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魔法発展途上世界  作者: ウルムアーツ
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第6話 忠誠

side:クレア


 私は今、学園町室の前に立っている。今までもこの部屋に呼び出されて、特別な仕事の依頼を受けたり、学園長と昔の話をしたりしたことはあったが、今日はずいぶん急な呼び出しだ


 私はこの突然すぎる呼び出しに一抹の不安を覚えながら静かに学園長室の扉を開けた。


「学園長、お呼びとのことですが今回のご用件はなんでしょうか?」

 

 私は部屋に入るとすぐにひざまづき学園長に忠誠を示した。

 しかし目の前の机に腰掛け私を見下ろしていると思った学園長の姿はそこになく。代わりに私の右側から声をかけられる。


「よくきてくれた、クレア。今日は少し相談事があっての、まずは座ってくれ。」


 学園長室の右側にある来客用の机にいた学園長は穏やかに笑っていたものの、少しあせっているようだった。私はすぐに学園長の対面の席につきもう1度用件を尋ねる。


「それで、何があったんですか?そのご様子だとただ事ではないとは思うんですが……」


「うむ、実は相談事とは他でもない。トリスとグレイのことじゃ……」


「えっ? トリス君とグレイ君ですか? グレイ君はともかく、トリス君は今日の授業でもこれといって変わりなくすごしていたと思いますが……」


 私は今日の授業でのトリス君の様子を振り返る。成績表を渡したときも落ち込んではいたもののそれに関してはいつものことであったし、魔法を(放出)できないのもいつもどおりだった。

 まさか入学直後に先生方に期待されていたという話をしただけで、学園長をここまで取り乱す要因にはなりえないだろうし、トリス君が昨日魔法を暴発させたことについては……


 

 なおさらありえない。

 もはやそれもいつもどおりであるといえるし、学園長もすでにあきらめ半分の状態であるのは知っている。

 それ以外だと……。


 そのとき私はトリス君だけでなく、トリス君とグレイ君のことであるのを思い出し、1つの仮説が浮かんだ。それに思い当たり顔を上げたとき、学園長は満足気にこちらを見ていた。


「まさか、彼らの両親、フリードとルージュのことですか?」


「さすがじゃな。グレイとトリスのこと、というだけで一瞬でその答えにたどり着いてしまったか。ふぉっふぉっ」


 学園長は期待通りといった顔で笑い、おいてあった紅茶を一口飲むと、すぐに真剣な顔になり、話し始めた。


「実は、今日トリスとグレイをここに呼び、わしとしてもただの世間話のつもりだったんじゃが、あの2人に将来の進路のことを尋ねてみたんじゃ。」


 私も紅茶を飲みながら学園長の言葉を一言も聞き逃さないように細心の注意を払った。

 あの二人の将来のことで学園長がここまであせった態度を見せるということは、おそらく言ってはいけない最悪の受け答えをあの二人はしてしまったんだろう。


「そのときに、トリスはすぐに答えられず、逡巡しておった。まぁ、あやつの成績では卒業も怪しいという感じじゃろうし、すぐには浮かばなかったんじゃろう。だがそんな兄の姿を見てグレイが先に答えたのじゃ……。両親の後を継ぎ魔法研究者になるとの……。」


 やはりそうか、フリードとルージュの後を継ぐ。普通に考えればすばらしいことだ。両親が果たせなかった夢を子供が果たそうとすることは至極自然な事だ。 だが、フリードとルージュの研究について、詳しいことはまだあの二人には告げていない。

 いや告げてはいけないのだ。

 あの恐ろしい研究は永遠に封印しなければならない。しかし、それより私はトリス君より早くグレイ君がそれを言った、ということに私は少し引っかかった。


「学園長、私はてっきりトリス君が先に両親の後を継ぐといって、その後グレイ君がそれに乗っかったと予想していたのですが・・。そもそもグレイ君はなぜ両親のことを覚えていたんですか? 当時、グレイ君は5歳でしたし……」


 そこまで言ってから、10年前あの二人の少年を襲った残酷な出来事を思い出し、胸を強く締め付けれるような感覚に襲われながらも、私は最後まで言葉を口にした。


「トリス君とグレイ君には研究のことに関する記憶を完全に失わせる『忘却魔法』をかけていたはずですよね・・・・」


 ――『忘却魔法』。人間の記憶を完全に消すことが出来る5大禁忌魔法の一つである。『蘇生魔法』、『死の魔法』、『時間魔法』、『服従魔法』と共に政府が厳重に管理しており、国王の権限においてしか発動を許されない絶対の禁忌。


 『忘却魔法』の発動許可が出たのは10年前、王国により存在を消された2人の研究者が残した2人のまだ幼い子供に対してだ。


 2人の科学者、ルージュとフリードは王国が禁止していたはずの、この世界すべてをひっくり返すような危険な研究を行い、その道半ばで死んだ。

 残された二人の子供は危険な思想を持ち、両親の研究を続ける可能性があるとして、研究に関する記憶すべてを『忘却魔法』により消し、学園長が保護することでこの件は丸く収まったはずだった。


「そうじゃ。じゃがグレイは両親のことをかすかだが覚えており、真実を知ろうとしておる。もし、2人が完全にあの研究のことを思い出してしまったら政府は再び奴らに『忘却魔法』をかけるか、あるいは『服従魔法』によって政府に逆らうことの出来ない駒とするかもしれぬ。それだけは絶対に避けねばならん。」


 その言葉で私も学園長も黙り込んでしまった。まず一般的に考えて人の好奇心を抑えるのは難しい。

 一度知りたいと思ってしまったことはどうにかして知りたいと思ってしまう。 特にトリス君とグレイ君はあの2人の子供というだけ会って幼いころから人一倍好奇心旺盛だったからいずれどのような形にせよ真実を知ってしまうかもしれない。それを防ぐため、防げなくても真実を知るのを遅らせるために私達がやれることは……


「現状では、他の先生方にも話してトリス君とグレイ君に情報を与えないというくらいしかないでしょうね。同時に私達はなぜグレイ君が今になって両親の話をしだしたのか裏で調べましょう。」


「うむ……。それくらいしか打開策は無いようじゃしな。この件はわしがどうにかするしかない問題ということじゃろう。だがクレア、ここからがおぬしを呼んだ理由になるのじゃが。」


 と、前置きしてから学園長は少し悩んでから、決心するように言葉を口にした。


「おぬしはこのままで良いのか? 本当はあの2人に両親の研究をついでほしいと一番に願っているのはおぬしじゃろう。もしおぬしがその気ならわしはあの2人をおぬしに託してもよいと考えておる。あの2人と共にこの王国を出て自由に暮らしたいというならば止めはせぬ……。」


 学園長は日が完全に落ち、月明かりが照らす学生寮の方を見ながら私にそう言った。

 学園長の言おうとしていることはわかる。

 王国がトリス君とグレイ君が大人になったときの処遇について決めかねているという話は聞いている。研究者にするのは論外だが官僚にするのもためらわれる。一番は独立してくれることだがグレイ君は学園創立以来の神童だし、トリス君は6年生となった今でも魔法をうまく扱えないという政府としては扱いにくい立場となってしまっているのだ。


 もしかしたら政府は強硬策に出て、トリス君とグレイ君が大人になる前に排除しようとするかもしれない。そうならないようにするために、学園長は私にあの2人を託し、あとの問題を1人ですべて背おうとしているのだろう。だが……



「学園長、そうやって10年前のように1人で背負い込もうとしないでください。20年前、魔法の才能がなく王国の魔法研究の被験者としてモルモットとして生きるしかなかった私をこの学園に雇っていただいた時から、私はあなたに忠誠を誓った身です。あなたの重荷は私も背負います。必ずトリス君もグレイ君も幸せになれる道を探し出してみせます。」


 私はこの部屋に入ったときと同じようにひざまずき学園長に最大級の忠誠を示した。

 私は10年前と同じ過ちは犯さない。大切な人を失うあの絶望感を味わいたくない。

 誰一人として犠牲にしない。みんなが幸せになる道を私は行く。

 学園長は少し呆気にとられたような表情をした後、静かに私に命じた。


「うむ、その覚悟、確かに受け取った。これからはわしと共にあの2人の幸せのために尽くしてほしい。」


「承知いたしました。」


 その後は2人のことを少し話し、時間も遅くなったのでこれで帰ることになった。しかし学園長室のドアを開け外に出るときに聞き忘れたことを思い出した。


「そういえば、学園長、トリス君は進路について最後まで結論は出せなかったのですか?」


 私がそう聞くと、学園長は穏やかな顔で言った。


「ふぉっふぉ、トリスのほうがあるいは気をつけたほうがいいのかもしれんの。あやつが言った進路は20年前におぬしがここで言ったことと全く同じだった。」

 

 それを聞いて私は笑いがこみ上げてきた。もしかしたら私とトリス君は似たもの同士なのかもしれない。”旅に出たい”などという酔狂な夢を本気で語る者が私以外にいたとは。


「それを聞いて安心しました。大丈夫ですよ。あれほど旅に出たいと言っていた私が今ここにいるんですから。案外トリス君は将来この学園の教師になるかもしれませんよ。」


 私はそう言うと、やはりトリス君はフリードとルージュの子供なのだと再認識して、次から次へとあふれてくる喜びの気持ちを胸に学園長室を後にした。




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