9
「どうして?」
疑問が、零れる。だって、彼はゴブリンで…。彼の王に命じられて、彼は離れたはずで…。どうして…。私の頭に疑問だけが現れて消えずにいる。
「ぐぎゃぎゃ。ぐぎゃぎゃ。」
そんな私を置いてけぼりにして、彼は声を出す。
「げはは?げは。」
ゴブリンの王は、不思議そうに声を出す。
「ぐぎゃぎゃ。」
周りを囲むゴブリンは、奇妙なものを見る様に鳴き声を上げる。
「なんで?」
私は、やっぱり疑問しかない。それしか声に出せない。
「ぐぎゃぎゃ。」
彼は首だけを捻り、私を見ながら声を出す。
「なんで?」
それが何を言ったのか私には分からなかった。ただ、彼の小さな背中が震えている気がした。
それは恐怖だろうか?
それは怒りだろうか?
それは、私には分からない。彼が何を思って立っているのか。私の頭の中は依然、疑問で一杯だ。
「げは!」
苛立ちを隠せないゴブリンの王が、クルシュに向かって声を荒げる。
そうだ。先程、彼は彼の王に命じられたはずだ。それなのに彼は、“その命令を無視して私の前にいる。”
「ぐぎゃ。」
彼は、短くただ短く自分の王に向かって声を出した。相変わらず、それを正確には私には理解できない。だとしても、私は…、私には、“退かない”と聞こえた気がした。
乱暴に拭ったそれらが、また流れる。どうして…。やはり私の頭には、それが埋め尽くさんと溢れ出てくる。
「げは!!」
「がっ!」
「クルシュ!!」
彼が、ゴブリンの王の一撃で、囲んでいたゴブリン共々横に飛んでいく。
疑問が頭埋め尽くしている私にできたのは、ただ声を出すことだけだった。
立ち上がれない。
体が動かない。
力が入らない。
又だ…。また私は、動けないでいる。
「ぐぎゃぎゃ。」
声が聞こえた。彼は、巻き込まれたゴブリンを押し退けて立ち上がった。
「何で…。」
彼がふらつきながら、私とゴブリンの王との間に立った。
「げは!!!」
彼は、今度は別のゴブリンの集団へと飛ばされた。
「ぐ、ぐぎゃ…。」
声が聞こえた…。彼は立ち上がって、こちらへ歩いてくる。
「や…。」
何度も。
「ぐ…。」
「やめ…。」
何度も…。
「…。」
「やめて…。」
何回も…。
「やめて…、やめて…。クルシュ、私は大丈夫だから…。」
それでも彼は止まらない。
「クルシュ!あなたが…、あなたが死んじゃう!!」
「ぐぎゃぎゃ。」
笑った気がした。クルシュが、ボロボロな彼がこちらを見て笑った気がした。
囲んでいたゴブリンはゴブリンの王の攻撃の余波でほとんどが倒れている。それ程までの回数を繰り返しても、彼は笑って私の前に立つ。
「いや…。」
私は、私には、どうしたら、どうすれば…。頭の中がごちゃごちゃになる。私は…。
弱虫な自分を鼓舞して体を動かそうとする。動かない。
動けないと思っていた体を動かそうとする。動かない。
苦しむ彼を救いたいと体を動かそうとする。動かない。
動いて…、動いてよ…。
彼を、私を守るために動く彼を。
彼を、私の騎士を…。
「助けたいの…。」
動いてよ!!
「げは?!」
ゴブリンの王が、私を見て驚いている。それはそうだ。座って動けなかった私が自分の足で立っているのだから。
「私の…、」
声が涙で掠れる。
「騎士を…、」
恐怖で、体はまだ震える。
「助けるんだ…。」
彼の小さく頼もしい背中を見ながら、声を出す。
私は弱い。
それでも救いたいと願う。
私は、彼に回復魔法をかける。彼の傷が癒えていく。
「げは…。」
ゴブリンの王が、呟くように声を漏らし、数歩後退する。
「ぶももももぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
その隙を突きようにクルシュが、駆け出そうとしたタイミングで、ゴブリンの王の後方でそんな鳴き声が聞こえた。
ゴブリンの王が、まだ立っているゴブリンが、クルシュが、私が、その鳴き声の発生源を見ると、二足歩行の豚…オークが安物の槍を持って立っていた。
感想、誤字報告などお待ちしております。