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ローリン・マイハニー!  作者: 田中 義男
25/28

作れ!

 気がつくと、真白な空間に立っていた。しかし一人ではなく、隣で着物姿の女性が手を握ってくれている。

 手からは相変わらず骨がのぞいているが、彼女は動じることなく手を握り続けている。

 恐ろしく無いのかと思い彼女の方を向くと、彼女もこちらを向き穏やかに微笑む。


 大丈夫ですよ。

 彼女の唇が、そう動いた。

 

 しばらくそのま手を繋いでいると、少しずつ手の爛れが癒えていく。

 爛れが癒えていくと同時に、真っ白だった景色に黒いシミが少しずつ広がっていく。

 嫌な景色に彼女の手を握る指に力を込めてしまう。

 彼女は平然とその景色を眺めながら、そっと手を握り返した。

 同時に、黒い染みは白い空と地面に混ざり合って、薄い灰色に変わっていく。

 手がすっかりと治る頃には、周囲の景色は一面淡い灰色になっていた。

 少し淋しげな景色ではあるが、白と黒の2色しかない景色よりはずっとマシか。

 試しに足踏みをしてみると、以前のようにびちゃびちゃと嫌な音を立てることもない。

 これならば、また歩き出すこともできるだろう。

 それでも、今までのことを思い出すと、やはり足が竦んでしまう。


 大切な人は守れなかった。

 守ろうとした人たちには拒絶された。

 嘆き悲しむ人たちに見ないふりをした。

 誤った道に自ら進んだ。

 誰かの私利私欲のために人を沢山傷つけた。

 守るべき人達を自分の手で傷付けた。

 これから先また同じことを繰り返すかもしれない。

 

 正義さんなら、きっと大丈夫です。

 

 隣から優しい声が聞こえる。

 出来ることならば、ずっとこの声を聞いていたい。

 彼女の方を見ると、少しだけ淋しそうに優しく微笑んでいる。

 ……もう、歩き出さなくては


「正義さん……」


 朝陽と微かな声に目を覚ますと、手を握ったたまよがベッドに突っ伏して眠っていた。空いている方の手を伸ばし軽く頭を撫でてみたが、起きる様子はなかった。どうやら、熟睡しているようだ。昨日はたまよにも心労をかけてしまっていたから、無理もないか。

 浦元との一件の後、意識を失い早川と吉田によって病院に緊急搬送される。

 意識を取り戻すと涙目のたまよに安堵された後、無茶をしないで下さい、と叱られる。

 部下2人には声を揃えて、もう少しだけ意識を保って欲しかった、と憔悴しきった表情で抗議される。

 繭子からは、不夜城の暗黒を統べる者、という仰々しい称号を付けられる。

 といったやりとりを一通り終えてから、鼻歌交じりにやって来た人事課長に付き添われ家に帰って来る。

 援軍が対処してくれたおかげで、殺虫剤を吸い込んだことによる重篤な後遺症はないと医者には言われたが、流石に疲れていたので人事課長と繭子を見送ってから、ベッドに横になる。そこから、今まで眠っていたのだろう。

 ぼんやりと思い返していると、家に帰って来たのは夕方だったことに気づいた。

 そこから、ずっと手を握ってくれていたのか。ならば、もう少しだけ寝かせておこう。

 痛みをこらえながらゆっくりと上体を起こし、たまよをベッドまで引き上げた。たまよはむにゃむにゃと唇を動かしてはいるが、目を覚ます様子はない。夏掛け布団をたまよに掛けて、入れ替わるようにベッドから降り、できるだけ静かに寝室を後にした。ひとまず、シャワーで汗を流してくるか。

 シャワーを出て着替えと湿布薬の交換を済ませ、寝室の様子を見に行ってみたが、小さな寝息が響いていた。もう少し、寝かせておこう。

 たまよが眠っているため、久しぶりにキッチンに立つことができた。最近まともに自炊をしていなかったが、サラダとスープと目玉焼きくらいは用意できるだろう。冷蔵庫の野菜室を開け白菜を取り出し、朝食に使う分の葉を毟ろうとした途端に、右手に痛みが走った。幸いなことにヒビを含めた骨折は無く湿布薬のおかげで痛みも耐えられる位にはなっているが、力を込めると痛むのは厄介だ。痛みと共に、怪我を負わされた相手のことを思い出し、その後が少しだけ気に掛かった。

 人事課長からは、もう現れないから大丈夫、と伝えられた。警察にも事情は説明したからこの件はもう忘れろ、とも。

 生死は定かでは無いが、恐ろしい目にはあっているのだろう。これで、当初の目的の一つは無くなったが、あともう一つは……今考えるのは、やめておこう。

 スープ用の白菜を刻んでいると、寝室からドアが勢いよく開く音が聞こえてきた。慌てた様子の足音とが聞こえ、申し訳なさそうな表情のたまよがやって来る。

「おはよう。たまよ」

 声を掛けると、たまよは目を伏せて、ゆっくりと頭を下げた。

「おはようございます、正義さん……すみません、寝坊してしまいました……」

「気にするな、たまよも疲れていのだろうし。食事の支度はもう少し時間が掛かるから、その間にシャワーを浴びてくるといい」

 笑顔でそう言うと、たまよも苦笑した。

「では、お言葉に甘えて、そういたしますね」

 そう言って再び頭を下げると、たまよはダイニングキッチンを後にした。手の痛みのせいで作業に少し時間がかかるが、たまよがシャワーを浴び終える頃にはできあがるだろう。

「お待たせいたしました」

 一通りの料理が完成し、トーストを焼いていると後からたまよの声が聞こえた。振り返ると、浴衣姿のたまよが苦笑しながら食卓の側に立っていた。

「丁度良かった。そろそろトーストが焼けるから、先に座ってて」

 その言葉に、たまよは一礼してから席に着く。

「簡単な物ばかりですまないが、そこまで酷い味にはなっていないと思うから」

 そう言ってスープを食卓に置くと、たまよがゆっくりと首を横に振った。

「いえ、とても美味しそうですよ。ありがとうございます」

「それはどうも」

 すべての料理を食卓に出し終え、いつものように二人で朝食を食べ始めた。例によって例のごとくしばらくは黙々と食事を進めていたが、不意にたまよが不安そうに声をかけてきた。

「正義さん。お怪我の方は大丈夫ですか?」

「ああ。打ち身になっているところが多少痛むが、他には問題ないよ」

 そう答えてからスープを一口飲むと、よかった、という安堵の呟きが聞こえた。

「心配をかけてしまって、すまなかった」

「いえいえ。生きていてくださったのなら、何よりです。おまじないが効いたみたいですね」

 たまよの発言で昨日のやり取りを鮮明に思い出した。額への口づけだったが、目が覚めている時にされるのは初めてだったため、なんだか気恥ずかしい。別に、嫌だったという訳では無いけれども。

「……どこか痛むのですか?」

 気恥ずかしさにしばらく黙り込んでいると、たまよが心配そうに首をかしげた。

「いや、問題ない」

 そう呟いてトーストに手を伸ばすと、昨日の怪我がまた少し痛み顔をしかめてしまった。途端にたまよの表情に不安の色が浮かぶ。

「……動かすと時折痛むが、処方された痛み止めを食後に飲めば大丈夫だから」

 そう伝えるとたまよは不安げな表情のまま、そうですか、と呟いた。しかし、急に何かを思いついた表情を浮かべてから、真剣なまなざしでこちらを見つめてきた。

「……何?」

 食べさせてくれるというような提案だろうが、念のため確認してみると、たまよは表情を変えずに口をひらいた。

「手を動かすと痛むようでしたら、私が口移しで……」

「そこまでは必要ないから!?……っ!?」

 予想以上の提案に声をあげて制止すると、鳩尾の辺りの打撲が急激に痛んだ。

「正義さん!?」

 たまよが慌てて立ち上がり、こちらに駆け寄って背中をさする。

「……流石に、怪我をしているときは……破壊力バツグンの発言は控えて欲しいのだけども……」

 痛みを堪えながらそう伝えると、たまよは肩を落として、もうしわけありません、と呟いた。そういえば、2日前にも同じようなやり取りをしていたな。ならば。

「じゃあ、責任を取って、今日一日デートに付き合うこと」

 またしても似合わない台詞を言ってみると、たまよはきょとんとした表情をして、背中をさする手を止めた。こうなるだろうとは思っていたが、それでも気恥ずかしさがこみ上げてくる。

「……そういう反応をされると、ちょっと傷つくんだけど?」

「す、すみません!是非ご一緒させてください!」

 たまよが頬を紅潮させて、首を何度も縦に振った。愛らしい反応に少しからかいたくなるが、今日はやめておこう。

「じゃあ、食事が済んだら準備をして出かけようか。副業の方も片付いたし、今日こそは水族館に行こう」

 その言葉に、たまよが目を輝かせてから満面の笑みを浮かべた。

「はい。ありがとうございます」

 約束を守ることが出来て、本当に良かったと思う。

 

 食事を終えて、片付けを済ませるとたまよは着替えに向かった。こちらも身支度を済ませてダイニングでコーヒーを飲みながら待っているが、若干嫌な予感がする。昨日、一昨日とゴタゴタが続いたため、人事課長から頂いた服の選別が出来ずじまいになっていた。着替えを確認しに行くわけにもいかないし、どうしたものか……

「お待たせいたしました」

 逡巡しながらコーヒーに口を付けると、たまよの声が聞こえた。振り返り、その姿を確認して、コーヒーを吹き出す寸前でなんとか堪えた。

「……ひとまず、何故その服を選んだか教えて欲しい」

「はい。ウルトラミラクルエレガントな課長さんからのメモに、一夏の思い出を作るならこれ!、とありましたし、昨日お留守番をしていたときに繭子さんから、時には洋装で積極的なところをアピールするのも必要ですぞ!、と言われたので」

 そう言うたまよの姿は、丈の短い白のホットパンツに、体のラインがはっきりと分かるヘソが見える丈の黒いTシャツだった。しかもTシャツの胸には、やけに荒々しい字体の白い文字で「正義まさよし」と、ご丁寧にルビをふって書かれている。人事課長め、どこでこんなTシャツを手に入れてきたんだ……

「……できれば、着替えてもらえると助かる」

 力なくそう告げると、たまよは残念そうな顔をしてから頷いた。

「かしこまりました……正義さんのお名前が書いてあったので、これしか無いと思ったのですが……」

「そう言ってもらえるのは光栄だが、色々と目のやり場に困るから……」

 しかも、胸が強調されている上に訳の分からないロゴが書かれているとなれば、周囲の男性の目を集めてしまうかもしれない。そんなことは避けたい、と思ったが口に出すのはやめておこう。

 こちらの思いを知ってか知らずか、たまよは、かしこまりました、と再び頭を下げた。

「では、着替えてきますね」

 そう言ってたまよはダイニングキッチンを後にしようとした。

「たまよ、ちょっと待ってくれ」

 そのまま任せようとも思ったが、また何か難のある服を選ぶ可能性もあると気づき、呼び止めた。たまよが足をとめこちらに振り返り、首をかしげる。

「はい、なんでしょうか?」

「服を選ぶのを手伝わせてくれ」

 我ながら過保護だとは思うが、そう言わずにはいられなかった。不服そうな顔をされるかと思ったが、たまよはむしろ嬉しそうに微笑んだ。

「はい。正義さんに選んでいただけるなら、幸いです」

 相手が普通の女性ならば、口論になるか最悪の場合破局を迎える程度には面倒くさい発言だとは思うが、たまよの場合は事情が事情だからな。思い出に残す服装は、選べる物ならば自分で選んでおきたい。

 そんなことを考えながら、たまよと二人で着替えを置いてあるリビングに向かった。

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