12
空は白み、新しい一日が幕を開ける。クルシュと精霊の二人は、目が覚めると同時に行動を始めた。
ただ、彼らのその歩みに目標は無い。行く当てはない。強いてあげるなら、ゴブリンの集落から離れる事だろうか?
今の彼らでは、ゴブリンの王には勝てない。オークにも勝てない。それ程に彼らは弱い。
出会えば、それらは彼女の救いたいと願ったものを奪うだろう。
出会えば、それらは彼の守りたいと願ったものを奪うだろう。
それを想像するのは、簡単である。
簡単であるから、逃げる。
逃げるために歩いていく。
彼らに行く当てなどない。それでも、進まねば奪われる。
日中は歩き、夜中は身を寄せ合い眠る。そんな生活を続ける。
「あれ…。」
日にちの感覚は曖昧になりつつあった。そんな折に彼らが見つけたのは、森の中に存在する小さな洞窟。
小さく、されど異様な洞窟。
異様で、悪臭を放つ洞窟。
それを形容できる言葉は数あれど、それは一つを表すものでしかない。
ダンジョンである。
魔物の一種であり、魔物を産み出す魔物。
ダンジョンコアと言う心臓が動く限り、それは動き続け、その体を大きく肥大化させていく。それに限界は存在せず、物や人を喰らいつくす為の手段を考えるそれは、洞窟や建物でも無く、一つの生物である。
「何かいる?」
そのダンジョンと思しき洞窟の前。そこには、一人の少女がいた。
その少女は、精霊とは対照的な少女だった。
その髪は、全てを吸い込むような夜を匂わせる漆黒。
その瞳は、宝石の様に輝く紅。
ただ、対照的な色彩の少女と精霊の二人は似ていた。
顔の造形、髪の長さ、そして彼女の纏う雰囲気が酷く似ていた。
儚げで、悲しみを抱えて、それでも前へと進もうとする強い意思を感じさせる瞳は、色彩は違えど似た者であることを簡単に想起させる。
ただ、それを精霊は言った。
“何か”と。“誰か”では無く。
それを感じ取った精霊も無意識に発していた言葉。
小さな違和感。
いや、大きな違和感だったはずである。
それに気付かないまま、事態は動いていく。
△△△
一目見て綺麗な髪だと思った。ダンジョンだと思う洞窟の前で、少女が立っていた。
「こんな所で、何をしているの?」
遠目で見える少女が、こんな魔物がいる森で何をしているのだろう?
「…。」
「!」
呟きが聞こえたのか、少女がこちらを向いた。表情が遠目では分かり難いけれど、笑っている?
ざわり。
瞬間だった。
洞窟から伸びてきた無数の黒と白の手が、少女を掴んだ。
まるで、逃がさないぞと言わんばかりに。
まるで、誘う様に。
まるで…。
気付けば少女は、居なくなっていた。
分かってる。
ダンジョンに飲み込まれたのだ。
目の前で起きたことが信じられない。何より、あんな光景を始めて見た。あれは一体なんだろうか?疑問が生まれる。
だが、疑問は生まれたが、私の体は立ち上がっていた。
「アルジ?」
クルシュが私に声を掛ける。分かっている。
それでも…、私は理想を完全には捨てられない。
「助けたい。」
助けたい。救える者ならば救いたい。それが私の理想で、私が死んでも捨てれはしなかった事だから。
「クルシュは待ってて。」
ずるいな…。我ながら思う。彼が、こんな言葉で待ってくれるわけがない。でも言わずにはいられなかった。
あの人は、説得を諦めてくれったっけ?
あの人は、一緒に来てくれたっけ?
あの人は、防具をくれたっけ?
あの人は、笑ってた…。
ううん。多分、みんな私を笑っていた。
無能な私を。
「アルジ?」
「え?」
驚いた。彼は、クルシュは私を見ていた。後ろを振り返る様に。まるで、どうして止まってるんだ?と言わんばかりに。
「イク。タスケル、チガウ?」
語りかける様に。
背中を押す様に。
励ます様に。
クルシュは、私に声を掛けてくれた。
捨てられない理想。
幼い頃から思い描いた理想。
何度も“わたし”を立ち上がらせてくれた理想。
ならば、私がする事は、それを貫くだけだ。
感想、誤字報告などお待ちしております。