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七、遊女の娘

 母の話を聞き終えた私は、憤慨していた。

「何よそれ! そんなの……そんな話、信じられるわけないでしょ!」

 分かっている。母は私をからかおうとして嘘をついているわけではない。

 今までしまいこんでいた秘密を、打ち明けてくれただけなのだ。

 だからこれは、母のせいではない。母を責めても仕方のないことだ。それは、分かっているつもりだったのに…。

 けれど、私はこれまでずっと商家の主人とその妻・お照の娘として過ごしてきた。

 だから、いきなり「あなたは実の娘じゃない」などと言われて、それがすんなりと受け入れられるはずがなかった。

「信じられない! どうして黙ってたのよ!」

「それは……当時、あなたはまだほんの赤ん坊で、きっと事実を告げれば混乱してしまうと思ったから…」

 心なしか、母の目に不安の色が交じる。

「それでも……もっと早くに伝えてくれてもよかったはずだわ。せめて、私が理解できるような年になったころには…」

 ずっと嘘をつき続けられてたという事実が嫌なんじゃない。

 ただ、家族だと思っていた母に、隠しごとをされていたのが悲しいだけだ。それもすっごく重大な。

「じゃあ私は何なの!? お母さんの娘じゃなければ、その遊女とその客――つまり、誰か分からない父親の娘ってこと!?」

「尚、そんな言い方はやめて。お恵さんは…」

 そんなの知らないわ! 私はカッとなるのを抑えきれずに、母にこう言い放った。

「その人は、私を捨てたってことでしょう? 母親でもなんでもないわ!」

 言いすぎた…と思ったときには遅かった。涙で顔を濡らした母が腕を振り上げ、私の頬を強く張り倒していた。

「いい加減にしなさい、尚っ!」

 もしかしたら初めて聞いたかもしれない、母の魂からの叫び。私は母が本気で怒るところを、今、初めて目の当たりにした。

「おかあ、さん…?」

 まだひりひりと痛む頬を押さえ、目をしばたたく。

「いくらあなたでも、お恵さんのこと悪く言ったら承知しないから!」

「ご、めんなさい…」

 ようやく口に出した謝罪の言葉は、声にもならない呟きだった。

「でも私……まだ信じられないのよ。会ったこともない手紙の女性が、私の本当のお母さんだなんて…」

 張り倒された頬に、一筋の涙が伝う。その間、母はずっと私の目を見据えていた。

「私のお母さんは、お母さんだけよ。そうでしょう?」

 母は、何も答えなかった。

「ちょっと、なんとか言ってよ! 黙ってちゃわからないじゃない!」

 それでも母は何も言わない。私は、覚悟を決めた。

「――もういいわよ。こんな家、出ていってやる!」

 立ちすくむ母の横を通り抜けて、私は手ぶらのまま店を飛び出して行く。

 行き先は、どこでもよかった。ただ、混乱した頭を、夕暮れの涼しい風で冷やしたかった。そんなときだ。

「あれ…? お尚じゃないか?」

 ふいに呼び止められて、思わず振り向く。そこには、小さい頃に見慣れた懐かしい顔があった。

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