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 目が合った。目が合ってしまった。その目にある心は、諦めだ。生きることを諦め、現状に絶望をするそんな目。


 悪夢の中の私が、何度も見てきた民の目だ。

 病気を患った者。

 戦闘で負傷をした者。


 理由は様々でも、全ての人が同じ目をする。私が、民と接して一番多く見た目だ。そんな目を数えきれない程見てきた。


 私ができることは、回復魔法をかけることだけだった。それしか私にできることは無かった。

 弱者の私は、魔物を一人では殺せなかった。

 無能な私は、切り傷程度しか治せなかった。

 愚かな私は、重症者に全魔力をかけて治そうとした。


 だから、そんな絶望をした目でこちらを見る人を、何もできずに、何度も見送ってきた。

 私は、そんな彼らの笑顔を見れなくなった。

 いや、守れなかった。

 いや、救えなかった。

 いや、見殺しにした。


 私が、弱者で、無能で、愚かだから。


 彼、瀕死のゴブリンはそんな目をしていた。私を見るその目は、明らかに絶望しきっていた。そこには、救いがないことを理解している。


 確かに、スライムのような魔物が棲むこの森で彼の怪我は致命傷で、ここで私が何をしなくても、彼は死ぬだろう。

 彼は血を流し過ぎている。血の匂いに誘われ、その内に他の魔物が集まるだろう。集まらなくても、この大量の出血で死んでしまうだろう…。


 なのに、私は…。愚かで弱者で無能な私は、動いていた。彼への元へとふらふら近付いていた。

 光に集まる虫の様に。

 救いを求める民の様に。


 私は、彼に救いを求めた。


 弱者な私には、救えないはずだった。

 無能な私には、救えないはずだった。

 愚かな私は、それでも彼を救う行為で、救われようとした。


 先程民を捨て、自分可愛さに逃げた行為から救われたかった…。いや、それすらからも、私は逃げだした。また逃げた。

 貴族の誇りという理想。そんな夢を私自身が、捨てた。捨てて、逃げ出して。


 気付けば、目の前に切り傷で血まみれのゴブリンがいた。先程のヒューマに追い詰められ、額には浅いが切られている。そこからも赤い血が流れている。辺りにはゴブリンから流れた血で地面にシミができている。そのせいか、鉄を含んだ匂いが充満している。


 嗅ぎ慣れた匂いだ。この匂いを嗅ぐと、決まって何かが死んでいる。みんな一様に諦めた目をしながら。


 私は、手を伸ばす。

「ぐ、ぐぎゃ…。」

 大丈夫、私は無能でも、全魔力を使えば動ける程には回復できるはずだ。


 ゴブリンの体が光る。何度も見た回復魔法の光だ。ただ、いつもより光が強い。それに私の魔力が減っている気がしない。なんでだろう?私の魔力総量が増えた?なんで?どうして?


 いや、そんなことはどうでもいい。今、私は彼を救える。救うことで救われる。


 光が収まると、ゴブリンは立ち上がった…。やっぱり、ヒューマの子供程度のゴブリンですら大きい…。

 魔力総量の変化は、この体に起因するのではないだろうか?


 ゴブリンは、ゆっくりこちらに近付くように足を折り、ひざまづいた。それはどこかの騎士のようで。でもどこか、不格好でお礼を言われているようで。


 お礼を言うのはこちらだ。

 あなたを、救えてよかった。

 救えて、救われた。

 私は、あなたに救われた。

 ありがとう。


 清々しい気分に包まれるのが自分でも分かる。

 

 でも、ここは魔物が蔓延る森だ。辺りを見渡せば、さっき彼が流した血の匂いに釣られてウルフが集まってきた。

 ウルフは、毛並みが黒色だ。だから森の中では、彼らの赤色の瞳だけが不気味に、こちらを眺めている。


 先程の、スライムの恐怖が蘇る。


「ぐぎゃ!」


 私は気付いたらゴブリンの彼に捕まれていた。そこに恐怖はない。


 彼は、私をその両手で自分の胸元へと抱え込む様な形で、その場で蹲った。


 直後、聞こえるのはウルフの雄叫び。ウルフの呼吸音。彼の心臓の音。何かが走る音。様々な音が聞こえる。様々な衝撃が彼を通じて、私に伝わる。衝撃と共に生暖かいものが、私に触れる。

 それは、鉄の匂いがした。先程、周辺に漂っていた匂いと同じだ。

「ぐ。」

 その量が増える度に、彼の辛そうな声が聞こえる。


 ダメ。あなたが死んじゃう…。逃げて…!逃げて、私を置いて逃げて!

「ぐ。」

 それでも彼は動かない。ウルフに噛み付かれ、引き摺られようとも…。


 私にできることは無いか。私を救ってくれた彼に、私にできること…。

 ある。私にできることは、これだけ。彼を光が包む。

 回復魔法だ。

 私にできることだ。


 それでも、衝撃は続く。

 それでも、彼は動かない。

 それでも、私ができることを続ける。


 何度も続ける。何度でも続ける。ひらすら続ける。



 衝撃が、弱くなってきた。

 彼は、動かない。

 だから、私は続ける。

 …


 不意に、衝撃が止んだ。

 それでも、彼は動かない。

 だから、私は続ける。

 …


 音が止んだ。

 それでも、彼は動かない。

 だから、私は続ける。

 …


 血の匂いがしなくなった。

 まだ、彼は動かない。

 だから、私は続ける。

 …


 私の魔力が尽きた。

 まだ、彼は動かない。

 だけど、私は続けない。


 そのまま、私は意識を失った。


――――――――――――――――――――――――――――


 『個体名なし。種族ゴブリンが、称号【精霊を守りしもの】を得ました。』


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