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441号室  5

「待ってください。その……。今は二〇△▽年ではないのですか?」

「そっからか。やっぱり何も知らないのね。《□□□》は神々が集まる場所。つまり、神に成った人間たちがね。さまざまな時代、そして国から、神が集まってくるの。表通りにたくさんの人々が歩いていたのを見た? あれは全部神なのよ。……中には例外も居るけど、今は省くわ。《創舎》にもいろんな時空から神がやって来ている。だから、アマネからみて未来や過去の人間と会うのは、なんら不思議ではない」

「なるほど。いわゆる、時空を超越した場所、だと」

「ちがうわ。時空とは不完全なもの。完成形が《□□□》なだけよ」

 わたくしは驚きを抑え切れません。この場所は、一つの驚きを振り返るひまもなく、いつも新奇な興奮をくれます。そういう仕組み自体がとても素晴らしく、幸福を覚えます。

「《□□□》の事は、詳しい人に訊いたり、本校でやっている【世界理論】の基礎教養カリキュラムを取るといいわ。たっぷり教えてくれるはず。でも私はこの世界は格別だとは思わない。今までの場所とは遠いけど、一続きの場所。だって私はここに居る。カラダもある。ココロもある。私を含めて、周りの人間たちが、神という属性ラベルに変わっただけ。私の為すべきことは変わらない」

 氷上さんも言っていましたね。人間はこの世界を認識していない。世界の説明は用意されている。確かそんな事を。

 それにしても、サキちゃんは小四とは思えないことをすらすら言いますね。それが一番、驚きだったかも……。

「ここではコミュニケーションは自分の言語圏と変わらなく行えるわ。たとえばノルウェー出身の神と会話する時は、向こうが日本語を喋るように見えるし聞こえる。逆も同じ。異国の神との会話も困らない。でも、《創舎ここ》に居る異国の神は36パーセントって聞いたわ。六割は日本州・・・の出身。神の成長に理想的な比率があるらしいわ。さらに私とアマネみたいな『地方まで同じ』というレアケースは部屋も近くになるという仕様なの。お互いの神の成長のためには、最初は同じ文化圏から始めるというわけね」

 サキちゃんはそう言って、両手の人差し指で、DNAの二重らせんが上昇するような模様を描きました。

 日本州。聴き慣れない言葉ですね。

「未来の日本は、わたくしの頃いまとは多少ちがうみたいですね」

「過去の日本国・・・との違いを聞きたい?」

「……いえ」

 わたくしは首を横に振りました。いずれ訪れると分かっている景色を知ったからといって、何が楽しいものでしょう。未来の景色は、サキちゃんには現在。環境問題も社会問題も沢山あるでしょう。語るのが興味深いとは思いませんでした。

「それで、私としては、あなたが私を成長させてくれるなら、それは面白いじゃないって思うわけ。早速だけど、アマネの神の能力は何かしら?」

 サキちゃんはカラダをひねりつつ乗り出してきます。サキちゃんのラテのミルクがクラクラ揺れます。図鑑に載った虫や星などの、実物を見たように、いきいきした目です。

 ええと。その……。

「わかりません」

「エェェェ――ッ!?」

 小四相応のリアクションを初めて見て、

「ふふふふ……。あははははは。ごめんなさい、ですね」

 わたくしは吹き出してしまいました。

 サキちゃんは勢いのやり場なく、膝立ちになり、ぶぅっと渋面を作ってみせました。 

「待って、わからないってどういうこと。いや、神の事を知らないで来たらそうなるのか。アマネはもちろん『塾』や『予備校』の存在も知らないし、普通の神は能力をある程度使えるようにしてから《□□□》に来ることも知らないわけよね。神になってから神の事を学ぶとか、順序が逆転しているわ。……――『天与ジーニアス』、かな」

「塾」や「予備校」とは、普通の意味ではないのでしょう。どうやら、神の事を学び、神になるための場所があるようでした。そこを経ないで《創舎》に迷い込んだわたくしは、異端なのでしょうか。サキちゃんが最後に付け加えた呟きは、小さくて聞こえませんでした。

「ヒューロさんに言われたのですが、最初に能力が発現するまでは隠されているそうなのです。ですから照会しても何も書かれていないと」

「ヒューロって」

「窓口のロボットの方です」

「ああ、それで照会って言ったのね。つまり、アマネは自分でも能力が分からない。いつ発現するかも分からない。そういうこと?」

 わたくしは頷きました。

「なるほどね……。コレは当てが外れたかな。当てにするのが悪いけど」

「え?」

 今度は、早口で呟いたところが聞き取れませんでした。

 わたくしは訊き返します。

 サキちゃんはラテを半分まであおりました。

「何でもないわ。……実は私、近いうちに《創舎ここ》を引き払うことになってるの。せっかく知り合いになったところだけど」

「え? ……」

 わたくしは急展開に絶句しました。

「《創舎ここ》を出るというと……《本校》か何処かへ?」

「んん……。何ていうか、外にね。たぶん、予定が変わらなければ」

「……いつですか?」

「今日明日ではないわ。あと二週間は居られるはず。だからアマネが淹れるお茶を飲む機会はあると思う。忘れてないわよね?」

「ええ、もちろん」

 サキちゃんはライトに微笑してわたくしを見ます。

 付き合いの浅い「お隣さん」にお茶をふるまう主人の微笑でした。深い寂しさを覚えるのは、もちろん、偽りでしょう。知り合ったばかりで、軽くお茶を飲んだ二人が、元通り別れていくのは、ライトな別れでいいはずでした。

 しかしわたくしは、心の一点に深く沈み込むような儚さを思うのでした。サキちゃんのふるまいは、寂しさや悲しさのかけらもない大人びたものでした。しかしなぜだか、サキちゃんが大人びた様子をすることが、物悲しく思えてなりません。

 ですがサキちゃんは創舎ここに来て長いと言いました。いわば熟達の神でしょう。仕事や用事は多いはずです。

《□□□》は「おのれの神と向き合う場所」だと、ヒューロさんは言いました。創生たちの研究や修練の場だと言えるのでしょう。それらの活動に勤しむ創生には、「お隣さん」との付き合いは薄くなるのでしょう。

 わたくしはジブンの寂しさは気配にも出さず、先程から一定の表情を保っていました。ジブンの感情を引き込もらせるのは、大得意です。大抵わたくしは一つの表情で居るようにしています。いつもほんのりと嬉しさを感じていられるような、そんな表情がいいですね。いつも気構えが安定している。それは何より快いと思うのです。

「残念ですね。せっかく知り合えましたが」

「気が向いたら連絡して来て。《汎用機械ポータル》を使えば任意のコネクションができるから。後でこちらの《汎用機械ポータル》であなたを登録しておくわ」

 端末を指差すサキちゃん。《汎用機械ポータル》というのが、端末の名前のようでした。 

 サキちゃんはラテを飲み干し、カシャンと置きました。

「アマネも、これから能力が発現したら判る事も多いと思う。がんばってみたらいいわ。……と言っても、何の道しるべもないんじゃ、実のない励ましよね。あなたは何か、やろうと決めてることはある?」

「やろうと……?」

「そう。ここではみんな研究したり、外に出て活動したり、何かしらしているの。来たと同時に始める創生も多数よ。重力から開放されたみたいにね。せっかく来たんだから、ここでしかできないことをするといいわ。ここでは望めばあらゆることをできる。向こうの世界でやりにくいことでもね。自分の胸の中に訊いてごらんなさい。その声に従って、やりたいことをしてみる。能力の発現も早くなるはず。あなたが面白い・・・・・・・と思うことは・・・・・・なに・・?」

 能力の発現、ですか。なるほど、サキちゃんがそう言うなら正しそうですね。

 でもじつは能力にはさしたる興味がない……。と言ってしまうと、サキちゃんの興を殺ぐでしょうか。やりたい研究や活動もないですねー。とくに活動はないですねー。

 確実にやりたいと思えることは、引き込もりです。せっかくミもココロもべた~っと床にのびるみたいに開放され、引き込もれる環境に恵まれましたから……。やっぱり引き込もりたいですねー。

「わたくしがライフワークにするとしたら、引き込もりしかないですね」

「ワークじゃないし!」

 サキちゃんは的確な批判を加えました。しかしわたくしの考えは、冷静なサキちゃんに驚きの声を上げさせたようで、誇らしくなりました。

 引き込もりの片手間には、お茶や音楽も楽しみたいですね。ふたつとも引き込もりになくてはならないものと思います。

 あちらの世界でもわたくしを捉えて放さなかった引き込もることの魅力。ここではさらに存分に追い求めることができるのでしょう。まったりやりたいと思います。

「……ところで、サキちゃんはここで研究をしているんですか?」

 サキちゃんは「創生」の「研究」について口にしましたが、ご本人も独自の研究や活動をしているのでしょうか。

「研究は、まだ。するかどうかもわからない。悲しいから」

「……え?」

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