15
クルシュと精霊は、ダンジョンという暗闇の中を歩き続けている。二人の間にある隔たりに気づかぬまま歩を進めてきた。そんな彼らの前に現れたの広い、そうただ広い空間だった。二人がその場所に足を踏み入れた瞬間、その広場のような空間は光に包まれた。
その光に暖かさはない。
その光に温もりはない。
その光にあるのは、恐怖。
そんな光。
その光にあるのは、拒絶。
そんな光。
そんな光に照らされたその空間は、どこか寂しそうにも、悲しそうにも感じた。
「ここは?」
精霊は不思議そうに呟いた。
クルシュはもただ首を捻るばかり。
分からない。しかし異様。
分からない。しかし今までの一本道とは明らかに違う場所。
それがその空間。
異様だとしても彼らは進むしかない。なぜなら、ダンジョンに飲み込まれた少女を救いたいから。
ダンジョンの入り口から、この空間までは一本道。
彼らがその空間に突入した場所の反対側に先に進む道が見えた。
「行きましょう。」
精霊はそう呟き、止めていた足を踏み出した。
その呟きはクルシュか、はたまた自分に対してか。
それは定かではないが、彼女たちは動き始めた。
一歩。たかが一歩を慎重に進めていく。
ちょうど彼女達がその広場のような場所の中心にさしかかった時、それは起きた。
「クルシュ!!」
精霊は叫んだ。
壁から。
地面から。
それらは現れた。
麻痺していた嗅覚に容赦ない腐臭が。
無音を拾っていた聴覚にも夥しい音が。
土の壁しか写してなかった視覚にも数えられない程の異形が。
前も、後ろも周りはゾンビ、スケルトンといった魔物ばかり。
「モンスターハウス…。」
精霊は思い出した。ダンジョンに存在する罠の中でも最も凶悪な罠の存在を。
その罠は、多くの命を奪ってきた。
内容は、単純かつ明瞭。
物量で攻める。それだけ。
単純が故に凶悪。
明瞭が故に困難。
それが、クルシュと精霊が嵌った罠である。
△△△
眼前に広がるのは、魔物。見渡す限りがアンデッド系の魔物が埋め尽くしている。
「ど、どうして…。」
目に入ってしまった。
「なんで。」
普通の大きさのスケルトンやゾンビに紛れて、四つの足で立つそれがいるのを。
「う、ウルフ?」
ああ、分かっている。あれは、まさしく森で見たことがある“それ”のゾンビとスケルトンであるなんて。
でも、それを私の頭は否定したがる。
それじゃあ、私の…―――。
「ニゲテ。」
私の思考を、クルシュのその言葉が遮った。
「ク、クルシュ?」
「アルジジャマ。ニゲテ。」
突き放す様に言われた。私はそう感じた。
「ボクハ、ダイジョウブ。」
クルシュがこっちにそう笑顔を向けてきた。
分かっている。
「で、でも!!」
「アルジ!!」
私が二の句を繋げようとしたタイミングで、クルシュが私の後ろに庇いながら、私が元いた所に拳を振るった。
ウルフのゾンビだった。
それが私の後ろから来ていたのだ。それをクルシュが守った。守られた。
「ニゲテ。」
分かってる。
クルシュが拳を振るう。それだけでゾンビは砕ける。スケルトンも時間がかかるが、大差なんてない。
ただ、ウルフのゾンビやスケルトンはそんな姿であっても、素早く動き回りクルシュの攻撃がなかなか当たらない。
次々来る魔物をクルシュが“私を守りながら”対処する。
分かってる。
「クルシュ!!」
私を守るために、クルシュが怪我をした。即座に回復魔法をかける。私にできることはこれだけ。
分かってる。
それでも!!
私は守るんだ。
私は救うんだ。
私は、私は!!
それでも、クルシュに傷が増えていく。
「私は、もう自分の大切の人が傷付くのを黙って眺めていたくない!!」
分かっている。
私は、愚かだ。
分かっている。
私は、弱い。
それでも…!!それでも!!
「キャッ。」
「アルジ!!」
ウルフのスケルトンに押し倒された。
気付いたクルシュが近づいたタイミングで、離脱していった。けれど…。
私のせいだ…。
分かっている。
私のせいで、また…。
「アルジ、ダイジョウブ。」
クルシュがそう言った。呟いた。
「アルジハ守る。」
確かに聞こえた。
でも…。違う…。
このままなんて…。このままじゃ…。
私はまた…。
守るんだ。私は…。
戦うんだ。私は…。
守るために戦うんだ。
「戦うわ。」
私も。
立ち上がる。
あの時とは違う。
クルシュの後ろに立った。
「アルジ…?」
不思議だ。今なら戦える気がする。
不思議だ。今なら強くなれる気がする。
私は…。
「私もクルシュと一緒に戦う。」
そう口にした瞬間。
『精霊識別番号1267435881、治癒の精霊の意思を確認。当該精霊の騎士の存在を確認。』
『精霊識別番号1267435881、治癒の精霊の祝福では発動ができません。加護を与えますか?』
頭にそんな言葉が響く。
気付いたら、頷いていた。
『精霊識別番号1267435881、治癒の精霊の意思を確認。』
『あなたの祝福を受けた騎士に加護を与えました。』
『条件の達成を確認。これより精霊識別番号1267435881、治癒の精霊の器化を開始します。』
その言葉を最後に、私の視界は光に包まれた。
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