです。長いお出かけだと、防御力の低そうな服を着ていると少し不安ですから」

 たまよはそう言うと安堵の表情を浮かべた。

 ひとまず復職したら、管理部長にセクハラの報告をしておこう。

 人事課長への憤りを感じながらも、本館へ移動し、薄暗い照明の通路を進む。人工の波が水しぶきを上げる浅瀬の海を模した水槽や、鱗を光らせながら群れをなして泳ぐ鰯の稚魚の水槽や、魚が飛び跳ねる様子を見ることができる小川を模した水槽や、縞模様の魚たちが泳ぐ珊瑚礁を模した水槽などを見るたびに、たまよは目を輝かせた。

 天井が大水槽の一部につながった通路にさしかかると、たまよは上を見上げて感嘆した。

「なんだか海の中に潜っているみたいですね」

「そうだな」

「あ、正義さん見てください。あっちに蛇さんが泳いでいます」

 そう言ってたまよは右手の大水槽を指さした。そこには、エイやサメが舞うように泳ぐ中、身をくねらせながら水槽の上方を目指して泳ぐウツボの姿があった。

「たしかに、蛇に似ているが、あれはウツボといって、魚の一種だ」

 そう教えると、たまよは目を丸くして驚いた。

「そうなんですか」

「ああ。でも、泳いでいる姿は初めて見たよ。教えてくれてありがとう」

 そう言って頭を撫でると、たまよは嬉しそうに、いえいえ、と言って微笑んだ。

 大水槽の周りを旋回するよう下っていく造りの通路を進み、最下層にたどり着いた。大水槽を正面から一望出来るスペースがもうけられているが、たまよは脇目も振らずに控えめの照明が一段と暗くなっている場所に進み出した。

 手を引かれながらついていくと、赤い照明に照らされた水槽の中に白いのっぺりとした物体が三つほど並んでいた。お目当ての展示にたどり着いたたまよは、真剣なまなざしで水槽の中を見つめた。

 しばらくは、上から見るとダンゴムシというよりもシャコの寿司に似ているな、などとくだらないことを考えながら動き出すのを待っていたが、あまりにも微動だにしないため不安が募ってきた。声をかけようかとしたところ、たまよは不意にこちらを向いて、頭を下げた。

「ありがとうございました。正義さん」

「いえいえ。何かの参考になった?」

「はい。色々とためになるお話を伺えました」

 そう答えて、たまよは嬉しそうに微笑んだ。その表情が愛らしかったので頭を撫でていると、イルカショーの開始時刻を伝える館内放送が流れた。腕時計を確認してみると、開始まであと10分ほどとなっている。

「満足してくれたなら良かった。じゃあ、そろそろイルカのショーが始まるみたいだから、行ってみようか」

「はい。行ってみましょう」

 たまよはそう言ってから、一旦水槽に向き直って一礼して歩き出した。何を話していたかはよく分からないが、酷いことを言われたりはしていない様子なので、少し安心した。

 たまよの手を引きながら、通路の奥にあるエレベーターで2階に上がり、ペンギンやアザラシの展示を横目にみながら、ショーの行われるプールにたどり着いた。上段の席に腰をかけて開始を待っているが、先ほどからたまよがクスクスとおかしそうに笑っている。

「……そんなに笑わなくてもいいじゃないか」

 何の件で笑っているかの見当がついたため、ふてくされ気味に言ってみると、たまよは笑いながら、すみません、と答えた。

「でも、正義さんがビックリする姿が可愛らしかったので」

「それはどうも」

 通路の途中にあった水槽に、やたらと精度の高いオオカミウオのレプリカが飾ってあったため、一瞬本物が水槽を突き破ったのかと錯覚して、思わず声を上げて驚いてしまった。その後たまよに、本物じゃ無いから大丈夫ですよ、と宥められて今に至る。

「ところで正義さん、これから始まるショーというのは、どんなものなのですか?」

 たまよが気を遣ってか、話題を変えるように首を傾げた。

「ああ、イルカやアシカが音楽に併せて泳いだりジャンプしたりするショーだ。メインテーマは、トレーナーと海獣たちとの絆らしい」

「そうなんですか。なんだか正義さんの特技と似ていますね」

 たまよが感心したように呟いた。まあ、似ていないとは言い切れないけれども。

「……俺の呪いの方は、絆なんて綺麗な物じゃ無いよ。対象の意思など無視して、こちらの思い通りに動かす物だし。言ってみれば、支配、みたいな物だ」

 だからこそ、使役される対象の意思や自我など無い、もとい分からないに超したことは無いと思っていた。ましてや、信頼関係など結ぶ訳にはいかない。

「でも、私は無理矢理いやなことをさせられたことは有りませんでしたよ?」

「そうか」

 短く答えると、たまよは何かを思い出したような顔をしてから、苦笑した。

「でも、公園でナンパから助けていただいた際に、他の方たちへの指示が私にも効いてしまった時は意に反した行動を取ってしまいましたが」

 ……まったく、よく覚えているものだ。しかし、離れることを意に反した行動と言ってもらえるのは、光栄なことか。

「あの時は、すまなかった。今後はたまよが嫌がることを無理強いすることはしないから、安心してくれ」

 そう伝えると、たまよは心底安心したような表情をみせて、良かったです、と呟いた。この言葉は、絶対に守るようにしよう。

 そこうしている間に、会場に音楽が鳴り響き、プールサイドにトレーナーとアシカたちが3組登場した。トレーナーの前口上によると、同じ種類ではあるが三頭とも性格が全く違うらしい。また、ショーの練習を始めてからまだ日が浅く、失敗することも多いそうだ。それでも、慣れていないながらも懸命にトレーナーの指示に従って、逆立ちや拍手やバランスを取るポーズを披露するアシカたちは愛らしいと思った。一つの芸を披露するたびトレーナーたちはアシカを心から褒めていた。

 アシカたちが退場すると、入れ替わりにイルカと小型のクジラが登場する。こちらも一頭一頭、性格が違うらしい。イルカたちも、軽い失敗をしながらも懸命に、トレーナーの指示に従って音楽に合わせてジャンプや歌を披露していた。

 音楽が止むと、アシカの時と同じように、トレーナーたちはイルカたちの健闘をたたえてから客席に一礼し、拍手につつまれて去って行った。

 今までの事を思い返すと、彼らのやり取りは身につまされるものがある。そんなことを考えていると、隣から、くぅ、と小さく腹の鳴る音が聞こえてきた。顔を向けると、たまよが頬を染めてうつむいている。

「すみません……ショーは楽しかったのですが、アシカさんたちがお魚をいただいているのを見たら、お腹がすいてしまって……」

「喜んでもらもらえて良かった。あと、またしても斬新な感想をありがとう」

 脱力気味に伝えると、たまよが恥ずかしそうにさらに肩をすぼめた。まあ、変に落ち込むよりは脱力させられる方が余程いい。微笑みながら頭を撫でると、たまよはゆっくりと顔を上げた。

「館内にカフェがあるから、本格的な昼食を取る前に軽く何か食べておこうか」

「はい。ありがとうございます。あ、そういえばさっき上の席にいたお客さんが話していたのですが、カフェに川獺さんたちがいるそうですよ」

 その言葉に、思わず眉をひそめてしまった。

「川獺か……」

「はい。正義さんは川獺さんがお嫌いなのですか?」

 こちらの表情に、たまよが首を傾げて尋ねる。たしかに、川獺に対してこういう反応を取る人間は少数派だろう。

「まあ、嫌いという訳では無いし、可愛らしいとは思うけれども……なんとなく、勤め先の社長を思い出して複雑な心境になるんだよ」

 何にでも興味を持ち、細々と動き回り、突然何かを思いついたように突拍子も無い行動に出る辺りが似ていると思う。おまけに、人事課長とはまた別の方向性で年齢不詳な、円らな目をした外見なんかも似ている。

「そうだったんですか。お仕事をされている方は、色々と大変なのですね」

「いや、うちの社長が特殊すぎるだけだから、世間一般の勤め人の共通認識ではないと思うよ……ともかく、別に苦手という訳ではないから、カフェに向かおうか」

 そう言って立ち上がり、たまよに手を差し出した。たまよも微笑みながら、その手を取って立ち上がる。

 来週からは復職になるが、今日一日だけは仕事のことは考えずに、たまよと一緒にいられることを楽しもう。

 そう思った矢先、立ち寄ったカフェの食事メニューの2割程度が川獺関係だったせいで、多少出鼻をくじかれてしまった。しかし、隣でたまよが楽しそうメニューを眺めているから、思いつきシリーズへの憤りはなんとか忘れるようにしよう。

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