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六、お照の話~お恵とお尚~

 器量がよく、手先も器用なお恵さんの仕事ぶりはなかなかのもので、彼女は瞬く間に店でも評判となった。(高尚な娘に育ったかは別として、尚は彼女に似たなかなかの美人だったけれど、器用な点では全く似なかったのね…)

「よう、お恵ちゃん。今日も綺麗だね」

「お照ちゃんにお恵ちゃん――愛想のいい若い女の子が二人こうして店先に出てると、こっちまで嬉しくなっちゃうわね」

「お恵ねーちゃん、またおいらにおもしろい遊び教えてよ! 覚えて、友達にジマンするんだ!」

 近所のおじさんやおばさんから、小さな町の子供たち、それから若いお兄さんたちまで…。

 みんな、あっという間に彼女の魅力のとりこになっていた。

――彼女がいれば、小さなこの店も…この町も…ぐっと賑やかになるだろう。

「私、自分がこんなに商売上手だなんて思ってもなかったわ……あ、ちょっとうぬぼれすぎかしら?」

 いつもの自嘲を含む笑いも、今は、あのときのような影はない。

「きっと、お恵さんは人を惹きつける力があるのよ。それって商売人にとって一番重要なことだわ」

 彼女にそんな魅力があるからこそ、客はまた彼女に会いたいと…お喋りがしたいと店に来る。

 そしてそこに、『売りつけよう』という精神ではなく、純粋に『商品を勧めたい』という気持ちがあるからこそ、客は増えて行くのだ。

「そうかしら? なんだか面と向かってそう言われると、照れちゃうわね」

 でも、それもお照さんが私を雇ってくれたおかげね……と彼女はまた人懐っこい笑みを浮かべる。

「あなたにも旦那さんにも本当に感謝してるわ。こうして見ず知らずの私を雇ってくれて、娘共々お世話になっちゃって…」

「感謝するのは私達の方よ。あなたが来てから、店の売上、ぐっと伸びたもの。

あなたさえ良ければ、ずっとここにいてもらいたいわ。あなたにも、お尚ちゃんにも。これは夫も同じ気持ちよ」

 すると彼女は考え込むようにしばし黙りこみ、やがて一言、こうささやいた。

「ありがとう……お照さん」

 その言葉は、単なる感謝の言葉にすぎず、もっと幅広い意味が含まれているように思えた。

 それを感じ取ると、なんだか私の方が恥ずかしくなって、慌てて顔を背ける。

「そんな……私はあなたにお礼を言われるようなことは、何一つしてないのに…」

「でも嬉しかった。どうか、これからも私と尚をよろしくね?」

 なんて言ったらずうずうしいかしら…とお恵さんはいつものように自嘲気味に微笑んだ。

 けど数日が経ったある日。私が目を覚ますと、彼女の姿はどこにもなかった。

茶の間に置かれた小さなちゃぶ台の上には、あの手紙――尚が見つけた、『お照さんへ』と書かれているあの手紙だけ…。

 穏やかに眠る幼い娘を寝室に残したまま、彼女はこの店を出て行ってしまったの。

 それは、あまりにも突然すぎる出来事だった…。

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