何年後かのエピローグ・香りのお店においでませ
それから数年の月日が流れた。
マルティス村の春の野原を、三人の親子づれが歩いている。桃色の目をした男の子が、大きな声でぐずっている。
「ねーまだー? っていうか、こんな野っ原にお店なんてほんとにあるのー?」
「あるさ! ほらこの通り、ちゃんと小道が存在するんだ、店もある! あってほしい!」
「あってほしいって、とーちゃんそれは『単なる希望』じゃん!」
「いや! 見えてきたぞ、ほらあそこにお店!!」
「げーっまだあんな遠いじゃんーっ!!」
ぐずぐずぐずる男の子の背中に手を触れ、若い母親がはっぱをかける。
「ほらほら、ニンジャならこんなことでへこたれない! お店につけば、きっとおとっときの香茶をごちそうしてもらえるわよ?」
「うおー! 拙者ティーソーダが良いでござるー!!」
異国のテレビ番組に夢中な息子は、あっさり設定にのっかってきた。
「――んん? ティーソーダを所望するニンジャって、はたして存在するのだろうか……?」
「ほらほらあなた! そんなことで妙にマジメに考えない! ほら、フレィズもごねないの! 歩くのよ、歩けばいつかは着くわ!」
幼い息子の名を呼んで、母親がびっと晴天を指さした。
「もー歩くのやだー」と嫌がる息子と、考える夫を急かしつつ、店に着くまではあと半時間はかかりそうだ……。
* * *
「ほーら、ついに着いたぞぉ!」
「せ、拙者のどがカラカラでござる……!!」
「うわぁついにやって来たわぁ! 『香りのお店・ファカルナ』よっ!!」
何やかんやと玄関先で騒がれて、十二歳になったカリアが香茶のカップから顔を上げた。
「何かおもてがにぎやかだね。お客さんかな?」
接客するはずの両親は、週末恒例のデートに出かけている。少女の夢見る『王子様』のような容姿に成長したカロンが、ほんのちょっぴり緊張気味に席を立つ。
「店番、接客はちょっと苦手なんだよなぁ……」
「大丈夫! ちゃんとあたしもいるからっ!!」
「はいはい」
生返事をしたカロンが扉を開ける前に、親子連れは弾けるように店内になだれこんで来た。男の子が汗だくになって、カロンのひざにがぶり寄る。
「おお、これはお若いご主人! 拙者、ティーソーダ所望でござる!!」
『あぁこら、フレィズ!!』
両親にダブルでたしなめられて、フレィズがぶーっとほおをふくらませる。男の子の名を耳にして、カロンの表情がぱっと一気に明るくなった。
『フレィズ』。
ここよりずっと海に近い、アルミッレ町の方言で、海苺という意味だ。
「あぁ、あなた方もしかして……っ!!」
満面の笑みを浮かべた母親が、嬉しそうにうなずいた。それからテーブルの上に置かれた、開きっぱなしの本へと目をとめる。
「あ! あの姫海苺のしおり、まだ使っててくださったの?」
「はい、だいぶん重宝してます。どうぞこちらへおかけになって……ただいまお茶を淹れますね」
「おお! 拙者、ストロベリーのティーソーダが良いでござるー!!」
「こら! オーダーが増えてるわよっ!」
母と子の親子漫才に、カロンが温かく苦笑する。
やがて入った木苺の紅茶と、ストロベリーのティーソーダの香りがふんわり入り混じり、店内は何とも甘くて優しい香りに満たされた。
――ああ。幸せな人にも、幸せじゃない人にも、この香るお茶を飲んでほしい。
幸せじゃない人は幸せに、幸せな人はもっともっと幸せに、……このお茶を飲んで、なってほしい……。
祈りのようなそんな想いに、胸の中まで満たされる。
口に含んだ『香らない香茶』は、カロンののどを滑り落ちて、あったかい熱になってふくらんで、青年のとびきりの笑顔になった。
……それからいろいろ話が弾み、二時間も経った頃だろうか。からんからん、とベルの音がして、玄関のドアがからりと開いた。
「おやおや、なんだか店がにぎやかだねえ? お客様かい、カロン、カリア?」
ふっとにこやかな声がして、デートを終えた両親が二人仲良く帰ってくる。カリアがぴょんと仔うさぎのように走り寄り、パパとママの手をとった。
「ねえねえ! お兄ちゃんの海苺のお客様、いらっしゃったの!」
「うみいちご?」
「うん! あのねえ、前にお兄ちゃんが『海苺の幻術』で、このお二人に人助けをね! で、この息子さんの名前がフレィズで……!」
「――ああ! 例の『龍涎香イベント』の一件ね!」
ハニアが両手を打ち合わせ、誇らしげに息子を見やる。照れくさそうに微笑ったカロンのその顔は、『父と母が出逢った頃』の、父親の顔にそっくりだった。
「――おいおい、僕たちは置きざりかい?」
綺麗なテノールがふいに響いて、からんからんとまたベルが鳴る。壮年の夫婦が一組、微笑いながら入って来た。
『グランパ! グランマ!』
カロンとカリアが一緒に叫び、カリアがまんまるい笑顔を見せて二人にわっと駆け寄った。
ロマンスグレイのカークゥと、可愛らしいおばちゃまになったマリアがにこにこ笑い、カークゥがひょいとカリアを抱き上げる。
カシュアがからから軽く笑って、カロンにお菓子の箱をさし出す。
「いやー、となり町のカフェでお茶してたら、グランパたちとばったり出会っちゃってさあ! はい、これおみやげな! カフェ自家製の焼き菓子の詰め合わせ!」
「おいおい、『出会っちゃって』っていかにも『デートの邪魔してくれちゃって』って雰囲気出すのは、よしにしてくれるかい?」
「あ、分かっちゃった~? ……ぐっ!!」
グランマの笑顔のボディーブローをしたたか食らい、カシュアがおうっと腹を抱えてしゃがみこむ。
「傷は浅いぞ。起きろ」
「っておふくろ、それ何のドラマのどんなキャラ……っ??」
父と祖母の親子漫才に、カロンがついつい吹き出した。心配そうに父のおなかをさするカリア、大丈夫よとなだめるハニア、元気だねえと微笑むカークゥ……、
その光景を見て思わず笑ってしまう海苺の親子三人、全てを包んで、甘酸っぱい苺のお茶とティーソーダのしゅわしゅわした匂いが、夢みたいに香っていた。
* * *
これはどことも知れぬある星の、いつとも知れぬ時代の話……。
香りを愛する人たちの、香りかゆらぐ物語。
(完)
この後におまけの『作中おやつの揚げバナナ/ほろ雪ナッツ』のレシピを追加しました! よろしければぜひ作ってみてください!




