鼻休めの三・違うところ
お昼休みのひとときに、ハニアとカシュアは二人でラジオを聴いていた。
『……映画女優のヴィオラ・ヴィネオラが、本日俳優のアダモ=アダルマと入籍し、盛大な式を挙げました』
「あー、ヴィオラってたしか、母親も女優でしたよね?」
カシュアが香茶のカップ片手に口を開く。お茶の香りを楽しんでいた女店主も、はちみつの目を上げて呼応した。
「あら? アダモさんもたしか、お父様が俳優じゃありませんでした?」
「あ、そうなんすか? アダモってわりと個性派な顔立ちですけど、やっぱ父親似なんですか?」
「いいえ、お父様はとても綺麗な顔立ちで……だいぶ前に亡くなってますけど、今でも年配の奥様方に、とても人気があるそうですよ」
「へぇえぇ……アダモの顔見慣れてると、とてもそうとは思えないなぁ……!」
何気に失礼な言葉をこぼし、カシュアがカップの香茶をすする。ハニアが口もとへ指をあて、確かめるようにカシュアの顔をのぞきこむ。
「カシュアさんは、とてもお母様似ですよね。目の色はお父様そっくりだけど」
「マスターはどっち似なんですか?」
「私もすごく母親に似てるらしいです。両親ともずっと昔に他界したから、二人のことはほとんど覚えてないんですけど」
さらりと過去を明かされて、カシュアが急にしゅんとする。
「だから私は、おじいちゃんおばあちゃんっ子なんですよ!」
そうハニアがおどけた口調でつけたすと、繊細な愛弟子はほっとしたように微笑んだ。
少女店主が、ふっとかすかに小首をかしげ、考えこむように黙りこむ。不思議に思った青年が、マスターへ向かい問いかけた。
「どうしたんです?」
「……いえ、『似てるかどうか』の話で思ったんですけど、ここの香茶とフレーバーティーって、いったい何が違うのかなって」
「それ、本気で言ってるんですか? 全然違うじゃないですか!」
意外なほど強い口調で返されて、ハニアがきょとんと目を見はる。カシュアは身ぶり手ぶりをまじえ、両者の違いを力説した。
「ここの香茶はフレーバーティーの粗悪品なんかとはまるで違って、素材そのものからちゃんと香りをとってます。もちろん、素材から香りづけしたフレーバーティーにも負けません」
本心からものを言う愛弟子の勢いに呑まれ、ハニアが鯉のようにぽかんと口を開けている。カシュアはそれにも気づかずに、さらに言葉を重ねてゆく。
「あとはレアなケースですけど、『幻術のイメージだけで香りづけした香茶』のレベルも高いです。ちゃんと本物の匂いがするし、臭い消しにだってなるじゃないですか!」
語り終えた青年は、昂奮のあまりに軽く肩で息をしている。ふっと息を吐いたハニアが、ふいにくすくす笑い出した。
「ちょ、何で笑うんですか? 俺は本気で言ってるのにっ!!」
心外そうに騒ぐカシュアが、どうしようもなく可愛く見える。
(ああ、やっぱり違うんだ)
内心でこっそりつぶやいて、ハニアはほんわりはにかんだ。
カークゥ先生ならこんな時、ふんわりした口調で柔くなぐさめてくれるだろう。
カークゥ先生と瞳の色がそっくりだけど、似ているところもたくさんあるけど、先生とカシュアさんとは、やっぱり違う人なんだ。
そのことに気づけたことが、何でか無性に嬉しかった。
笑い続けるハニアにつられ、カシュアもまゆをひそめて笑う。
「……ヴィオラとアダモに子どもが出来たら、顔は母親に似て生まれてくるといいですね」
「あら? アダモさんに似た子でも、可愛くてひょうきんで良いですよ!」
「ナイスフォロー……か?」
首をかしげる愛弟子に、女店主がたまらずに声を立てて笑い出す。何か思いついたらしく、カシュアがふっと口を開く。
「それじゃあ、俺とマスターの、……」
言いかけてぷつりと口をつぐみ、カシュアは黙って首をふる。今度はこちらが首をかしげて、ハニアは「あの」と問いかけた。
「どうしたんです、カシュア? 『俺とマスターの』……その後はなんて続くんです?」
「いや……いいや、いいんです。……冗談にもならないから……」
苦笑いするカシュアの瞳が、じっとハニアの胸もとを見る。胸もとにかかった、金のロケットペンダントを見つめている。
ハニアは思わず隠すようにペンダントを軽くにぎって、逃げるみたいに立ち上がる。
「……お、お茶のおかわりはいかがです?」
「――あ、いただきます」
いつになくぎこちないやりとりの後、ハニアがキッチンへ去っていく。
細く長くため息するカシュアの耳に、秋の虫の音が響いてくる。りんりん、ろんろん、小鈴をいっぱいに打ち振るような虫の音が、なんだか妙に淋しく聴こえた。