第9話 評価
side グレイ
「…………」
「…………」
僕達二人は兄さんが大木を倒し、この場所を離れてからもお互い言葉を発せずにいた。
あれほど剣を自由自在に扱うことができ、咄嗟の判断力や冷静さを兼ね備えている剣士ははおそらく王国兵のなかでもそうはいないだろう。僕は隣にいるキースを見てみると、案の定今見た光景が信じられないという顔で口をパクパクさせていた。
しばらくそうした後、なにを思ったのか急に周りをきょろきょろして何かを探しているようだった。まぁたぶん「ドッキリでした。」とか言って兄さんが出てくることでも期待しているんだろうけど……
僕はそんなキースに呆れながらも、いつまでもこうしている訳にも行かないので、とりあえずキースを促して帰ることにした。
「どうだった。兄さんの本当の力は?」
僕は帰り道の途中で呆けているキースを現実に戻すため、めんどくさいと思いつつも質問してみた。
案の定、キースは僕の言葉を聞き、理解し、言葉にするまでたっぷり30秒かけて、ようやく質問に答えた。
「ああ、まじですげぇーなあれは。あの大木を真っ二つに出来るのなんてAクラスの奴じゃねーと無理そうだし。それを剣でやっちまうなんてな。てゆーかなんであいつ剣の腕を隠してやがるんだ? あれほどの腕なら軍でも即戦力じゃねぇーか。」
「だからこそだよ。兄さんは軍には絶対に入りたくないから剣の腕を隠してるんだ。そもそもここは魔法学園なんだからいくら剣の腕がよくても評価されないよ。」
まぁ、兄さんが剣をあまり使いたがらない理由は他にもいくつかあるが、めんどくさいので説明は省くことにする。キースならさっきの説明で納得するだろうし。
「それと……」
と前置きしてから僕は慎重に言葉を口にする。
「確かに、兄さんが魔法剣を使ったときの実力はAクラスのみんなと同等といえるけど、さっきも言ったように実際に戦うことになればまずまともな勝負が出来る人からして限られてくる。『移動詠唱』が出来ないと詠唱中に間合いには入られて終わりだろうね。」
『移動詠唱』とは文字通り移動しながら魔法の詠唱を行う特殊技術だ。これを使うには最低限の魔力と集中力、それに生まれながらのセンスも必要なのでAクラスといえど使い手は限りなく少ない。
「あぁ、『移動詠唱』をちゃんと使いこなしてるのなんてこの学年じゃ、俺とお前と……あとあのバカ女くらいか。」
キースの言う「バカ女」とは僕と兄さんの幼馴染であるユキのことだ。
バカ女というのもキースが侮蔑の意味をこめて言ったのではなく、いまやAクラスの間でのニックネームといったところだ。
それくらいユキは僕の目から多少贔屓目に見てもバカだ。授業中に先生に四大元素をすべて言えといわれ、ドヤ顔で「風、林、火、山」と言ったことはいまだにAクラスの伝説として扱われている。
そのくせ『移動詠唱』が使えたり、王国での使い手が極端に少ない回復魔法が得意だったりとつかみどころのない人だ。
そんなことよりも、この学年で兄さんとまともに勝負できるのが3人しかいないという事実のほうが大きい。さらにこれはあくまで「勝負ができる」という段階の話で、勝てるかどうかは別の話なのだ。
「キース、今の兄さんの動きを見て、君なら兄さんに勝てると思う?」
僕が聞くと、キースは当然のことのように余裕を持って言ってきた。
「おいおい、冗談だろう。いくらトリスの剣技がすごくても、俺は負ける気がしないね。圧倒的な早さにはどんな魔法も剣技も通用しねぇ。速さこそが戦いのすべてだ」
さすがは5年もの間学年次席の地位を守り続け、みんなから影で「ミスターネクスト」と呼ばれる男だけある。
確かに今の兄さんとキースが戦えば、『移動詠唱』を使い、スピードに物をいわせた戦い方をするキースが勝つだろう。
でも僕は確信している。いつか兄さんはキースのスピードすらも超えて、キースに勝つだろう。
僕はそんな未来を思い浮かべながらもキースと話しながら、もはや誰も起きていないだろう寮への道を静かに帰っていった。