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彗星

 

 ーー甲子園。とある老舗プロ野球チームの本拠地と言ってしまえば、野球がメジャーなスポーツであるこの日本において、他にも幾つか見られるものの一つでしかない。しかし、高校球児の夢の舞台と言えば話は別になる。唯一無二の晴れ舞台。この場所を目指し、沢山の球児が己の青春を注ぎ込み、多くの汗を流す。そして、今年もまた、この季節がやってきた。


 暗闇の中で照明のライトに照らし出されたスーツ姿のテレビタレントが、如何にもという雰囲気を醸し出しながらそう語った。辺りが明転すると軽快な音楽が流れ始め、観客の拍手が起こる中、デカデカとした番組名が画面端から中央へとフェードインした。

「皆さん今晩は。今年も熱いこの季節がやってきました。高校球児達の夢の祭典ーー全国高等学校野球選手権大会。その予選が既に各地で行われています。この番組では、高校野球のファンである方々と共に、注目の学校・選手を紹介して頂きながら、これまでの大会の歴史と照らし合わせながら進行していきたいと思います」

 慣れた様子で進行する司会の男性キャスターが流暢に喋り、番組は始まった。

 元プロ野球選手や、野球好きの芸能人が個々人の喋りたいように話し、番組は大盛り上がりだった。

 それに区切りが付くと、今度は各地の都道府県予選の第一回戦の試合の結果が得点のみでズラッと並べられた。中にはコールドゲームも見られたが、それも一回戦ともなると珍しいことでもない。気の毒な話だが、強豪校と一般的な学校では力量の差が致命的に大きいのが常だからだ。稀に大方の予想裏切る場合もあるが、生憎今年は起きていない。

「野上さんは注目している選手はいますか?」

 一通り結果の確認が終わると、男性キャスターがビシッとしたスーツ姿の男性に質問を投げ掛ける。

「私だけではないと思いますが、やはり青実の佐々岡投手ですね」

 と、何やら嬉しそうにその元プロ野球選手で、今では名物野球解説者となった野上が言った。すると、カメラは女子アナウンサーの元へとアングルを変え、そのタイミングに合わせて女子アナはポンっとフリップを立てた。

「はい、その野上さんが注目する選手がこちらです。佐々(ささおか) 武蔵(むさし)選手。青雲実業高校の一年生投手です。まだ高校に入学して三ヶ月ですが、最速百四十一キロの速球を軸に、キレのあるスライダーで三振を取る投球スタイルの選手です」

「野上さん、如何ですか?」

「そうですね。身長百六十八センチと小柄ながら、一年生でこの球速があるというのが魅力ですよね。回転も綺麗でコントロールも十分合格点と言えますし、一回だけ登板のあった春の大会でもそうでしたが、強打者相手にインコースでも勝負出来ます。加えてツーシームも持っているので、併用することでゴロを打たせる投球も出来る器用さもあります。またスライダーですが、彼のスライダーは縦スライダーと言いまして、本来のスライダーよりも縦に変化する変化球でして、ストレートの軌道からフォークなどの球種とはまた違った落ち方をする球です」

 これを聞いた視聴者は、先ほどの野上の嬉しそうな顔の正体を理解すると同時に、佐々岡 武蔵という新生の名を記憶することになった。

 その後、青雲実業高校が甲子園出場をするまでの間の六試合中三試合に登板した佐々岡は、その全ての試合で完投勝利を挙げ、その内二試合で完封勝利。加えて合計三十七奪三振という驚異的な数字とインパクトを残し、あっという間に予選を通過してみせた。

 そして八月末、夏の甲子園大会は決勝を迎えた。背番号は十番。一年生ながら二回戦を除くすべての試合で先発で登板し、自責は通算で二失点。打っても五番というその高校球児はもはや青雲実業高校のエースであり、それは世間から天才と評され、期待以上の活躍をし、世の話題を独占していたことから周りの誰もが認めていた事実だった。

 炎天下の球場。その頂点に一番近いマウンドに、彼は立っていた。

「楽しくてしょうがないです」

 前日のインタビューでの質問に対し、彼は笑顔でそう答えていた。現に彼は、息を乱しながらも、終始楽しそうな顔をしていた。浅くフッと息を吐くと、腕を持ち上げて投球モーションに入る。

「さぁ、残るアウトはあと一つ。ワンボールツーストライクで二死、ランナーなし。また一つ息を吐きます、マウンドの佐々岡。そしてモーションに入った。投げた、ストレート、空振り、百四十キロ、三振、スリーアウト!」

 そんな実況の怒鳴り声のような響きがお茶の間に木霊すると、頭に響くサイレンが高らかに鳴った。

「青雲実業高校。十一年振り、四回目の全国制覇です。しかもなんと決勝の大舞台で完封勝利です」

「六点を挙げた打線もさることながら、やはり佐々岡君が凄かったですね。三振は十三個でしたっけ?」

「三振は十三個ですね。ランナーも初回と四回に出したヒット二本のみです」

 決勝を戦った両校がグラウンドに整列し、帽子を取って挨拶をする中、まだ甲子園は爆音を響かせ続けてそれを掻き消していた。

 それからというもの、お茶の間では彗星の如く現れた彼の話題で持ちきりとなり、お昼のニュースなどに日夜取り上げられ、その余韻は秋まで続いた。



 だが、佐々岡の活躍、躍動は長くは続かなかった。



 甲子園大会から一ヶ月半後の秋季大会の準決勝。八回裏のマウンド上で疲弊する佐々岡の姿があった。

「佐々岡! 打たせていいぞ、取ってやる!」

 守備陣からはそんな声が聞こえていたが、それに耳を傾ける余裕は既になかった。ワンストライク、ツーボール、一死、走者一塁三塁。クイックモーションから第五球目を投じる。綺麗なバックスピンながら、それに威力などほとんど感じられなかった。

 ーーまずい!

 守備陣の脳裏をそんな言葉が過った。

 それまでの疲労のせいか、佐々岡が放った力のない球は打者にとって絶好の高さに浮き、まもなく、大きな快音がグラウンドに響いた。

 そして、それが彼の最後の投球になった……


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