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ヤミルト、お茶を舐める

「ああ、そうだな……。だが、[シンジュク]のビルが欠けたのがおれの部屋から見えたものでな。『無明なる天界の修羅』の仕業じゃないかと思ってな。いちおうF監なもんで、研究を中断して見に来たわけだ。お嬢さん、F監というのはフロアのまとめ役のことだ。名ばかりの役職だがな」

 わたくしにも用語を説明してくれます。さすが「研究」をされている方なだけありますねー。

「あなた特有の変な名前を付けるのは、やめてほしいわね」

「だが、おれのおそれは現実だったようだな……」

 ルートヴィヒさんは演技がかった半身の姿勢をとり、穴のあいた窓を見詰めました。

 この方の仕草はいつも演技感特盛です。

「やーれやれ。まーた壊したか。『わが体内のチカラがうずく~』とか言ってかね? 罪なものだな。制御できぬチカラというものは。おれも共感するよ。溢れ出る欲動を制御できない……ッ。それはおれたちの宿命……ッ」

「人を厨二認定しないで。意味深な言い回しでロリコンを隠蔽しないで。ロリコンと一緒にしないで。あまつさえ憐れみの目を向けないで。あなたのロマンをくすぐる『暴走』ではない。新人に能力の事を説明していただけ」

 サキちゃんのツッコミは氷柱のようにルートヴィヒさんを刺します。

 もちろん、ルートヴィヒさんは全くこたえません。時々制裁を食らいながらも、テンポのいい会話を繰り広げる二人です。もっとも、話が前に進んでいるのか知りませんが。

 わたくしは会話に割って入りました。

「あの、サキちゃんは[シンジュク]を壊しましたけど、お二人とも気にしている様子がないですけど」

 大丈夫なのでしょうか?

「ああそれ。うん、大丈夫大丈夫。『都会』は自己再生するから。それが能だから、アハハ」

 ルートヴィヒさんは片目をつぶり、さらりと言ってのけます。楽しげです。わたくしの反応が新鮮らしいです。

「『既在常在キザイジョウザイ』――すでにあるものはいつもある。それは《□□□》の法則で、[都会]という場所は『既在』の範囲なのさ。あそこが一種の実験場だって話は聞いているな? 管理された実験器具フラスコの中ってことだ。この世界では不安定なものは[未在]のものだけ――それすら神による制御が及ぶ」

 おっしゃっていること、よくわかりませんが、[シンジュク]が大丈夫なら一安心です。

 ただ、サキちゃんが人を殺したのかどうか、そこは気になりました。

「あの[シンジュク]には、人間は住んでいないのですか?」

 ルートヴィヒさんはいたずらっぽく笑います。

「もちろん住んでるさ。『都会』に居るのは、おおむね人間だ」

 そして言い足しました。

「ただ、[シンジュク]では、今回の破壊はこう処理されているはずだよ。[原因不明の爆発があったが、そこには偶然、誰も居なかった]とね。そして、実際、誰も居なかったはずだ。[人間解析式]は出力が一定だ」

「そんなことがあるものなのですか?」

 わたくしは驚きます。知らない用語は置いても、あの場所に誰も居ない確率が不自然なものであるのは確かです。

「『都会』では、人間が納得できる出来事しか起こらない。ただ、『無明なる天界の修羅』が人を殺したい・・・・・・と願って光線を放ったなら別だがね。神の意図・・・・は『都会』の解析式に介入できる。それはサキちゃんに訊くしかないね。しかし、彼女が今までした破壊で、死者が出たことはなかったな」

 サキちゃんはそっけない顔でわたくし達を見ています。

 ルートヴィヒさんはコーヒーメーカーを自分で操作し、自分のお茶を作ります。熱いお茶にフォームミルクをたっぷり載せ、グイと喉に送りました。たちまち窓にダッシュし、物凄い勢いでお茶を吐き出しました。

「なんだよこれ、苦すぎるんだけどイジメ? 砂糖ないの? 『我が人生の甘き毒』をくれないか!?」

「部屋に砂糖はない」

 むせる彼を、サキちゃんは切り捨てます。

「しょうがない、部屋から砂糖を持ってくるか」

「あなたここに居座る気?」

 気を取り直した彼は、コツ、コツ、とニーブーツを響かせ、わたくしに迫ります。

「案ずるな、『双丘』。もとい『蒼穹』。『都会』には人間ばかりが居るとは言え、世の中には修復・修理を生きがいにしている酔狂な神も居て、『都会』にも常駐しているし、《創舎ここ》からアルバイトに出てるやつらも居る。この世界には、害になる行為という概念はない。やったら駄目なことなど、ない。……不思議だろう? そういう面でも、一度は『都会』に行ってみるといい」

 初めて、ルートヴィヒさんは純粋に好青年な笑顔をするのでした。

「そして、あなたは下劣な話しかしない、と」

 サキちゃんが氷の栞を挟みます。

「ちがうな~。くだらない話もするぜ? 子猫ちゃん」

「それは知ってる。言うまでもないだけ。今度なめた口をきいたら髪の毛百本いくから」

「……ハイ」

 ルートヴィヒさんは背中をちぢこめて、苦いお茶をぺろぺろと味わいます。

 サキちゃんは背を向けて言いました。 

「その一杯を飲んだら出てって。……ヤミルト」

 なるほど。

『闇のルートヴィヒ』=ヤミルト、ですか。

 

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