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ローリン・マイハニー!  作者: 田中 義男
16/28

謝れ!

 着替えで一悶着あったが、無事に首都の中心地にある複数の路線が集まる駅まで来ることができた。休日ということで、いつもにも増して人でごった返している。前回来た時はたまよがうずくまってしまい難儀したが、今回はあらかじめ手を繋いでいるからさほど問題もないだろう。しかし、時折すれ違う人間に二度見をされたりするのが少々面倒だ。

 淡香色の夏物の着物に、紅樺色の帯を締め人事課長にいただいたという簪で髪をまとめた姿のたまよを見て、あまりカジュアルすぎる格好では様にならないだろうと思い、久方ぶりにこちらも夏物の着物を引っ張り出してきた。しかし、同年代で揃って着物で出かける人間はそう多くないため、周囲の注目を集めてしまったようだ。まあ、これだけ注目を集めていれば、浦元が何か仕掛けてくる可能性も低くなるため、結果的には良かったのかもしれない。

 そんなことを考えていると、不意にたまよの指の力が強くなる。

「どうした?具合が悪くなったのなら、どこか喫茶店で休憩するけど」

 そう問いかけると、たまよは小さく首を横に振って答えた。

「いえ、大丈夫です。ただ、この駅は複雑なので迷子になってしまわないか不安で」

「まあ、確かに慣れていないと迷いやすい所ではあるな……」

 仕事でも度々訪れることはあった。しかし、一人で来る分には問題ないが、部下と共に来る場合はロクな思い出がない。以前、課員全員で役所に直行することになった時は、それはもうひどい有様だったしな……

「……正義さんの方こそ、とても苦々しいお顔になっていらっしゃいますが、大丈夫でしょうか?」

 部下二人の失態を思い出していると、たまよが不安そうな顔でこちらを見上げていた。今日は朝から、心配をさせ通しになってしまっているな。

「いや、少し昔のことを思い出しただけだから、安心しろ」

 そう言った後、その昔がいつのことかは説明していた方が良いだろう、ということに気づいた。今朝の話の流れだと、こちらが思い出しているより前のことだと、思っているのだろう。案の定、表情の不安の色が濃くなっている。

「……仕事でこの付近の客先に向かう際、部下その1は西口で待ち合わせと伝えたにも関わらず南口に出てしまい、涙声で迷子になりましたと電話をかけてくる、部下その2は少し離れた場所にある私鉄の、こともあろうに北口に出てしまい、0.5駅分を全力疾走でかけてくる、ということがあってな。おかげで、余裕をもった集合時間を設定したはずなのに、結局全力疾走で客先に向かうことになったことがあったんだよ」

 その話に、たまよは安心したような表情を浮かべた。それは、良かったのだが詳しいエピソードを口にしたため、怒りが鮮明にこみあげてきた。一年目の吉田はある程度仕方ないとしても、早川は俺と一つしか違わないというのに……

「あー、そうだったのですか。でも、部下さんたちも地上に出られただけご立派ですよ。私なんて、以前繭子さんが作った迷路に挑戦した時でさえ、途中でへたり込んでしまいましたもの。きっとこの迷宮だと、ずっと地下で暮らすことになりそうですね……」

 繭子め、なんてことをしてくれていたんだ……しかし、迷路を用いた実験は一般的らしいから、仕方がないか。それよりも、今はたまよの不安を和らげることが先だ。

「そんなことにならないように、ずっと手を繋いでいるから安心しろ」

 そう言って指先に力を籠めると、たまよは、そうですね、と呟いて微笑んだ。

 ずっと、をいつまで続けられるかは定かではないが、少なくとも今日一日は続けたいものだ。


 人混みを潜り抜け、なんとかはぐれずに目的地である大型の雑貨店の調理用品コーナーまでたどり着くことができた。そして、今回の主な目的である朴葉を見つけ購入し、雑貨店を抜け、屋上庭園にあるカフェのテラス席で休憩しているわけだが、先ほどからたまよが荷物入れに入れた買い物袋をチラチラとみている。

「本当に購入してもよろしかったのでしょうか?バチは当たりませんか?」

 皿に載せられたクレープを器用にフォークとナイフで切りながら、たまよがそんな言葉を口にしだした。しかし、その言葉とは裏腹に目は輝いている。

「だから、そのくらいでバチは当たらないから。それよりも、荷物は俺が持つといっているだろう」

 朴葉だけならともかく、テフロン加工が剥げてきたフライパンの替えを合わせて購入したため、荷物の重さはかなりのものになっていた。それでもたまよが、自分が持つ、と言って聞かなかったため、屋上庭園までの道のりでは持たせていたが、流石にこれ以上は持たせるわけにはいかない。

「いえ、でも重い荷物を持っていたら、また倒れてしまうかもしれませんし」

 ……まあ、確かに一昨日は階段で盛大に息を切らしたし、一昨昨日は色々なことが重なって倒れたけれども。

「夫のことを信用しないのであれば、バツとして荷物は没収」

 そう言って、荷物置きから買い物袋を取り出し、空いていた隣の席に載せた。

「何てことするんですか!」

 立ち上がろうとするたまよに、行儀が悪いぞ、と笑って制止すると、不服そうな表情が返ってきた。

「正義さんは、たまに意地悪です」

「ははははは、今更気付いても遅い!」

 はた目から見て、気恥ずかしいやり取りではあるが、今日は人事課長の気配もないし、この辺りなら会社の人間もそうそう来ないから、問題はないだろう。

 ……そういう油断はよくない、ということは一昨昨日学んだつもりではいたのだけれども。

「……何か、見てはいけないものを見てしまった気がします」

 背後からかけられた聞き覚えのある声に振り返ると、若干カジュアルよりのベリーショートの髪型をして、薄緑色のポロシャツに七分丈のチノパンツを履いた人物の姿があった。

 ……よりにもよって、一番会いたくない類の奴に会ってしまうとは。

「……お久しぶりです。日神課長」

「……休職中のとはいえ、上司に向かってその表情は無いんじゃない?」

 あまりにも眉間に皺が寄った表情で挨拶をされたためそう返したが、こちらも同じような表情をしているのだろう。

「重要な話を録音する時に、人のことをいきなり馬鹿呼ばわりする失礼な人に、そんなこと言われたくあーりーまーせーん!」

 ほう、口ぶりからすると昨日の話は既に聞いているのか。なら、多少からかってやっても、浦元とつるむ危険は少ないか。

「へえ、本人も自覚している客観的な事実を言ったつもりだったが、そんなに傷ついてしまうとは思わなかったよ。か弱くて繊細な心を持つ脆弱な部下を傷つけてしまって、誠に申し訳ない」

 大げさな手ぶりをつけてそう言うと、相手の眉間のしわがより一層深くなる。腕力はともかく、敵わないと分かっている口喧嘩を仕掛けてくるとは、コイツも全く成長しないな。

「あの、正義さん。そちらの怖いお顔をなさっている方は、どちらさまですか?」

 嫌味の追加でもしてやろうかとしていたところ、たまよの不安げな声に我に返った。それは相手も同じだったらしく、一度咳払いをしてから襟元を正し、眉間のしわを解いて笑顔でたまよに向き直った。

「申し遅れてしまい、大変失礼いたしました。私、早川はやかわ けんと申します。日神課長の一応、部下です」

 一応とはなんだ一応とは、と思ったが、知り合いだと解って安心した表情のたまよの手前、あまり蒸し返すのはやめておこう。

「そうだったのですね。夫がいつもお世話になっております。私、妻のたまよと申します」

 婉容な笑みを浮かべて会釈するたまよを早川は暫しの間見つめていた。若干のいら立ちを覚えながら反応を待っていると、早川は大げさに驚愕の表情を浮かべた。

「……嘘だ!この超絶嫌な奴アンドめんどくさい性格大魔王の日神に、こんな優しそうな奥さんができるはずがない!」

 ……この野郎。

「あー、たまよ。ちなみにコイツがさっき話した、部下その1だ」

「ああ!あの駅で迷子になって、泣いてしまったという方ですね!」

 たまよの言葉に、早川は気まずそうな表情を浮かべて、その節はどうも、とたまよに告げてからこちらを向いた。

 おお、解りやすく憤慨の表情を浮かべている。怖い怖い。

「……奥様に何を吹き込んでるんスか」

「だって、事実だったろ?」

 まあ、涙声というのは若干の脚色があったかもしれないが。

「泣ーいーてーまーせーんー!泣きそうになっただけですー!」

 ……本当に泣きそうだったのかよ……

「大丈夫ですよ、早川さん。私もあの駅で迷子になったら、きっと泣いてしまいますから」

 あやすようなたまよの言葉に、早川が目を輝かせて、そうですよね、と同意を求めた。たまよは笑顔で、ゆっくりと頷く。そして、早川はこちらに何故か勝ち誇った表情を向けた。

 逐一、イライラする……

「それに、今度迷子になりそうになったら、正義さんに手を繋いでいてもらえば、きっと大丈夫ですよ」

 ……イライラを吹き飛ばしてくれるのは良いのだけれども。

「気色の悪いことを言わないでくれ」

「気色の悪いことを言わないでください!」

 ほぼ同時にそう告げると、たまよはキョトンとしてから、かしこまりました、と実に不思議そうに答えた。まったく、もう。

「で、何か用?」

 ひとまず嫌味の応酬をしていてもらちが明かないため、盛大な嘆息を吐いてからそう聞くと、早川はバツの悪そうな顔をして答えた。

「あ、いえ、ここに来たのは偶然なのですが、姿をお見掛けしたので、少し話をしておきたくて……昨日、月見野部長から例の音声を聞かせてもらいました」

「ああ、そうみたいだな」

 そっけ無く答えると、早川は拳を握りしめて力を入れた。

 掴みかかってくるかと思い身構えたが、早川は意外にも勢いよく頭を下げた。

「そちらの事情も知らずに、色々と生意気を言って申し訳ありませんでした」

 ……嫌味やら恨み言やらの一つでも言ってくれた方が、こちらとしては助かるんだが、全くもって調子が狂う。

「諸々のことについて一言も説明しなかったわけだし、悪事を働いていたのは事実だから……色々とすまなかったな。まあ、お前のおかげで、三輪にかけてしまった呪いが解けたわけだから、その点は感謝している」

「……今回の件、何かお手伝いできることはありますか?」

 ゆっくりと頭を上げた早川は、真剣な表情でそう言った。ああ、ひと昔前はこんな感じだったな。

「そうだな……じゃあ、そこの庭園で小枝を拾ってきて投げてやるから、取ってこい」

「いきなりなんてこと言うんすか!?」

 からかいに対して予想通りの反応が返ってきたため楽しんでいると、たまよが小さく咳ばらいをした。

「正義さん、真剣に力になってくれようとして下さっている方をからかうのは、あまり良くないと思いますよ?」

 その表情は、真顔に近いものになっている……これ以上からかうのは止めておこう。

「悪かったよ。とりあえず、こちらは間に合っているから、お前は三輪と仲良くでもしてれば良い」

 そう告げて、コーヒーを一口飲むと、早川の方から溜息が聞こえてきた。

「後半の言葉は、言われなくてもそうしますよ。ただこちらが真剣に心配しているのに、目一杯からっかってくれたので、お礼に会社で『ジャスティス・日神』というあだ名を広めておきます。復帰したら覚悟しておいてください!それでは、俺はこれで!」

 急いで振り返り抗議しようとしたが、早川は速足で去っていった後だった。

 人事課長にそのあだ名が知れたら、また厄介なことになるだろうな。

「全く、あいつは……」

 嘆息混じりにそう言うと、たまよが楽し気な表情を浮かべてクレープの最後の一片を口にした。そして、ナプキンで口を拭いてから笑顔で口を開いた。

「でも、良かったじゃないですか、何があったのかはよく分かりませんが、お二人ともお互いに謝ることができたんですから」

 まあ、確かにずっとモヤモヤしているよりは良かったのかもしれないけれども。

「それに、すたいりっしゅなあだ名をつけて下さるなんて、早川さんはいい人ですね」

 ……早川め、早速厄介なことになってしまったではないか。

 ひとまず、そのあだ名では呼ばないようにとだけ釘を刺して、コーヒーの残りを飲み干した。

 この後に行く場所で、知り合いに会わないことだけを祈ろう。

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