第3話 友情
side:トリス
俺が全速力で校舎を出て、もはや日課となりかけている自主練をしに中庭へと急いでいると、ちょうどよく俺がこの学園で唯一胸を張って友人と呼べる男が現れた。
「ようっス、アルヴァ、お前も今終わったところか? 奇遇だなぁ」
「まぁな、俺としては、お前は遅くまで昨日魔法を暴発させて訓練室吹きとばしたことの説教食らってるかと思ったからこんなに早い時間に合えるとは意外だったな。」
「やめてくれ……。一応これでも反省してるんだ。それより今日も練習付き合ってもらっていいか?」
「ああ、いいぞ。」
このぶっきらぼうで背が高く、表情の乏しい俺の唯一の友人であるアルヴァはBクラストップのエリートで魔力は少ないが研究が好きで、よくオリジナルの魔法を俺に試してくる典型的な魔法オタクだ。
寮が同室のため今までも魔法の扱い方を教わったりとずいぶん世話になっている。
Dクラスになっても俺を見下したりせず等身大に接してくれているので本当に助かっている。もし寮の同室がアルヴァじゃなければ俺は今この学園にはいなかっただろう。
そんな風に感謝しながら二人で中庭に行こうとすると突然騒がしく、ハイテンションの声が耳に響いてきた。
「トリス~!! アルヴァ~!! 待ってよ~。」
長い茜色の髪を揺らしながら走ってきたその声の主は俺達に追いつくとその勢いのまま後方抱え込み宙返りで俺の頭を飛び越し、目の前に静かに着地した。
この運動神経が常軌を逸しているハイテンションの女は着地と同時すごい勢いでまくし立ててきた。
「お願い! トリスの自主練、私も手伝うから、二人とも今日出た大量の課題終わらすの手伝って~」
「そんな泣きそうな顔で詰め寄るなよ。課題のお手伝いくらいお安い御用だよ。いいよな、アルヴァ」
「ああ、俺も定期的にAクラスの課題に目を通せるのはプラスになるからな。かまわないよ」
「ありがとう~、やっぱもつべきものはお人よしの幼馴染と秀才の友達だよね~」
そう、このハイテンション女、ユキは俺の小さいころからの幼馴染でAクラスに所属している。魔力が多く、珍しい魔法を使えるのでAクラスにいるが、暗記が大の苦手で課題が出るとこうやってよく俺やアルヴァに泣きついてくる。
まあその代わりに何度も自主練を手伝ってもらってるんだが、こいつはアルヴァと違って説明が「ぐわーーっと」とか「バババっと」だったりでワケワカラン擬音語のオンパレードだからあまり参考にならない。
「まっ、とにかく中庭に行こうぜ、課題は終わった後に見てやるよ。」
俺がそういって二人を連れて中庭に行こうとした瞬間、
「兄さん、学園長から呼ばれているよ、放課後できるだけ早く学園長室に来なさいだってさ。」
またしても俺は後ろからの声で止まることとなった。
今度はさっきとは対照的に静かな声。
そして後ろの明らかに色めき立った騒ぎ。
俺は嫌な予感がしながら振り向くと、予想通り俺の弟のグレイが無表情に立っていた。と、同時に弟のファンらしき女子生徒が群がっていた。
グレイは俺の二つ下の弟でありながら俺とは対照的に魔法の才能に大いに恵まれていて飛び級して俺と同じ学年にいるだけでなく、俺が期待されていた学年首席と言う地位を入学時からずっと保ち続けているのだ。
教師からの評判は最高だし、顔もいいためファンクラブも出来てる。何もかも俺と違いすぎていて周りからは
「頂点と底辺の兄弟」
「弟に才能全部持ってかれた」
「同じ血が流れているとは思えない」
などと毎日のように噂されている。挙句の果てに先生方まで
「弟が2つ飛び級したなら兄を2つ落とせばバランスがいい」
とか言い出す始末。
…………そろそろ泣いてもいいですか。
「僕は先に行ってるから、兄さんもなるべく早くね」
めんどくさそうにそれだけ伝えると弟は行ってしまった。兄弟の1ヶ月ぶりの会話とは思えない淡白さだった。
「いつもこんななのか? お前ら兄弟は……。」
アルヴァが驚いた顔で聞いてくるが俺はそれにどう答えていいかわからなかった。
確かに俺とグレイは仲睦まじい兄弟と言うほどではないし、学校ではお互いなんとなく不干渉でいることは多いが普通に仲良いと思う。
グレイは基本的に秘密主義で俺にはあまり相談事するタイプではないから俺が兄として頼りがいがあるかと言われれば全く無いわけなんだが……
「でも昔はトリスとグレイってすごく仲良かったよね。二人でチャンバラごっこしたり、冒険だって言って町外れの森に行ったり、なんか二人はいつもいっしょってイメージだったなぁ」
俺が返答に窮していると横からユキが懐かしそうに言った。
「まあ、昔はな……。今はあいつも兄に甘える年齢じゃなくなったんだよ。悪い二人とも、俺もう行かなくちゃ。また明日な」
と言って俺は強引に話をきって急いで学園長室へと向かった。
side:ユキ
トリスが逃げるように学園長室に行った後、中庭に続く道の途中で私達二人が残されてた。
「行っちゃったね~。時間もあいちゃったしアルヴァ、とりあえず課題を手伝って。」
「……ああ」
「? どうしたのアルヴァ?」
「いや、少し気になってな。学年首席の弟を持つって兄としてはどういう気持ちなんだろうな。ましてやあいつはDクラスだし」
アルヴァは不安そうな顔で考え込んでいた。やさしいアルヴァのことだ、たぶんトリスが劣等感に苛まれていないか心配なんだろう。
私もずっとDクラスだって馬鹿にされているトリスをみていると心が痛くなる。みんなトリスのこと何にもしらないのにただトリスが魔法を撃つのが苦手なだけでまるで人として欠陥があるみたいにいっているのを聞くと悲しくなる。
トリスにだって良いところはたくさんあるって叫びたくなった経験は何度もある。
それでも私が何も言えないのは……
「トリス自身まったく気にしてないんだよね。グレイのことも本心からすごいと思ってるみたいだし。Dクラスだって馬鹿にされても『俺はいつかAクラスに上り詰めてやる』って言い返すくらいだし。それに実際本当に戦闘することになればトリスはAクラスのみんなより強いと思うし」
「…………もし」
「ん?」
「こんなところじゃなければ、あいつはもっと評価されてるんだろうな……」
「うん……」
ポツリと言ったアルヴァの言葉に私はうなずく。それっきり私達は会話も無くただただ無言で歩いていった