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私は、目を覚ました。そこは湖だった。正確には、湖のほとりにある森の木のうちの、一本を背にして座っていた。背にした木はとても大きく、私が座った状態でその木の根を見上げるほどだった。
そう言えば、ここはどこだろう。私は、こんな場所を知らない。悪夢の続きだろうか?
私は、さっきまで悪夢を見ていた…。多くの人間に侮蔑の目を向けられ、信じていた者からは裏切られた。侮蔑の目は、徐々に嘲笑に変わり、笑う。
ある者は、こちらを指差しながら。
ある者は、手にした飲み物をわざと私に落としながら。
ある者は、私の婚約者だった。
ある者は、私の従者だった。
ある者は、私を守る騎士だった。
どのすべてが、私をその目、行為から守ってくれなかった…。
私が何をしたというだろう?
私が誰を傷付けたのだろう?
私が生きているのが邪魔だったのだろう。
私はいつも一人だっただろう。
そうだ。今思えば、私は誰にも愛されてなかった。それだけだ。だから、私は…。
私は、そうだ。婚約を破棄されて、殺された。
婚約者に捨てられた。
最愛の両親から捨てられた。
王族から捨てられた。
貴族社会から捨てられた。
取り巻きから捨てられた。
信じた従者から捨てられた。
守ると誓ってくれた騎士に捨てられた。
全てに捨てられた。だから死んだ。あれは悪夢だった。
ギロチン台に自分の首を載せた感触。
こちらを物珍しく見る民。
私の死刑の執行をするのは私を守るっと言ってくれた騎士。
私の最後を見届けるのは、彼と民。それだけ…。
今更だが、彼は一度もを私を見てなかった。彼が見ていたのは、私では無く、私の貴族の地位だった。それが無ければ、彼が私の元を離れるのは必然で、当たり前のことだった。
あれは悪夢だった…。では無い。ああ、確かに私は死んだはずであった…。ならなぜ私はここに生きている?そして、ここは何処だ?
私は、何をすべきだろうか?現状の整理?場所の特定?いや、場所の特定は、現状が分からない内に行うべきで無い。
つまりは、現状の整理だ。
私は死んだ。これは間違い無い。じゃあ、なぜ私の意思はここにある?
ここを、死後の世界だと仮定しよう。案外この仮定は、正しいのではないだろうか?
ある神官が言っていた話では、死後の世界は空気が澄んでいて、綺麗な水が溢れる自然豊かな桃源郷という話だったはずだ。当時は、死後の世界に行ったことの無いのに、どうしてそんなことが言えるのか分からずに聞くと、神官は笑顔が固まっていたな。
その後小声で、可愛げの無いガキだと言っていた。その頃から、私は誰からも愛されていなかった。
いや、今はそんな話をしている場合では無い。現状の整理を続けよう。
恐らくここは、死後の世界だ。争いのない静かなこの空間。きれいな水に満たされた湖は太陽の光を反射して、キラキラ光っている。
静かだ…。今まで私が生きてきた世界が、いかに騒がしく孤独であったか。今なら理解ができる。この空間にいるすべてが私を受け入れてくれるのが分かる。静かで見えないが、確かにそこにあるものが、私に一人ではないと教えてくれるようだ…。
ここが死後の世界であるなら、私はずっとここに居られる。幸せだ、これまでに感じたことの無いほどに。気持ちも、我がことながら、穏やかになるのが分かる。
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どれくらい、ここでじっとしていただろう?寝てしまっていたようだ…。ただ、その寝起きが良くなかった。
どこかで、金属が擦れる音や、武器を打ち付ける音が聞こえる。そう、聞こえてしまった。
この死後の世界と思っていた空間で、私以外の存在がいるであろう声が。
そして、聞こえてしまったら、気になってしまった。気になって、私はそこを動いた。動こうとして、浮いた。そう、浮いた。死後世界なら実体のない私が、浮くのは別段おかしいことはないと、納得した。
私は、音のした方へ浮いたまま動くことにした。浮いたままでも移動には支障はなかった。森の中を空中を泳ぐように進む。移動するにつれ、徐々に音は大きくなってきた。大きくなるにつれ、声が聞こえた。
「挟みうちだ!」
「おう!」
「ぐぎゃ!」
「へ、ゴブリンなんて雑魚だぜ!」
「こら、気を抜くな!私たちにとっては適正レベルなんだから。」
そこには、三人のヒューマと、一匹のゴブリンがいた。ただ、サイズがおかしい。私以外の三人と一匹がでかい。これじゃあまるで、妖精とヒューマぐらいの差があるではないか…。
私は、だから呆然としてしまった。だから、これも必然。妖精ぐらいの大きさの私が彼らに見つかれば。
「あ、あれ妖精だ!」
妖精と判断されてしまうのは。本来、妖精は発見されにくく、見つかれば素材として価値が高いものが得られる。
だから、これも必然。瀕死の価値の低い、雑魚の代名詞であるゴブリンを無視して、私を捕まえようとするのは…。
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