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練習試合

 

 四月二十九日の朝。昭和の日という祝日であるこの日は、大体の公立校では休みの日となる。明日三十日に限っては登校しなければならないが、世間ではゴールデンウィークと呼ばれ、有給などを使えば十連休の大型連休になる。山平高校は例外なく金曜日は登校日で、通常休を含めて五連休となる。祝日休みの練習が行われる山平では、朝から部員達が校庭に集まっていた。そしてそこには、佐々岡の姿もあった。

 一昨日の練習の際、最初にその知らせを聞いていた川崎は一体どうしたのかという疑問を抱き、二年以外は佐々岡が学校にいる事すら知らなかったために驚き、桜井と相田にとってはただの中途入部の二年でしかなくポカーンとしていた。その中でただ一人、田中先生は笑みを溢しそうなのを我慢していた。

 全国レベルの経験を持つ佐々岡の立ち位置はコーチというポストに落ち着くことになり、試合中は記録員としてベンチに入ることになった。

 甲子園球児ということもあって、バッティングが上手いせいか的確にノックも出来た。それだけで山平の練習効率は確実に上がっていた。

「どうだ、楽しいだろ?」

「……悔しいですけど」

 それを眺めていた田中先生に聞かれると、佐々岡は実に照れ臭そうに返した。

 二十八日は定休日のため、全体としての練習は行わなれなかったが、二年生達は秘密の練習場所、言ってしまえば高校の裏側にあるただの空き地ではあるが、個別に集まっては練習をしていた。佐々岡にゴロを打ってもらい、川崎と村中で二遊間の連携守備の練習をする。ファーストの位置には坂上が付いていた。その脇では、羽柴と本木がバッテリーとしての練習を行っていた。

「チェンジアップの調子良いし、明日投げれるといいな」

「あぁ。何個分落ちてる感じ?」

「二個半ってとこかな。でも重要なのそこじゃないからな?」

「分かってるよ、タイミングをズラすんだよな」

「じゃあもう一回、ストレートからチェンジアップ!」

 本木はミットを構えてズッシリと座った。羽柴は一度握りを確認してからセットポジションで小さく足を開いて静止した。前に突いている左足を腰の高さまで引き上げながら腰の位置に落ち着いていたグローブを肩の高さまで持ち上げた。そこからは流れるように左手を前に突き出し、身体で大の字を(かたど)ると、左腕を引き付けるのと同時に胸を反らせて後ろの右腕を振り抜いた。

 守備練習の四人はゆっくり丁寧に連携の練習をしていた。

「佐々岡が居てくれるお陰で六-四-三の練習が出来るから助かるよ。試合でゲッツー崩れやったことあるからさ」

「俺はちゃんとやったけど、こいつが送球慌てて空の向こう。あれは笑えたよ」

 川崎が言うと、そこに村中が口を挟んだ。それを見た坂上は、また始まった、と言わんばかりにため息を()いた。

「あの時はお前の送球も悪かったからな?

 取るとこまでは良かったけど、その後のスローは正面からは程遠かったからな?」

「知らん」

「んだと!?」

「まぁまぁ二人とも。佐々岡が引いてるよ」

 坂上が一塁から少し歩み寄って二人を宥める。

「いや別に引いてはいないよ。仲良いんだなぁとは思うけど」

 その矛先になった佐々岡の一言で、川崎と村中はそんなことはないと拒絶するように黙ってしまった。

「なぁ佐々岡。なんでその、コーチをやろうと思ったんだ?」

 話の流れを変えようと坂上が話題を変えた。

「川崎君がしつこかった、からかな」

「本当にそうかぁ?」

 そっぽ向いていた川崎は呆気なくそれを辞めて疑いの目を佐々岡に向けた。

「一因ではあるよ、もちろん」

「……あそう」

 川崎はあからさまに不満気な顔をして見せたが、その話はそのまま終わりを告げた。


 *


 五月二日、土曜日。自身達のグラウンドで試合の真っ最中だった。相手は同じく県立の赤坂高校。レベルはそう高くはないが、毎年積極的な打線で得点する攻撃型のチームだった。

「龍也、肩に力が入ってるぞ!」

 三塁方向から佐藤の声がした。

 五回と三分の一を投げ終え、六安打二失点。これだけ見ればまあまあの妥協点だったが、与四球が毎回の四つを数え、たった今も相手の三番に四球を選ばれてしまっていた。

 走者は一・二塁。点差は僅かに一点。一打逆転もあり有るこの場面で、高橋は肩で呼吸し、気温二十八度の中で汗も濡れ雑巾を絞ったかのように流れていた。

 赤坂の四番、レフトの中野が左打席に入る。大石は手を広げて、楽に広く来い、とジェスチャーをする。サインはアウトコースのストレート。高橋は一つコクっと頷き、セットポジションから始動し、クッと腕をしならせた。

 ーーカーン!

 それは要求通りのアウトローで詰まらせた当たりだった。しかし、ふらふらと上がった打球は運悪く、長打警戒の後傾守備をしていたレフト田原の前にポトンと落下した。

 それを見てハーフウェイしていたランナーはそれぞれ進塁し、当然打った本人も生きるという嫌な形が出来てしまった。

 それを見た高橋は首をコクっと折った。

「龍也、どうした?」

 空かさずマスクを取った大石がマウンドへ向かった。

「……何でもない」

 力なく答えた高橋を目視して、大石は一塁側ベンチの方を確認すると、田中と目が合った。

「仕方ないか。勇気、出るぞ!」

「あっ、はい!」

「高橋!」

 その声掛けが、マウンドの投手にベンチへ戻ることを意味するのは皆が理解していた。当の高橋はビクッとしてから、悟ったようにマウンドをトボトボと降りた。

「龍也、何で下向いた? 士気が落ちるし雰囲気も悪くなるから止めろって言ってるだろ」

「……すみません、気が抜けました」

「……肩と肘、冷やしとけよ」

 高橋は、はい、と力なく返事を返してベンチの隅に座った。

 その高橋に代わり、羽柴がマウンドに上がった。相手の五番で右打者の矢野。

 まず一球目。大石はボール一個分外れたアウトコースに構えた。それを見て一つ頷き、羽柴はセットポジションから二度ランナーを見てからそこへ投げ込んだ。

 結果は当然ボールだが、投げたストレートは十分に走っていた。羽柴の調子を確認した大石は、次にインコースにストレートを要求する。

 そこに放られた球を矢野は目で追って見逃した。

 ここまでは要求通りに来ている。ここでもう一つストライクが欲しいという場面で、大石が変化球を要求すると、羽柴は少し楽しそうに頷いた。

 先の二球と変わることなく、各ランナーを一度目視する。羽柴は少しボールを持ち変えてから、またクイックでボールを投げた。

 その投じられた三球目は、すうっと沈むようにストレートの軌道から外れて行き、矢野は思わずそれに合わせるように体制を崩した。バットには当たったが、結果はショートゴロからのダブルプレーに終わり、何とかこの回の失点は免れた。

「勇気ナイスピッチ!」

「ありがとうございます」

 元気に戻ってきた羽柴を山坂が労った。

「六回の裏で次の先頭は大石か。しっかり打ってこいよ、もう一点欲しいからな」

「わかりました」

 田中先生は大石のケツを叩いて送り出した。

 赤坂の投手は依然先発が投げ続ける様子だった。コントロールは決して良くないが、今日はいい具合に球の行き先が散っていて、山平打線は狙いを絞れていない状況にあった。それでもなんとか三点を挙げてはいるが、それも相手のエラー絡みの得点があり、実際に打って取れたのは二回に取った一点だけだった。その一打点を挙げているのは、今打席に立っている大石だ。

 ーーキーン!

 打ったのは二球目として投じられた真ん中に飛び込んできたストレートだった。ライト線に流した打球は急ごしらえのネットフェンスまで届き、打った大石は二塁まで進んだ。

 続く羽柴はバントをきっちりと決め、一死、走者三塁の絶好のチャンスで、今シーズンまだピリッとしない中田が右打席に入った。

「ここで打てなかったら一番クビだな」

 ベンチの日陰で座っている田中はネクストバッターズサークルから出て行こうとする中田にそう伝えた。

「先生、それ本気ですか?」

 中田が冗談に切り返すような返答をするが、田中は顔色を変えずに頷いた。その中田が右打席に入ると、三塁の大石にはその顔が少し青く見えていた。

 相手投手の永戸は未だ疲労の影が見えていないため、ここでしっかりとした追加点を取れないとなると、やはり流れは赤坂に向くことになる。事実、リードされているにも関わらず、実に楽そうに投げていた。

 両者が位置に着くと、サウスポーの永戸はセットポジションから右足をゆったりと上げてモーションに入る。中田はちょんちょんと左のつま先で小刻みにリズムを取る。

「ボール」

 永戸のストレートはボール一個分だけアウトコースに外れた。

 続く二球目。

 ーーコン……

 サウスポーの右打者へのインコースに食い込んでくるストレート、通称クロスファイアを中田は辛うじてバットの根元に当ててファールとなった。

「いって……」

 中田はバッティンググローブを付け直しながらヒリッとしている左手を眺めた。

 三、四球目はストライクからボールになるカーブが投じられた。中田はこれをしっかり見送ったが、一つはストライクをコールされた。これで二-二の平行カウントとなった。

 ーー打つならここだ。

 山平ナインのほとんど全員の脳裏にそれが浮かんだ。それは赤坂側も同様で、もちろん中田自身も自負している。

 勝負の五球目。赤坂バッテリーが選択したのは、先ほど中田がファールにしたクロスファイアだった。

「(またかよ!)」

 中田は自分の中でそんな言葉を発した。咄嗟に重心を後ろに引きつつ、根元で打たないように無理やり身体を捻って切るようにそのボールを叩くと、快音という名の金属音が響き渡った。

 中田の打球は綺麗な流し打ちとなり、ライト方向へ突き刺さるような弾道を描いた。

「守、ストップ!」

 三塁コーチについていた田原が大声を上げた。それは中田の打球の行方の先に右翼手が待ち構えていたからだった。

「アウト!」

「ゴー!」

 ライナーをキャッチされたのを見て、空かさず田原が合図した。飛距離は十分にあったため、大石は裕々とホームインした。

「荒野ナイバッチ。惜しかったな」

「あぁ。点入って良かったよ」

 ベンチの山坂が中田を迎え入れたが、本人は微妙な顔をしていた、

「最低限の仕事は熟したんだ。しょんぼりするな」

 田中先生は中田の背中をポンと叩いた。

 続く川崎はインコースを厳しく攻められ、サードゴロに終わった。

 スコアは四対ニ。山平の二点リードでイニングは七回の表に変わる。羽柴は前の回の勢いをそのまま引き継ぎ、走っているストレートを軸にチェンジアップを混ぜ込み、三者凡退一三振と完璧に抑え込んだ。

 七回の裏では、坂上がセカンドゴロに倒れたものの、息の上がってきた永戸の甘い球を見逃さず、林のヒットと佐藤のツーベース、田原の犠牲フライで一点を追加した。村中はまだバットが湿ったまま打席を終えた。

 審判のチェンジの掛け声がかかり、羽柴が元気よくベンチを出ようとした。

「勇気、次は木原に投げさせるから今日は交代な」

「え……、はい。わかりました」

 と、田中にそう止められた羽柴は残念そうして、キャッチボールをしている木原を呼びに行った。

「じゃあこの回から一年使うぞ。九番にファースト鎌田。一番にレフト山里。四番にピッチャー木原。タカはレフトからセンターにシフト。荒野とカズはランコー。勇気はダウンしていいぞ」

 田中は簡潔に指示を出して、選手は各々それに応えた。

「俺たち良いのかな、三年生と交代で出ても」

 フィールドに足を踏み入れる前になって、山里が鎌田に話し掛けた。

「そんなの俺たちが気にしてもしょうがなくないか?」

「……そうだけどさ」

「じゃあ行こうぜ。ちゃんとしたプレーをすれば問題なし」

 三年の代わりに出ることに対して気を使う山里とは対照的に、鎌田は出場出来ることを喜んでいるように見えた。

 一方マウンドでは、大石と木原が言葉を交わしていた。

「木原、今日はまっすぐ中心で行くからな。変化球は余裕があれば。後ろに源ちゃんが控えてるし、思いっきりな」

「わかりました」

 木原の返事を聞き、大石は一言、よし、と言ってキャッチャーボックスに戻った。

 八回の表、赤坂高校の攻撃は九番の永戸からだが、ベンチで少し話をしているようだった。それが終わると、永戸はゆっくりと後ろに下がり、代わりに背番号十五番の(おき) 修太(しゅうた)がヘルメットを被った。

「永戸が下がったのはいいが、あっちのベンチで他に投手いたか?」

「去年は永戸が二番手でそれ以降は見てないのでわからないですね」

 山平ベンチでは田中と山坂がそんな会話を交わした。

 マウンドに立つ木原は最初からセットポジションで構えていた。手の中でボールの縫い目を確認しながら一つ息を吐いた。まず大石は、右打者の沖に対してアウトコースのボール球を要求した。

「ストライク!」

 要求とは少し違ったが、木原の投げた真っ直ぐはアウトローに決まった。あまりにいいコースに入ったため、沖は驚くような素振りを見せていた。

「ナイスボール」

 と、大石は木原に返球し、間を空けずに二球目-アウトコース高めのボール球-を要求した。

 木原はセットから右足をお腹まで引き寄せ、その反動をそのまま動力として横投げを披露すると、次は要求通りのコースに決まり、沖はバットを短く持った分その高め球に届かず空を切った。

「(次でここに決まれば完璧だな)」

 大石は三球目にインローへのストレートを要求した。

 相手ベンチから、リラックスしていけ、という沖に対する励ましが飛ぶ中、木原は三投目に入った。

「(本当に来た!)」

 ーーパシッ!

「ストライク、バッターアウト!」

 三球目も要求通りに投げ込まれ、かなり内に来るように見えていた沖は手が出なかった。

 まともに勝負が出来ずに落ち込んだ様子の沖を励まし、次は左打者の一番、熊野(くまの) 鉄平(てっぺい)が打席に立つ。

「ワンアウトー!」

 佐藤が声を響かせた。

 その後の木原の投球はまずまずといったものだった。一、二番にヒットを許し、三番は進塁打。四番にタイムリーを打たれた後、五番をセカンドゴロに抑えた。一回一失点、一三振の結果になった。

 八回の裏は、八番大石の所に本木が、二番川崎の所和田入り攻撃が始まる。相手の投手も一年生らしき選手が登板し、お互いに新人の慣らしに入っていた。

 元々打撃力は申し分ない本木は、ストレートを引っ張って二塁打を放ち、鎌田もそれに続いてヒットを放った。打順が一番に帰って山里の打席だが、結果はショートゴロのゲッツー。その間に本木がホームに帰って一点を追加。二番に入った和田がレフトフライに倒れて終わった。

 九回表の守備は各々がそのまま守備に入り、マウンドには山坂が上がる。すると、山坂は待ちくたびれたとばかりに思う存分に速球を投げ込み、三者凡退二三振で締めた……


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