第3話
その日は妙に晴れていた。雲一つない晴天。しかし不気味なくらいに空は静かだった。旅客機や鳥一匹なぜか飛んでいない澄んだ青空。
「お待ちしていましたよ」
少年はまるでどこかの執事かのように律儀な礼をする。
「あら、そんなことしなくていいのに」
人妻はどこかすっきりしたような笑顔を浮かべている。
「そうだよ。扉が開いた瞬間に襲い掛からなきゃつまらないよ」
「お前はだーってろ」
「やん。罵倒するのは夜のベッドの上だけって約束したじゃない」
「己は殴られたいらしいな」
「私、本当はSなんだけど、貴方がSなら私はMにもなるわ。さぁ、殴って」
エイミンは大根役者も顔負けのクサすぎる芝居をやってのける。
だが、少年は人妻と部屋の中に何事もなかったかのように入って行く。
「さ、上がって」
「失礼します」
「……あ、もしかして放置プレイなのね! なら私ずっとここでまってるわー」
少年と人妻はそんなエイミンの声をことごとくスルーして本題の話に入っている。
すると、キッチンから女性が出てきてお茶を持ってきた。
「お茶です。よかったら飲んでくださいね」
「あら、ありがとう」
「では、今回の自殺の件ですが」
そう言って少年はテーブルの上に市販されている大きいヨーグルトと瓶に入った大量のシロップと燃焼アルコールとラベルがされたボトルをおいた。
「今回あなたにしていただく自殺方法は燃焼アルコール自殺です」
「初めて聞いたわ」
「だと、思いました。なので、軽く説明しますね」
「ありがと」
「方法はいたってシンプルです。大きめのグラスを用意してもらってその中にこのヨーグルトかシロップのお好きなどっちかをグラスの中に大量に入れてもらいます。で、この燃焼アルコールをグラスに注いでもらって一気に飲み干してください。そうすればすぐに死ねますよ」
少年は表情一つ崩さずに話した。
「そう。わかったわ」
人妻も少年と同じく表情なに一つ崩すことなく笑顔のままだった。
「では、来てもらったのはこれだけですから。ここからは何にも関与しません。赤の他人ですからね」
少年はイタズラっぽく笑ってみせると椅子から立ち上がる。それと同時に人妻も座っていたソファーから立ち上がる。
「ありがとう。これでようやく死ねるわ」
「感謝されることは何一つしてませんよ。やっているこの行為は殺人みたいなものですから」
「それでもいいの。それに、死なせてくれる人がいるってことが私以外にもどれだけ助かったことかわからないわ。きっと私みたいに自分の意志だけじゃ死ねきれない人がこの国には何万といるはずよ。だから、これからも私みたいな人間を救ってくれるかしら? 表面上だけ見れば悪いことかもしれないけど内面を見ればちゃんといいことしてるのよ。コロシヤさん」
人妻はくすす、と笑いながら階段を一段一段噛みしめるようにおりていく。まるでまだ死にたくないと訴えているようなその背中はすぐに見えなくなってしまった。
「……変な人だ」
「さすがの私もあの人の後姿をみたら黙っちゃった」
「お前を黙らすとか凄いな。それ」
「え、ちょっと聞きづてならない」
「ほら、ドア閉めっからそこからどけ」
「あ、ちょっと待ってよー」
そう言って少年とエイミンは人妻の姿が見えなくなったしばらくたってから部屋の中へと入って行った。
「今日は満月なのね」
時は過ぎ、空は優しい暗闇に多れた夜。
人妻はなぜか二人前の料理とグラスを用意していた。
「貴方。もう死んでしまってここにはいないけど今夜だけは用意させてもらうわ」
そう言って人妻がキッチンから戻ってくるとテーブルの椅子に座り大きめのグラスにシロップを大量に注ぐ。そしてその中に燃焼アルコールを注ぐ。
「貴方の分はヨーグルトよ」
そう言って向かい側に用意されていた大きめのグラスにヨーグルトを入れ燃焼アルコールを注ぐ。
「見て、貴方。今日は腕に振るいをかけちゃったの。豪華過ぎかしら」
テーブルの上にはシャレた料理が並べられていた。一般家庭では決して出ないような料理。
「貴方。今日だけはマナーを破って飲む前に食べちゃおうかしら? って、ダメよね」
一人笑いながら人妻はグラスを持つ。
「初めての飲むわ。シロップ割。……あら、なんか年寄りクサいわね。でも、これを飲めば貴方の側に行けるの」
そう言ってから暫く人妻は動かなかった。持ったままのグラスをテーブルに置くこともなく人妻は涙を流し始めていた。けど決して泣き声は出さず悲しい表情もすることもなく、満面な静かな笑みを浮かべる。
「……乾杯」
目の前にあるおかれたグラスにカチンと乾杯にすると人妻は一気にそれを飲み干す。
「やっと、これで」
テーブルに飲み干したグラスを置きそのまままた動かずにいる人妻。
それからすぐに人妻はテーブルの上に崩れる。
「…ダメね。き……た…ないわ」
料理の上に人妻がいるため折角の料理が崩れていた。
「でも、ね………これでいけるの。………愛しているわ。貴方」
そう言って人妻は静かに目を閉じた。




