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ローリン・マイハニー!  作者: 田中 義男
20/28

黄昏

 気がつくと、相変わらずの真白な空間に、うつ伏せで横たわっていた。

 視線を動かすと、真黒な骨がのぞく黒く爛れた手が目に入る。周囲からは、誰の声も聞こえない。

 当然の報いだ。

 自分が討ち払ってきた者たちと、同じような事をしてきたのだから。

 しばらくそのままでいると、遠くからヒタヒタと足音が聞こえてきた。足音は段々と近づき、耳元で止まった。

 かろうじて動く首を動かして見上げると、懐かしい顔が目に映る。

 胴がひしゃげて、首があらぬ方向に曲がり、頬が多少抉れているけれども、問題は無い。

 迎えに来てくれるのが、君ならばそれだけで……


「……きてください」


 遠くから、誰かの声がする。


「起きてください!正義さん!」

 慌てた声に目を覚ますと、そこにはオロオロとするたまよの顔があった。目をこすって辺りを見渡すと、乗客の誰もいない電車の中だった。車窓の外には、終点の駅名を示す看板が光り輝いている。

「……すまない。寝過ごしてしまったようだ」

「いえ、私も眠ってしまいましたので……」

 失態について謝ると、たまよも肩をすぼめて、申し訳なさそうにうつむいた。

 吉田と別れた後、軽く食事をしてから駅に戻った。出発を待つ電車に乗ったのは良いが、少し疲れがあったため座ってしまったのがまずかった。一駅なのだから、たまよだけ座らせていれば良かったか。

「まあ、これと言って予定がある訳では無いから、このままゆっくり帰るとしようか」

「そうですね。吉田さんのお話だと、お仕事に戻られたら、物凄くお忙しくなるようですし、今はゆっくりしましょう」

 鷹揚に言うたまよの言葉に、若干頭が痛くなる。吉田曰く、社長の思いつきシリーズ、の新作が近々動き出すから覚悟しておくように、とのことだった。吉田と早川だけでなく俺にまで話が来るということは、相当厄介なモノなのだろう。

 眉間の辺りをおさえていると、隣からたまよの笑う声が聞こえて来た。

「夫が真剣に考えごとをしてるのを笑わないで欲しいんだけど?」

 不満の意を表してみると、たまよは笑顔のまま、すみません、と呟いた。

「でも、楽しそうなお顔をなさっていたのが、嬉しくて」

 確かにやりがいはありそうな仕事だとも、若干思ったけれども。

 しかし、たまよはこちらの心情に、良く気がつく。それならば……

「たまよ。また眠ってしまってもいけないし、話をしても良いか?」

 乗っている車両は、下り側の一番端だ。日曜の夕方の上り電車なら、他に人が乗って来ることも無いだろう。

「はい。正義さんが、そう仰るなら」

 たまよは笑顔で、提案に頷いた。ほぼ同時に、発車ベルの音と行き先を告げるアナウンスが響き、電車が動き始めた。


「今日は楽しかったか?」


「はい!とても!朴葉とふらいぱんも手に入りましたし、美味しそうな絵も見られましたし」


「その感想は改まらないんだな。ともかく、楽しんでもらえたなら良かった」


「はい。ありがとうございました」


「しかし、横槍が入ってしまって悪かった」


「いいえ。お二人とも正義さんのことをご心配なさっていたようですから、お会いになれて良かったんだと思います」


「確かにこちらとしては、一悶着ある前に色々と区切りがつけられたから良かったよ。ただ、あいつらがどう思ったかは分からないな」


「でも、戻って来てほしく無い方には、覚悟してください、なんて仰りませんよ」


「そんなものかな」


「きっとそうですよ」


 車内に走行音が響く


「幸絵の事について、何も言わなくてすまなかった」


「いいえ。正義さんがお話しになりたくなかったのなら、仕方がないことだと思いますよ」


「……正直なところ、幸絵の影を見ていたのは事実だ」


「妹の舞さんが混乱するくらい似ているのなら、仕方がないですよ」


「ただし、姿形が同じでも中身が全くもって違っていたからな……幸絵はもう居ないんだと思い知らされもしたよ」


「だから、あんなに悲しそうだったんですね」


「イライラしている様に、振舞っていたつもりだったのだけれども」


「ふふふ。良く観察していれば、すぐに分かりますよ」


「全く、たまよには、かなわないな」


 鉄橋に差し掛かり車両がカタンと揺れる


「……今の姿になった時のことは、覚えているか?」


「はい。とても怖い目に遭いましたから」


 車両が地下に入り車窓が黒く染まる


「そんな目に遭わせた奴がいたとしたら、恨んだりするか?」


「いいえ。確かに怖かったですが、無事に出していただけましたから」


「そうか」


「それに、そんなに悲しそうな顔をしている人を恨んだりなんて出来ません」


「やっぱり、気づいてたか」


「ええ。あの恐ろしい所に入る時に、正義さんと同じ匂いがしていましたからね」


「申し訳なかった」


「良いんですよ。今こうして生きているんですから」


 電車が地下を抜け車窓に住宅街が映る


「なら、あの時に何を願ったかも知られているのだろうな」


「……はい。ただ、私には毒も、鋭い爪や牙も、針もハサミもありません。あるのは丈夫な外殻くらいです」


「そうだな」


「だから、正義さんのお願いは叶えられないんです」


「そうか」


「……なんで、あんなこと願ったのですか?」


「浦元のことについては、人事課長から依頼もあったし、何故かトドメを刺しておかないと、と思ったからだな。まあ冷静に考えると、命までは取る必要は無かったのかもしれないが」


「いいえ、そちらの方のお願いでは無く……」

 

 車窓に建物が映っては消える


「……けりを付けたかったんだよ」


「けりをつける?」


「幸絵のこともそうだが、その後も身の回りの人間に危害が加わった時や、危害が加わりそうな時は、呪いで虫を使役して原因を追い払っていた」


「そうだったんですか」


「ただそのことが分かると、守ろうとしていた人たちは、人を傷つけたことや、虫を使役したことを非難して、自分の周りから去って行ったよ。さすがに、幸絵のようなことまでは起こらなかったけれども」


「それも悲しいですね……」


「そうだな」


 踏切の音が通り過ぎる


「だから、一時期は人と極力表面的にしか関わらないようにしたり、仮に懐いてくる奴がいても、呪いを使わずに面倒ごとから遠ざけようとしたりもした。でも、浦元から依頼を受けて断り切れずに、結局は呪いを使うことになった」


「そう、だったんですか」


「まあそれでも、依頼されて使った時の方が、自発的に使っていた頃よりも気は楽だったよ。仮に非難されたとしても、悪事を働いているからだ、と納得がいくから」


「でも……優しい方がそんなことを続けるのは、辛かったんですね?」


「別に、優しくはないだろ」


「そうでしょうか?」


 車両が前後にガクンと揺れる


「それは置いておいて、色々と無茶をして、どこかがおかしくなっては、いたんだろうな。最後の方には、自分から進んで、本来守るべきだった周りの人間に危害を加えてしまった。幸い、最悪の結果にはならなかったけれども」


「最悪の結果にならなかったのなら、良いじゃないですか」


「でも、少しでも正気を保っているうちに手を打たないと、きっとまた同じことを繰り返す」


「そんなこと無いですよ、きっと」


 車窓の景色に街灯がともりはじめる


「……正義さんのお願いを無かったことにできないかな、とずっと考えていました」


「そうなのか」


「はい。それで、悲しいのが治れば良いんじゃないかな、と思いついたのですが、中々上手く行かなくて」


「……一緒にいてくれるだけで、充分ありがたいよ」


「そう言っていただけると、嬉しいです」


「ただ、なぜ俺のために、そこまで色々してくれるのかが、よく分からない」


「正義さんが、すたいりっしゅで優しいからですよ」


「……何かはぐらかされた気がするんだけど?」


「ふふふふふ。一昨々日の朝に、はぐらかされた仕返しです」


「そう言うことなら、朴葉は没収だな」


「ちょっとした冗談なのに、酷いですよ……」


「ははははは、俺はたまに意地悪、らしいからな」


「もう……」


 目的地の数駅前の駅名をアナウンスが告げる


「強いて言うなら、寂しそうな人や悲しそうな人を放っておけないから、ですね。繭子さんの時も、似たような気持ちでした」


「そうか……たまよは、優しいな」


「正義さんが優しくてすたいりっしゅなのも、事実なんですからね」


「それはどうも」


 アナウンスが目的の駅名を告げる



「往復するのは、なんとか避けられたな」

 たまよの手を取りホームに降りると、外は既に暗くなっていた。

「はい。お話ししていなかったら、ずっと電車の中で暮らすことになっていたかもしれませんね」

 流石にそれは無いだろうと言おうとしたが、たまよに起こされなければ、あのまま何往復かはしていたかもしれない。悪夢を見ながら運ばれ続けるのは、あまりゾッとしないな。

 人気の少ない駅の改札を出て、家までの道を歩いていく。もともと人通りの少ない道のうえに、日曜日の夜ということもあってか、他に人影がは見当たらない。狭い道なので、手を繋いで歩くのも迷惑になるかと思ったが、これなら問題無いだろう。

 何気なくたまよの方を見ると、嬉しそうに微笑んでいた。

「何かあったのか?」

「今日は素直な正義さんが見られたので、よかったなと思いまして」

「悪かったな、いつもは捻くれた性格で」

 ふて腐れ気味に言ってみると、たまよは微笑みながら小さく首を横に振った。

「そういうところも含めて、すたいりっしゅだと思いますよ」

 褒められているのか、あやされているのか判断しかねていると、たまよが言葉を続けた。

「私はそういう正義さんが好きなので」

 不意に繋いだ手が解かれる



「生きてください。正義さん」



 突き飛ばされながら見えたのは、ライトに照らされながら手を突き出すたまよの姿だった。

 逆光のせいで、表情が分からない。

 しかし、目を凝らして確認する間も無くたまよの姿は、衝突音と共に視界から去った。

 代わりに、目の前には旧型のSUV車が停まっている。


「ああ、ごめんね日神。二人仲良くぶつけてやろうとしたんだけど、上手くいかなかったみたいだ」


 込み上げてくる吐き気の原因が、扉から出て来た人物に対する嫌悪感なのか、この状況に対する拒絶反応なのかは、分からなかった。

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