2/13
序章
城下町の外れ。達筆な文字で『たいら』と書かれた暖簾を店先から下ろしながら、ふと女将は溜息をつく。
彼女が店の常連である井助に自らの打ち明け話をするのは、もっとだいぶ先の話になる。
6歳の頃に自ら遊女を志し、20歳のときに遊廓を飛び出して、もうすぐ30年。あのときの娘は、どうしているだろうか。
「なんて、私が言えたことじゃないわね」
まるで誰かに語りかけているような、そんな口調だった。だが、店じまいしたあとのこの店には、客は誰もいない。
「捨てたのは、私の方なのに。どうして今更こんな気持ちになるのでしょうね」
彼女の独り言に答えるように、庭の桜紅葉が夕日を受けて、ひらりと風にそよいだ。