441号室 10
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わたくしは、いつもと明らかに様子が違うサキちゃんを、だまって見送りました。
ふらふらした足取り。背中を丸め、回廊を曲がって行ったサキちゃんは、お年寄りみたいでした。
温めた豆乳の、まろやかな甘み。そこに初めてオリーブオイルを一滴垂らした時の驚き。オレオカンタールの抑制的な辛味が喉を衝き、むせそうになったこと。
『悲劇を知らないおまえごときが、私に構う資格はない。わかるよね?』
サキちゃんの言葉は、《創舎》を味わうわたくしに初めて垂らされた、オリーブオイルのようでした。その一滴が、波のように世界を広がり、さまざまのものと響き合い、――大きな波になって、降り掛かるのかもしれません。
その波は、まろやかさ。オリーブオイルを垂らしたことで初めて醸される、一段上の「まろやかさ」なのです。
ざわざわと、わたくしを包む空気の質感が変わり、広がっていきました。世界が動き始めたのを、わたくしは感じておりました。
わたくしは、サキちゃんのために自分ができることを、何もかもしようという思いでいっぱいでした。
《創舎》に来てからの心持ちは、変わることがありません。カラダは羽根のように軽く、これからの展開への期待のなかに、浮かぶかのようでした。そして非常に鎮かに、期待できていました。
一般的には「山場」や「修羅場」、「メインイベント」と言われる展開が、これから降ってくるかもしれません。
去ってしまう「決まり」であるサキちゃんを、なんとかしてとどまらせようという計画。安寧には亀裂が入り、歪むかもしれません。
しかしそれもまた一篇の物語。
この世界全部が、最高の遊戯をめざしている一つの空間である気がするのです。
つまり物語だと思われるのです。
わたしはその物語を、最も至近な位置から読もうと思うのです。
自分が世界というただ一つの文脈のパーツであり、文脈の取り決めに従って、あるべき方向にだけ動かされる快感を、一度でも経験したことがあるでしょうか? それは、向こうの世界のあらゆる快感を総計してはじめて釣り合うような、無上の経験に思われます。
《創舎》での自分の身に降り掛かることは、体験にして鑑賞。つまり、物語に他なりませんでした。《創舎》での経験は、そういうものでした。
だからわたくしは、これから降り掛かることを、圧倒的に、体験し鑑賞
するでしょう。楽器の奏者が、誰よりも熱心な、自分の演奏の聴き手であるように。
この世界が愉しませてくれるという予感が、わたくしの心を、浮かせてくれています。だから思います。もう足を着かせないで……と。引き込もったリラックスのまま動けるこの世界。絶え間ない物語。
このままわたくしを、自由にしていてくださいね……!
4Fの部屋に行ってみると、サキちゃんは居ませんでした。コンビニで別れてから、どこかに立ち寄っているのでしょうか。
テーブルには、クッキーのようなお菓子の破片がこぼれています。わたくしは一片つまみ、かじってみました。
う……。この味……。
なんていう甘さ。
クッキーとは見掛けばかり。小麦の風味は皆無。砂糖よりも甘い糖の味。何を食べているのかわかりません。こんな物を常食していたのでしょうか。それとも、『魔王』の力の暴走を一時的に抑えるための、気つけ剤であったのでしょうか?
いずれにせよ、こんな生活をしていたらサキちゃんは崩壊するでしょう。いえ、崩壊の兆候はすでに……。
さて、部屋にサキちゃんがいないことは、分かっておりました。物語が展開していくであろう流れを、なぞってみたのでした。
でも別に、サキちゃんを助けなくてもいいのですよね。
これが小説なら……。助けなければならないでしょう。
凶悪な容貌の『魔王』が現れ、死闘を乗り越え、『魔王』に打ち勝って、能力を自分のものにしたりするのでしょう。
でも、どうせそうなるなら、過程は一切省いてしまってもいいのではないですか。今すぐにでも結末に到って構わないではないですか。サキちゃんが覚醒を迎えても構わないではありませんか。
苦しみは必要ですか? 能力を身につけるには、苦しみの過程は必須なのでしょうか? どうしてそんな無駄を?
不思議なことに、わたくしはサキちゃんが《創舎》を去る場面が、全然想像できないのです。
サキちゃんはもう能力に目覚めつつあるのでは、とさえ思われました。
なぜなら、ドアが開いていたでしょう。
初対面の時を思い出してみれば、サキちゃんは戸締りは厳重にする人ででした。……今ではそれも納得です。ご自分で「引き込もりだ」とおっしゃったんですからね。引き込もりにとって、ドアを閉めることは自明。景色を見晴らせば地平線があるのと同じに自明です。それなのにいま部屋が開いていたのは、既に神秘な経験ではありませんか? 物語の始まりだと思いませんか?
ならばその物語を観に行こうと、わたくしは思うのです。
サキちゃんの部屋には、わたくしが来たと分かるものを残しました。
その足で、わたくしは饗堂に向かうことにしました。
「いくさの前の腹ごしらえ」は、鉄板です。
何のいくさかわかりませんし、わたくしよりも、サキちゃんのいくさかもしれません。けれど物語にはこうした儀式も大切です。
あの饗堂の、窓から宇宙が直接降ってきているような空気を浴びれば、すばらしいことが起きるに違いありません。




