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揺れる。視界は暗いままだが、体に伝わる振動が心地良い。
暗く閉ざされた視界を、薄く目を開けることで、私は森の中をゆっくりと進んでいるのが分かる。
視界に映る木々の上空は、青く澄み渡っているようで、日の光が葉っぱの間を抜け辺りを照らしている。
「ぐぎゃ。」
揺れる視界の端に、緑の物体が映る。豚鼻に長く尖った耳。口は大きく裂けていて、目尻のつり上がった瞼の中に、よく見れば金色が見える。
典型的なゴブリンのようだ。
「ぐぎゃ。」
ゴブリンは、私が目を開けたのが分かったのだろう。嬉しそうに声を上げる。
ああ、良かった。
私は生きている。
彼が動いている。
私は救えた。
それが、今の私にとっては堪らなく嬉しい。
安心したからか、私は心地良い揺れを感じながら、意識を落としていく…。
「ぐぎゃぎゃ?!」
うるさいわ…。今は寝かせて?起きたら、いっぱい話をしましょう。
「ぐぎゃ!」
もう…。何言ってるか分からないわ…。自然と笑えた。久しぶりに、こんな自然に笑えた気がする。
笑えたのは、いつだったか?
忘れた。ただ、遠い昔だった気がする。
今度こそ、私の意識はゆっくり落ちていく。
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暗闇の中で、私は目を覚ました。どれくらい意識を失っていたかは分からないが、上空を見れば月が輝き、星が煌めく夜空が広がっていた。
ここはどこだろうと、辺りを見渡せば、夜空を映し返す湖が見える。
背後を見れば、これまた大きな木がある。どこかで見た風景だ。まるで、私が最初目が覚めた時に似た場所…っ!!
私は急に不安になった。私の記憶が正しいなら、彼は無事なはずだ。
でも、あれは夢なのではないだろうか?
私が作り出した幻想。
私は急に怖くなった。救えたと思った。
いや、救った気でいた。結局私は彼を救えなかった。
それどころか、彼を苦しませただけじゃないだろうか?
私はまた私の愚かさを痛感した。
彼を救えなかった。それどころか私は、死ぬまで彼を肉壁として利用しただけではないだろうか。
傷を負えども、死ぬ前に回復をされて…、それは地獄ではなかろうか…。
私は…、私は…。
「ぐぎゃ!!」
そんな時だ。魔物の鳴き声が聞こえた。
彼を救えなかった私にとって、それすらも救いだ。
彼を救えなかった私が、その彼と同じ種族のゴブリンに殺される。
所詮この世界は弱肉強食。弱い私は、ここで今度こそ死ぬのだ。
この世界に未練などない…。未練など…、無い…。
それでも、やはり死ぬのは怖いらしい。
座っている私の目の前に立つゴブリンは、普通のゴブリンより背が高く、瞳の金色が辺りの暗さでより目立っている。
そのゴブリンの右手には、何者かの血がべったり付いた剣が握られている。その剣の血に自分の顔が映り、情けなくも恐怖を感じてしまった。
それが私は情けなく、許せなかった。
彼を救えなかった私が、スライムに殺される彼らを救えなかった私が…。
やっと本当に死ねるのだ。
これでやっと、救えないと後悔をすることもない。
これでやっと、死を見ることがないのだ。
ああ、これが本当に救いなのだろう。私にとっての救い。
だがいつまで待っても、目の前のゴブリンは私を、その血塗られた剣で殺そうとしない。
「ぐぎゃぎゃ!!」
不思議に思っていると、そのゴブリンは嬉しそうに鳴き、彼と同じように私の前で膝をついた。そのままその首を垂れる。
やはりどことなく騎士のようで、でもちょっと不格好で。
もしかして、あなた…。
「ぐぎゃ。」
ああ、ああ…。彼だ。彼である。私が救おうとした彼だ。
生きていた。彼が生きていた。救えた。
嬉しい。さっきまで死ぬことしか考えれなかったのが嘘のように、嬉しい。
「ぐぎゃぎゃ?!」
彼が、こちらを見て驚いている。なぜだろうか?
ああ、そうか。私が泣いてるからか…。そりゃあ、急に泣き出したら驚くか…。
でも、止めれない。彼が生きているのが堪らなく嬉しい。嬉しくて、涙が止まってくれそうにない。
「ぐぎゃ?ぐぎゃぎゃ?」
彼は不思議そうに私に尋ねてくる。私には彼の言葉が分からない。それでも私を心配してくれるのが、伝わって嬉しい。
大丈夫、これは嬉し涙だから。
彼にも私の声は届かない。だから私は微笑む。彼が安心してくれるように。
「ぐぎゃ?ぐぎゃぐぎゃ。」
それは彼に伝わったようだ。その仕草が妙に人間臭くて笑ってしまう。
私が笑えば、彼も笑ってくれた。
『個体名なし。種族名ゴブリンフェンサーに、あなたは称号【精霊の祝福】を与えました。』
『あなたの祝福を受けた個体が現れました。その個体との“思念話”が可能になります。』
『あなたの祝福を受けた個体、個体名なし。種族名ゴブリンフェンサー。その個体が称号【精霊の騎士】を獲得しました。』
『あなたの祝福を受けた個体、個体名なし。種族名ゴブリンフェンサー。その個体が種族名ゴブリンフェンサーから種族名ゴブリンジェネラルに進化しました。』
彼と笑い合っていると、私の頭に無機質で、感情が感じられない声が響いた。
【世界の声】だ。
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