ヤミルト
「フハハハハハハ!!」
おいとましようと扉を開けた時、澄み渡る高笑いが響きました。
サキちゃんが突然笑ったなら発狂ものですが、違いました。逆光の中に、人影がありました。扉をぐいと押し開け、部屋に闖入して来ました。
美男子。
とても美男子です。といっても近寄りがたさはなく、アクティブさと親しみやすさをたたえる好男子という印象です。齢はわたくしより上に見えます。二十歳くらいでしょうか。ファンタジー映画に出てきそうな騎士服っぽい格好をしていました。透明感あるパステルカラーの生地を取り入れるなど、SFテイストも漂わせ、「ぼくのかんがえたさいきょうの衣装」感がありました。
「あなた……!」
サキちゃんは露骨に眉をひそめ、舌を打ちました。
「F監だからって勝手に入らないでって言ったわよね」
「ひどいなベイビー。ドアが開いていたから入ってみただけじゃないか。正確にはドアの前で二時間半以上待ち、開いたところをすかさず押さえて入っただけだ。人を犯罪者みたいに言わないでくれよ」
「相変わらず変態ね」
「買いかぶるじゃないか。何も出ないぞ? おれはサキちゃんみたいな女の子だけが大好きなだけだ。十一歳までが熟れごろ。十二歳は熟れきった滅びの美学。十三歳女子という概念はおれには存在しない」
サキちゃんが寒気を感じたように露骨に引きました。騎士服の青年はクールに髪をかき上げてみせました。「ベイビー」がどう聞いても日本語でした。この方は日本人でしょう。掻き上げた姿勢のまま、きざっぽい口調で言います。
「ん、こちらの胸のばっきゅんばっきゅんなマダムはどなたかな?」
彼は目を閉じたまま、顔をわたくしに向けます。マダム、ですか。わたくしはこの方より年下のはずですが。ああ、ロリコンなので、十三歳以上はマダムやグランマとなるのですね。わたくしは納得に膝を打ちました。サキちゃんは滅茶苦茶ひいていますが、表情には迷惑さはありません。つまり、ただの非常に痛い人のようですね。
「おっと、こちらから名乗るのが礼儀というものだな……。おれの名前は『闇色のルートヴィヒ』。覚えておいて損はない」
あれ……。日本人……じゃないのでしょうか。
「昔の名? フッ、それを訊くのか。置いて来てしまったさ。あの呪われた時空の狭間にな」
なるほど。二つ名のようなものですか。しかも自分で二つ名を流布する感。瞳も黒いですし、やはり日本人のようです。
「あの……ここでは本名を名乗らない方も居るのですか?」
わたくしは訊いてみます。『闇色のルートヴィヒ』が本名でないのは明らかですが、もう一人、「氷上シアン」さんの名前も、創作ともとれるものでした。
「あぁ、それは構わない、『蒼穹のたおやかなる魔神』。個人データには『識別名』とあっただろう? 別名を創作し登録している者も少なくない。むこうの時代とはガラリと自分を変える意味でもな」
「なるほど……。《創舎》は本当に生活の自由度が高い所ですねー」
「アマネ、あなた何か変な名で呼ばれてるわよ。訂正させないと、こいつを増長させるわよ」
「ちなみに『蒼穹』とは君がもつ空気感、穏やかな瞳の色、もちろん恵まれた二つの丘に掛けている秀逸な……おっと。コーヒーメーカーを投げるのはよせサキちゃん。重いじゃないか。こんな箱から出てくる白黒の液体より、おれはきみのミルクが飲みt」
ガシャッ、ドサッ。コーヒーメーカーと青年が、並んで倒れました。
わたくしが《創舎》のことを考えているうちに、サキちゃんが青年に突っ込みを入れたようでした。
青年――ルートヴィヒさんは歓喜を押し隠し、立ち上がりました。
「フフフ……悪くない。いいパンチだ。だがお前の負けだ! おれはロリっ子に殴られるほど嬉しくなる。つぎはパンチよりも、パンツがいいものだな! おれは君のパンツで殴打されたい!」
芝居がかった悪役オーラを漂わせ、一歩ずつサキちゃんに近づくルートヴィヒさん。
次の瞬間には青ざめて壁際まで後ずさりました。
「殴打じゃなくて、解消してあげようか? 存在ごと」
ゆらり、サキちゃんは髪に手をやり、黒い明かりのオーラを滾らせています。
「100本くらいからいってみようか? ところで髪の毛は最弱だからね……。セーブしないで他の部位で攻撃してもいいわよ?」
「フッ……。冗談だ。おれがここに来たのは別件さ。それは判っているだろう?」
ルートヴィヒさんは落ち着いた顔を準備、両手を上げてみせました。
この方、やはり、喋らなければ本当に好青年に見えます。
サキちゃんは、すっ、とオーラを収めました。しかし怒りは収まらなかったようで、すでに用意していた髪の毛を一本、ぷすりと、ルートヴィヒさんの肩口に刺しました。
「ぎゃああああああ! いっでえええええ!」
わたくしは思わず目を覆いました。部屋を転げまわるルートヴィヒさん。……あれ? 妙ですね。[シンジュク]のビルのように、この人も消えてしまうのではないかと危惧しましたが、痛がっているだけです。
「ヒュウー……。相変わらず、おいたが過ぎる子猫ちゃんだ……。この自作のNMJ……ノーブレス・マイティー・ジュストコルを、着ていなければ危なかった」
彼は立ち上がり、刺さった髪の毛を抜きました。込められたオーラは消え、普通の髪の毛になっていました。涼しげな顔を取り戻しているのは、この方のツッコミ耐性が高いのか、やせ我慢なのかは判りません。なるほど、サキちゃんは特殊な服のことを知って攻撃したようです。
「おれとしたことが、久々にサキちゃんに会えて、ボルテージがちょっと上がってしまったな」
「それで、何の用なの。私とあなたには何も接点は無いはず」