441号室 3
「アマネって言ったっけ。部屋、見てもいい?」
「――あ、はい」
わたくしは我に返り、答えました。
少女は廊下に出てきて、ためらわず扉の隙間から、わたくしの部屋に入っていきました。
「間取りは同じか。部屋の設備はデフォルト。モノもなにもなし。越してきたばかりなら当然か」
少女はテーブルのまわりを歩いて回りました。
明るい彩りを着ていました。
目にも鮮やかな白の衣装です。白い部屋の中でも、ひときわ浮き立って見えます。シャツは首元が広く開き、かぶって着られる形。パンツはくるぶしの上までの半端な丈をしています。細めのシルエットは、より細い少女の体型を強調するようです。袖口に細かい幾何学模様が入り、あるいは細かく切り抜かれた部分も見えます。白い生地の上から白い飾り紐をあてるなど、手間と職人の技が光るような逸品です。儀式的な衣装の趣すら感じます。
少女はテーブルの上の『創舎案内書〈簡略版〉』に目を留めました。手に取り、ぱらぱらと捲ります。
「変わってないな……。毒にも薬にもならない案内ね」
そう呟くと、懐かしむような微笑が、口の端に浮かびました。
「あの……。あなたは」
「ん、名前でいい」
少女は冊子から視線を上げ、わたくしに言いました。
「ではサキちゃん。あなたはここは長いのですか?」
思い切って年相応の呼び方をしてみました。
でも敬語を崩す気にはなりません。創舎では先輩に当たる方ですから。
「な、長いといえば、長いわね。でもここでは時間はそんなに大事じゃないから。毎日の密度のほうが大事よ」
サキちゃんは声を上ずらせました。こころなしか、顔も赤いように見えます。「ちゃん」づけで呼ばれるのに慣れない方って居ますものね。
「この部屋に入るからには、アマネも一人前の神ってことだから、せいぜいがんばることね。……それじゃあ、来たばかりで多忙だろうから、私は部屋に戻る」
サキちゃんは冊子を置き、出て行こうとします。
「あ、待って下さい。せっかくお近づきになれたので、お茶でも……」
わたくしは呼び止めました。すると扉が自動的に閉まり、小さな客人を通せんぼしました。
しばし無言の後、半眼で振り返るサキちゃん。テーブルの上では端末がピカピカと明滅しています。遠隔操作? そればかりか、わたくしの脳波に感応する仕組みがあるのでしょうか?
そしてわたくしは、部屋にはペットボトルのお茶さえ無いことに気付きます。
「……お茶は次の機会にお出しするとして、設備の説明など、お聴かせ頂けませんか? わたくしはここのことを何も分からないので」
「それは本当みたいね」
サキちゃんは呆れて言いました。
そうなのです。一人前と言われましたが、そもそも引き込もりが一人前のわけないじゃありませんか。わたくしは胸を張りました。サキちゃんはまた胸のあたりを見て、眉をひそめました。むー。
「この部屋は何も無い。まるで棺の中のよう。場所を変えて教えてあげる。お茶はアマネの生活が落ち着いたら、たっぷりと出してもらう」
サキちゃんはわたくしの端末をいじって扉を開けました。怜悧な目配せをして、部屋を出て行きました。