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インフォメーションカウンター  1

 

 *

  

 インフォメーションカウンターは通路を入ってわりとすぐの所にありました。人が入れる縦長のカプセルのようなものが三つ四つあるのは、前から知ってはいましたが、何をする所かは分かりませんでした。氷上さんから聞かされてなかったら、窓口とは気づかなかったでしょう。

 丸い屋根の下に入ると、中には何もありません。床のタイルの格子模様以外には、何もありません……。

 なにげなく上を見ると、天井に四角のディスプレイがありました。『ようこそ』という日本語が画面を流れています。何かの端末のようです。触れば操作できるのでしょうか? しかし手が届きません。そもそもどうして天井に端末があるのでしょうか。

 その時、淡く光っていた画面が暗転しました。同時に後ろに黒い光がヴェールのように降りました。プライバシーを守る壁のようです。手を出してみると、向こうへ突き抜けます。固体ではなく、光でできたヴェールです。わたくしはシアターのような闇に包まれました。

 ぱっと暗がりがスポット的に照らされ、お役所のような平板なカウンターが現れました。カウンター越しには事務員の方が……。

 ……え?

 ロボットです。ロボットが居ました。

 なるほど、この建物がわたくしの居た世界より進んでいるとすれば、事務はロボットがやるのは理解できます。おそらく、やろうと思えば機械だけで全てできるけれど、あえてロボットを窓口に置き、人間味のある触れ合いを実現している、といったところなのでしょうか。

 けれど、ロボットのかたが、それはもう……。反則的に古典的な形の、まさに「ロボット」というフォルムなのが、意図が分かりません。難解です。

 左右で大きさがちがう、二重の長方形の目。継ぎ当てた板金で造られた皮膚。いっけん古典的なだけの形からは、鬼気迫ると言っていいような、ただならない気配が発せられていました。ギャグ作家が三回りも四回りもひねって思いついたギャグが、結果的に普通のセンテンスに見えることがありますが、そんな感じです。

[ナニカヨウカ?]

 ロボットのかたは、金属を打ち合わせた音のような、聞きづらい日本語で言ってきました。うーんひどい言語です。九官鳥のほうがまだ……いえ、九官鳥に失礼すぎます。ぶっきらぼうな語り口も、突き抜けていますねぇ。

 氷上さんからもらったルーズリーフには、窓口で訊く事が書かれています。その他には、アドバイスが二点ほど。

 まず訊く事ですが、

『自分の現状を照会すること。』

『「ソウシャ」の概観をつかむこと。』

『そのうえで、したいことがあれば相談してみること。』

 とありました。

「あの……。現状を照会したいのですが」

 ロボットに尋ねてみます。わたくしの半身ほども幅のある頭部。それを支える頑強そうなボディ。

[ソレハシッテルゾ。現状ノ照会。『ソウシャ』ノ説明。ヤリタイコトノ相談。ダナ?、窓口デハ、バーバル・コミュニケーションハ不要ダ。カラカッテミタダケダ]

 ロボットは言いました。

[ダガ事務ニモ遊ビ心ガアレバ楽シイシ、会話ヲ続ケテミヨウ。ソシテ、我ガ輩ノコトは親シミヲ込メテ『ロボ』ト呼ブガイイ。ソレデハ『ソウシャ』ノ説明ダガ――]

 ロボット君は話を先に進めます。それはいいのですが、どうにも発音が聞き取りにくいのは困惑します。サンプリングの音を一つずつ重ねて言語にしている感じです。それと「ロボ」のどこが親しみが込もっているのでしょうか。機械的ですし、文字数も歯切れが悪いです。ほかに良い名前はないものでしょうか。うぅん……。そうだ。「ヒューロさん」にしましょう。「ロボ」よりも区切りがいい気がします。ヒューマンフィール・ロボットを略し、親しみと畏敬を込めて「ヒューロさん」です。

[それは、いい名だな]

 ロボット改めヒューロさんは、ぎぎ、と腕組みして言いました。すこし金属的な掠れが名残にありますが、発音が流暢な人間のそれに変化したのは驚きです。本来会話が必要ないならば、人の脳を読み取る技術はあるのでしょう。わたくしの世界では頭蓋骨に電極を取り付けて脳をスキャンする後進的なものでしたが、こちらでは洗練されているようです。そういえば、ヒューロさんの形を除いたら、窓口自体は先進的なのですよね。

「……なるほど。いろいろな音声ファイルがインストールされていて、無骨な機械声はその一つだったのでしょうか?」

[左様だ。全て天井のデバイスが制御している。我が輩の極めて美的なフォルムも、デバイスが作成したファイルの一つに過ぎない。窓口に現れるロボットの形は時間によって違う。アンドロインドタイプもいれば、幻獣のようなタイプもいるが、どれも我が輩に容貌で劣るのは悲しいことだな]

 いつのまにかわたくしとロボットの間の机は消え、差し向かいで立っていました。なるほど。天井のデバイスとやらが制御する、可変空間のようですね。全貌をあらわにしたロボットは、全体の幅の広さから、錯覚で手足が短く感じます。床から巨大なエリンギが生えたような空気です。

[……それで、新しい神よ。お前は何を望むのだ?]

 ヒューロ氏は訊ねました。

 神。氷上さんも口にした単語です。『あたしたちは神だ』と。日本は八百万の神の考え方があり、汎神論が息づく土壌です。ですが氷上さんはさておき、わたくしが神であるわけがありませんよね。わたくしは引き込もりですよ? ですので神とは何か特殊な隠語のようなものなのでしょう。

「神って何ですか?」

[お前たちのことだ]

「では、わたくしたちは、何ですか」

[神である]

 ……。

 うぅん。堂々めぐりですね。

[戯れているわけではないぞ。ここでは、ここに居ることが身分証明になる。それゆえここに居るならば濃度や幅は違えど、神だということだ。だのにお前ときたら自分のことすら分からんのか?]

 え? わたくしなんで怒られているのですか? これは噂に聞くお上の権勢というやつですか? 謎すぎます。

[そうかー。分からないかー。しょーがねえな。知りたいか? そんなに知りたいか。じゃあ教えてやるか]

 ……うざ。

 わたくしは冷静に、そう感じました。

[お、お前なー。そういうことは思っても言うなよ。いや思ったら伝わっちゃうんだよなあ。思っても思うな! わかったか。ばか! うつけ!]

 ヒューロさんは動揺をあらわにしました。もしや、見てくれは硬質でも、メンタルは豆腐でしょうか。ですが弁明すれば、人間、反射はどうにもなりません。うざっと思ったのは脊髄レベルです。わたくしの脳は無実です。

「……窓口って、退屈だったりします?」

[そこそこな]

 ヒューロ氏は「オホン」と咳払いの音を出しました。

[新人は神を正しく知らないのはよくあることだ。たいてい、むこうの世界には、宗教というものがある。最初は混同しているのだな]

「宗教的な神とはちがうわけですね?」

[全く違う。存在上の性質が違うものだ。ここにいるおまえたちは、おたがいに神という同じ立場であるのを知りながらも、「神という観念オリジナル」でもある。おまえたちはそれぞれ姿形が違う。思考も違えば、嗜好も違う。一方、宗教上の神では、「観念オリジナル」は無いものとする。宗教の神は統一された「規格ルール」のこととなる。お前の出身時代の言葉では、「商標名」とも言えるな。スーパーに売られている量産品の「神人形」という商品があるとしよう。それに近い。量産品で、売られているものであるな。季節限定や地域限定の神人形もあるがな]

 ふぅむ? 分かったような、分からないような? 

 わたくしと氷上さんは違う人だけれど、同じ建物に居る人でもある。そういった意味でしょうか。しかしそれって、当たり前の事ですよね……。

[まあ、おいおい感覚で理解していくさ。今は「ここに居る奴らは神だ」くらいの認識でいい]

 ヒューロさんは話を続けます。

[そして神々が集うこの場所は《□□□》と呼ばれる。《□□□》とはどこを指すかは判らぬ。もちろん「本校」は入るだろうし、この「創舎」も含むと思っていいだろう。その周りも含まれるかもしれぬ。要するにこの一帯のことだな]

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