第5話 疑惑
「じいちゃん、俺は卒業したら旅に出たい。世界中を回って、自分の目でこの魔法世界を見てみたいんだ!!」
俺は考えていた結論をはっきりといった。
俺も研究者の血が流れているせいなのか、自分の目で見ないと気がすまない性格だったりするのでこの選択はちょうどいいと思った。どうせ魔法を使えない俺はまともな就職も出来ないだろうし……
と、そこまで考えたところで何か異様な感覚がした。じいちゃんの顔を見ると、さっきグレイが魔法研究者になるといったとき以上に驚愕の表情をしている。
さらにグレイも驚いたような顔で俺を見ている。どういうことだろうと俺が思っていると……
「トリス、学園の卒業生は魔法の才能を生かし、魔法の発展のために国に尽くすということは知っているはずであろう」
じいちゃんは驚きつつも俺にそう言った。
「? でもじいちゃん。俺卒業した先輩が放浪の旅に出たって噂、聞いたことあるよ。だから推奨されてるわけじゃないだろうけど駄目ではないんでしょ。」
俺がそう答えると、じいちゃんは驚いた顔から難しい顔に切り替えて何か言葉を出そうとするが出来ないでいるようだった。
まるで子供に『何で指の数は5本なの?』と質問された親のように、当たり前のことを説明するのは難しいと思っている顔だ。
「……ぅ~む。トリスよ、確かにこの学園を卒業した後に旅に出たといわれている者は何人かいるが、それはいずれも就職に失敗した上に身寄りも無かった者達じゃ。初めから旅をすることを進路とすることはわしが許さん。」
驚くほどばっさりと切り捨てられてしまった。
普段温厚なじいちゃんがこうも人の意見を真っ向から否定するのは珍しかった。俺もここまできっぱりと否定されるとこれ以上食い下がることも出来そうになかった。
じいちゃんはこれ以上この話題を続けるのをきらい、結局その後はまた俺の失敗談やグレイが新しい上級魔法を使えるようになったことなどふつうに3人で他愛ない話をして時間は過ぎていった。
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「ふぉっふぉ。もう消灯の時間じゃ。2人とも急いで寮に戻りなさい。」
もはやこの学園にとってあってない様なものとなっている消灯時間を守らせるとは……、やっぱり学園長なんだなと思いつつ俺とグレイは帰り支度を始める。
「じゃあなじいちゃん。元気でな」
「…………」
「あぁ、また次の長期休暇のときにゆっくり話そう。」
そうだった。この学園は全寮制で基本的に家に帰ることはできないが1年で1度、2週間の長期休暇が設けられえており、ほとんどの学生はそこで自分の家に帰る。
俺とグレイの家はじいちゃんのところだから毎年3人で休暇を過ごしている。学園の創立記念日にもなっている長期休暇は再来週からだったから割とすぐにまたじいちゃんと会うことになる。
ということは、それまでにまともな進路を考えておかないとまためんどくさいことになりそうだ。俺は学園長室の扉を閉めながらちらりと将来のことを考えたが、結局いい考えなど浮かぶはずも無く。また後で考えればいいということにして。とりあえずグレイと一緒に寮に帰ることにした。
「……」
「…………」
「………………」
「………………」
おかしい。
さっきまで俺とじいちゃんとグレイで普通に話していたのに、二人きりになったとたん全く会話が無い。ここは兄として俺が話題を提供しなきゃならないんだろうか。
なんか適当に天気の話でもして、とにかく会話を始めないと……。これ以上この沈黙に耐えられそうにない。俺は隣で考え事をしながら歩いているグレイになんとか話しかけた。
「あっ、え~と。今日はずいぶん星がよく見えるなぁ。この分だと明日はきっと晴れるな。」
よし。言ったぞ俺。これでグレイが「そうだね。明日の演習は中止にならずにすみそうだね」とか言えばいい感じに会話がつながる。この沈黙から開放される。
さぁなんか言うんだグレイ。
「…………」
無視か!! おい無視なのか! 弟よ。兄がこの沈黙を破ろうと努力した結果を無視か。
いや待て、落ち着け俺。
グレイは考え事をして気づかなかっただけだ。もう一度がんばれ俺。
「いやぁ~。今日は星g」
「ねぇ、兄さん。今日の学園長の話を聞いてどう思った?」
まさかのセリフをかぶせてきた……。なんかもう無視よりも辛くて泣きそうだったが、そんな事よりも俺はグレイの質問が気になった。
「じいちゃんがどうしたんだよ。もしかして進路のこと気にしてんのか?」
「別に……。だけど僕のときも兄さんのときも学園長はなんか必死でその進路に進むことを止めてたし。なんか気になって……、兄さんは何か感じなかった?」
「何かって言われても……、お前の場合は国の特定機密だし俺はそもそも邪道な進路を言ったんだからしょうがないんじゃないか?」
「そう……。まぁそれならいいんだけど」
グレイはまだ納得していないみたいだったが特にこれ以上どうこう言うつもりはないようだった。
そこで俺は進路の話をしてるとき気になったことをたずねた。
「そういえば、お前父さんと母さんの研究を継ぐって言ってたけど、父さんと母さんのこと覚えてたのか? 父さんと母さんが亡くなったときお前まだ5歳だっただろ。」
「まぁ、少しは覚えてるよ。でも昔、母さんが研究の話をしてくれた気がするんだけどそのことが全然思い出せなくて……、それに父さんと母さんが死んだ日のことも全然思い出せないんだ。」
俺はグレイの言葉が気になって思わず足を止めた。
「グレイ、お前も思い出せないのか? 俺も父さんと母さんが死んだ日の前後がなぜか思い出せないんだよな。なんか気がついたらじいちゃんのところに引き取られてたみたいな気がするんだよなぁ」
「えっ?兄さんも覚えてないの? でも僕達二人ともがその日の記憶がきれいさっぱり忘れてるなんて、やっぱり何かおかしいんじゃないかな。僕もう1回学園長室に」
そこまで言って今にも来た道を戻ろうとするグレイの手を俺は捕まえた。
「落ち着けよグレイ。おかしいも何も事故があった頃は俺もお前も小さかったしそんなに変な話じゃないだろ。それにじいちゃんが話さないのはもしかしたら俺達も一緒に事故に巻き込まれてたのかもしれないだろ。無理に聞いてもどうせ教えてもらえないぜ。」
そう言うと、やっとグレイも冷静になり帰り道をまた歩き始めた。
「…………」
結局グレイはあれから黙り込んでしまい、また気まずい沈黙状態に戻ってしまった。
まぁグレイと別れる場所はもう少しだし、この沈黙もあと少しの我慢だ。と思ってた時、突然グレイが俺に聞いてきた。
「兄さん。卒業したら旅に出るつもりって言うのは本気なの?」
その話か、と思った。じいちゃんに否定されたが俺としてはいまだにいい案だと思っているこの考えにグレイも興味をもってるらしい。
「俺は結構本気だったんだけどな。まぁじいちゃんに反対されたから考え直さなきゃだけど。」
「でも、僕は兄さんが旅に出るって言うのは賛成だよ。兄さんには合ってると思うし。それにこの王国にいたんじゃ兄さんは魔法が使えない魔法使いって評価のままだけど。違う国に行けばもっと変わると思うんだ。魔法がすべての基準となってるこの国じゃなければ……」
「? 何をそんなに熱くなってるんだ?結局じいちゃんの許可が無けりゃ無理なんだから、仕方ないことなんだよ……」
そう言うとちょうど分かれ道についたので俺とグレイはそこで別れた。結局グレイが何であんなに俺のことについて熱く語ったのかはわからなかった。
でもなぜかグレイは俺に何かを期待してるみたいだった。
昔から、グレイは考えを読まれるのが嫌で多くを語りたがらない性格だけど、話してるとあいつはけっこうわかりやすい奴でなにを考えてるかなんとなくわかるし、うそをついてるのもなんとなくわかる。だけど今回のグレイはうそはついてないみたいだったし、本当に俺の進路に賛成みたいだった。
「Dクラスの兄に何を期待してるのかね。あの弟は……。」
俺は自嘲気味に一人呟くと、もう通いなれた自分の寮へと帰っていった。