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五、お照の話~未来を照らす存在~

「だったら、うちにいてください。夫もそういうと思います」

「でも…」

 顔を上げ、驚いた表情で彼女は私を見る。

「何なら、うちの店で働いてください。あなた美人だから、ひょっとしたらお客さんが増えるかもしれないわ」

 その提案に彼女は涙を流して承諾し、うんうんと激しく首を振った。

「ところで、あなた、名前は?」

「“けい”よ。『恵み』という字を書くの。そしてこっちが“なお”――私が付けたの。

『高尚(上品の意)』の“ショウ”という字を書いて“尚”。まあ、私以外につける人もいないんだけどね」

 お恵さんはまた自嘲気味に、だが今度は満面の笑みで答えた。

 そう……彼女の抱えていた赤ん坊は、彼女が私に託した娘であり、尚――あなたのことだったのよ。

 黙っていてごめんなさいね。でも、私にとってもあなたは大切な『娘』だった……血は繋がっていなかったけどね。

「お恵さんに…お尚ちゃん…いい名前だわ。私はね、“てる”っていうの。『照らす』って書いて“てる”」

「あら、ありがとう。お照さんもいい名前ね。照らす、と書いて……ふふ、まさにお照さんは私の人生を照らしてくれた人だわ」

「ふふ…。そんな風に言われたのは初めてだけど、悪い気はしないわね」

 思わず笑みが零れる。いつのまにか、彼女の人懐っこい笑顔と性格に惹かれてしまっていた。

 その彼女の言葉に、深い意味があるとまでは気付かなかったが。

 だって、自分がまさか――未来さきが見えずにうろたえていた人間の道を照らす存在になっているなんて、誰が思うだろうか?

 まさか目の前にいるこの女性が、これまで遊女として生きてきて、けどある日娘のためとこれまでいた場所を飛び出して。

 右も左も分からずに立ち往生しているところを、偶然私に出会って。

 未来さきの見えない人生に光が照らされた…と感じているなんて、誰が想像できる?

 私はただ、倒れた彼女を介抱し、お腹をすかせた母娘おやこにご飯を作って用意しただけ。ただそれだけなのに。

「ありがとう……本当に感謝してるわ、お照さん」

 お恵さんは私の手を取り、視線を合わせてもう一度そう告げた。

「でも本当にいいの? 私、本当に行くところがないから、今の言葉……きっと本気で受け取ってるわ」

「私だって、もちろん本気よ。元々夫と二人で切り盛りしている店だから、あなたがその気なら、人手が増えてこちらこそ感謝の気持ちでいっぱいだもの」

「ありがとう。私、精一杯働くわ!」

 彼女はそう言って顔を綻ばせ、私達はすっかり仲良くなって二人笑い合っていた。

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