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四、お照の話~哀しき遊女~

「ここは……?」

 しばらくして、女性の方が目を覚ます。

 彼女は部屋中をぐるりと見渡してから、ここが見知らぬ者の部屋だと分かると、急にそわそわしたような顔つきになって言った。

「あの子は……あの子は、無事ですか?」

 まだ顔色が悪い。私は針仕事をしていた手を止め、彼女を宥めるように、にっこりと微笑みかけた。

「ええ。お乳も飲んでくれましたし、今はほら……お隣でぐっすりお休みですよ」

 と、彼女の隣に眠る赤ん坊を指差す。気持ち良さそうに眠る赤子を目に、彼女がほっと胸を撫で下ろすのが見えた。

「よかった……」

 けど安心したのも束の間。彼女は急に眩暈めまいを起こし、私は慌てて駆け寄り背中を支えた。

「だ、大丈夫ですか?」

「え…、ええ…」

 衰弱しきった顔で、力なく頷く。それを見て、もしやと思った。

「お嬢さん、もしかして何も食べてないんじゃない?」

 彼女は、申し訳なさそうに頷く。それを見届けると、私は階下の台所へ駆けこみ、大急ぎでおかゆを作りあげた。

 お盆の上におかゆの入った器を乗せ、それを彼女の前に差し出す。

「ほら、ゆっくりでいいですから……おかゆ、召し上がってください」

「あ、ありがとう……いただきます」

 一体何日食べていなかったのだろう。余程お腹が空いていたのか、無心になって食べ続けていた。

 そうして、ごちそうさま…と椀を置くと、彼女は唐突に話し始めた。

「私、若くみえるでしょう? まだ二十歳なんです。“まだ”っていうのも変なんですけど…」

「はぁ…」

 そう言われてみると、私とも大して変わらない年頃のような気がした。彼女がなぜこんなことを言い出すのか、検討もつかなかったけれど。

 そんな考えを巡らせていると、彼女は赤ん坊の方に目をやって言ったわ。

「この子は……私の娘なんです」と…。

――娘さんだったのか、妹さんではなく。

 この時代は(後世と違い)早婚や若年出産も少なくないけれど、私はそのとき、驚きのあまりに声も出なかった。

 私と年の変わらない若い娘が、産んだばかりと思われる乳飲み子を連れている。

 私と年の変わらない若い娘が、ひどいほどにやつれて立ちくらみを起こし、あろうことか餓死しかけている。

 何があったのか、詳しい事情までは分からない。

 ただ、この狭くも広いこの世の中に、これほどまでに苦労して生きている人間がいるなんて。それもまだ若いのに。

 そんなことを考えながら唖然とする私をよそに、彼女は続けた。

「実は私、遊女で……客との間に子供を身ごもらせてしまったんです。悩んだんですけど、結局産んで…――なんだかおかしな話でしょう?」

 そう言って自嘲気味に笑う。そうすると、このとても美しいはずの若い女性が、何だか急に老けこんで見えた。

「おかしいなんて…そんな…」

「いいのよ、自分でも分かってますから。でも私、この子を産んだはいいけれど、その後のことを考えていなかったんです」

 彼女は一瞬私の目を覗き込んだが、居た堪れなくなったのか、すぐに視線を落とした。

「遊廓で育てるとなれば、お店の先輩方にも、他のお客さんにも迷惑をかけることになる。

それに遊廓で育ったこの子が大きくなったとして、その事実をどう受け止めるか…。

いっそのこと、長屋にでも暮らして普通の子として生活させてあげた方が、この子のためになると思ったんです。

だから私、こっそり遊廓を抜け出してきたんですけど……。今度は、手持ちのお金が尽きてしまって…」

 笑っちゃうでしょう、こんな人生…と彼女はまたも自嘲気味に笑う。聞けば、それはここ2,3日の話だというではないか。

 私は、そんな彼女の力になりたいと思った。

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