第4話 将来
side:トリス
「お久しぶりです学園長。お呼びとのことですが今回のご用件はなんでしょうか?」
俺は学園長室の前でグレイに追いつき、二人一緒に学園長室に入った。
学園長室は教室二つ分はあろうかという広さで、
部屋の右側には来客用の机といすのセットがあり、
左側には先輩方の輝かしい実績を示す多くの賞状やトロフィーが飾られていた。
そして部屋の奥、ひときわ大きい机に腰掛け穏やかに俺達二人を見つめている白髪の老人ははまさにこの学園の学園長その人である。
この世界に魔力があふれ出した際、混乱する人々を纏め上げこの魔法国家シエルノートを建国した四賢者の1人であり、建国後はこの魔法学園を創設し、今年で30年目を迎えるこの学園をずっとまとめ続けてきた偉大な人物だ。
同じく四賢者であった前国王フレイシル王が2年前になくなってからは世界最強の魔法使いといわれ、全世界の魔法使いのあこがれの存在。一般生徒ならば学園長と話が出来るだけで感動して涙を流すほどである。
俺は別の意味で緊張しながら学園長の次の言葉を待つ。
「…………」
学園長は緊張している俺を見ながらゆっくりと立ち上がり言葉を発した。
「ふぉっふぉっ。なーに、トリス、それにグレイ、ずいぶん久しぶりじゃの。そんなに緊張せんでもよい。用事といっても今日はかわいい孫達の顔を見て、共に紅茶でも飲もうと思っただけじゃ。」
「…………」
学園長の言葉で俺はやっと緊張を解いた。
「よかった~。なんだよじいちゃん、俺はてっきり昨日の暴発の件で怒られるかと思ったじゃん。」
「それはもうよい。お前の破壊癖はもういい加減慣れたしの。いまさら注意しようとは思わん。」
「そうだよ。兄さん、入学以来魔法の暴発で教室壊したのなんてもうそろそろ2桁超えるじゃん。いまさら怒られたくらいで変わるとは思わないんだけど。」
「ぐはっ! 本当にすいませんでした。」
俺はじいちゃんとグレイからのダブルアタックを受けて心に多大なダメージを受ける。実際もう数え切れないほど教室を壊してるし、それでじいちゃんにも迷惑をかけてるから言い訳のしようが無い。
そして一応説明しておくと目の前にいる学園長は俺とグレイにとって親代わりとなってくれている人だ。
小さいころに両親を亡くした俺達を父さんと母さんの恩師であるじいちゃんが養子として引き取り、ずっと育ててくれているというわけだ。
まぁ、そのせいもあり、他の生徒からは学園長の実の孫でありながら才能がないクズという誤解を受けているのだが……
「そんなことよりお前達ももう6年生、もう卒業まで1年をきった。卒業してからの進路は決めておるのかの。」
じいちゃんが紅茶を飲みながら俺達に尋ねた。予想していなかったわけではないけど、俺にとってはそれは絶対に避けたい質問であり、すぐに返答できず考え込む。
まずDクラスの俺が無事に卒業できるのだろうか。たとえ卒業できても魔法を中途半端にしか扱えない奴なんてどんな道が広がっているんだろうと考える。
まだこの国にとっても魔法を扱えるものは貴重であり、学園を卒業したものは魔法を生かす何らかの仕事につかなければならないと決められているから必然的に選択肢は少ない。
まず1つ目は、官僚になる道だ。
これは昨今増え続ける魔法使い達のための法整備や権利の取り決めなどを行ったりする『魔法行政局』に入ることだ。しかしこれはBクラス以上が入ることを許されるいわゆるエリートコースだからDクラスの俺には論外だ。
2つ目は研究者の道。
これは文字通りいまだに全く解明されていない魔法という存在について研究するため『魔法開発局』に入り、魔法の研究をすることだ。しかしこれについても自分で魔法を解明しなきゃならないから、魔法をちゃんと使えることは絶対条件だろう魔法を暴発させて大事な研究資料を燃やしたとなれば笑い話にもならない……。
3つ目は軍人となる道だ。
これはこの王国の軍に所属し他国との戦争を行うことだ。15年前に計画され8年前に正式に結成された『王国軍魔法特務部隊』は世界中に魔力が解き放たれたとはいえまだまだ謎の多い魔法を現状で最も理解し、扱えるというこの王国ならではの戦力で、魔法使いが実戦に参加することになれば大きな戦果をあげるだろうと期待されていた。
しかしまだ部隊といっても軍に志願した魔法使いは20人足らずであり、まだまだ部隊として実戦で活躍するには至っていない。
ここなら魔法を扱えるかよりも実戦でどれだけ動けるかが重要視されるから俺でも入ることは出来るのだが……。
俺は絶対に軍には入らないと決めていた。母さんの口癖だった「魔法は世界を幸せにするために使わなければならない」という言葉を思い出すと、俺はどうしても魔法で人を殺すことなど出来そうにもないからだ。
そうすると残っているのは自分の魔法技術で特許をとり独立した商売をすることだ。この道を選ぶ卒業生は多く、魔法道具専門店やら魔法病院などをすることが多いようだ。これも俺は魔法を使えないから望み薄だ。
「う~ん……」
何度考えても魔法を使えない俺が就ける職なんて見つからない。まぁ、魔法を使えない魔法使いなんて存在が矛盾しているような状態だから仕方ないんだが……。
最後の手段として、今までの成績が悪かった先輩達が他国へ放浪の旅をしているという噂を聞いているので俺もそうなるのだろう。という風に長々と悩んでいると突然グレイが一歩前に出て、叫ぶように言った。
「僕は、父さんと母さんの後を継いで魔法研究者になるつもりです!」
「えっ……」
「なんじゃと!?」
グレイの突然の宣言に俺とじいちゃんはそろって絶句した。
確かに俺達の両親は二人とも有名な魔法研究者であり、今、学園で使われている魔法のいくつかも父さんと母さんの研究の成果だとじいちゃんから聞かされていた。
でも父さんと母さんは俺が7歳、グレイが5歳のときに研究中の事故で亡くなっており、それ以来グレイとは、父さんと母さんの話はしたことが無かったし、てっきりグレイはぜんぜん覚えてないと思っていたのに……。
俺が言葉を失っている中でじいちゃんはゆっくりと口を開いた。
「グレイよ、お前の両親は研究中の事故で亡くなったということは昔に教えたはずじゃが、それでもお前はその道を選ぶというのか?」
「はい。だから、父さんと母さんが何の研究をしていたのか教えてくれませんか? 父さんと母さんが亡くなった後、研究はどうなったのですか?」
グレイは今まで聞いたことも無いくらい必死な声でじいちゃんに詰め寄っている。
確かに俺も父さんと母さんが研究中の事故で亡くなったのは聞いていたけど具体的に何を研究していたのか聞かされていない。
それどころか父さんと母さんが亡くなった日のことを俺はよく覚えていない。父さんと母さんの研究室は俺達が住んでいた家の地下だったから俺達だって事故に巻き込まれていてもおかしくないが、そんな記憶は全く無い。
たぶんグレイもそれが気になってこうも必死に詰め寄っているのだろう。
しかし、じいちゃんは一度目を閉じて少し考えるようにしてから静かに答えた。
「……そのことについてはわしの口からは言うことは出来ないんじゃ。お前達の両親の研究は国の特定機密に含まれておる。だからたとえ息子であるお前達でも成人するまでは知ることはできない。」
「そんな!?実の息子である僕達にも教えられないって、僕が成人するまであと5年も待たなくちゃならないんですか!?」
魔法王国シエルノートの法律では20歳で成人ということになっており、18歳で学園を卒業しても大人というわけではないというちょっと変わった制度をとっている。
つまり現在15歳のグレイは成人まで5年かかるし、俺も成人まであと3年待たなくてはならない。まぁ国の特定機密というのならじいちゃんでも従わざるを得ないだろうしこればかりは待つしかないだろう。
グレイはまだ納得していない風だったがじいちゃんは話題を変えるためにこっちに矛先を向けてきた。
「それよりもトリス。お前はどうなんじゃ?なにか卒業後のことは考えておるかの?」
「え?いやっ、俺はその……えーと……」
「…………」
「…………」
「すいません何も考えてないです……」
グレイがあんなまじめなことを言ったせいで下手なことを言ったり、面白いことを言って笑ってごまかしたりが出来ず、結局正直に言うしかなかった。
「……はぁ、まぁお前はそんなことだろうと思っとったわ。学園生活もあと1年を切ったんじゃし、いい加減将来を考える時期になっておるぞ。お前はなにかやりたいこととかは無いのか?」
そこまで言われるとなんとか何か搾り出さなくちゃならない雰囲気になっている。さっき考えた中だと官僚か研究者か軍人か独立して自分で働くか……
俺は少し考えて自分の中で結論を出した。